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11.友だちだから

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 ヒロ先輩がそう言い放った時、ミノがきゅっと眉を寄せた。それは、よく見てないと分からないくらいの小さな動きだったけど。俺には分かった。
 今すぐに先輩をノックアウトしたかった。でも、今俺の手を強く掴んでいるミノの手を、振り解けない。
 俺はミノの手をぎゅっと握り返して、どうすればいいのか考えていた。
「ほらっ、行こう。実。俺が悪かったよ。実の好きなフレンチトースト、朝食にオーダーしたから」
 ヒロ先輩は、急に甘い声音を出して言う。
「今、食べたくないもん」
 正直、ミノがどうしてこんなにも食い下がるのか、俺にも分からなかった。今までならあっさりと俺を放って先輩について行ったはずだ。
「いいからッ、行くぞっ」
 優しい声作戦が失敗した先輩は、また元の調子に戻ってミノをぐいぐい引っ張る。
 ミノがはあっとため息をついた。
「わかったよ。行く」
 そう言うと、ミノは急に俺の手をぱっと離して立ち上がった。
「じゃあジュン、また後でね」
 ミノは俺を見下ろしてそう言うと、早足で歩くヒロ先輩にぴったりと寄り添って歩きだした。
 言葉とは裏腹に、足取りは軽いようだった。
「意味わかんね……」
 俺はさっきまでミノに握られていた腕を穴から引き抜くと、砂にまみれたそれを、反対の手で包んで、ぼうっと考えていた。
 さっき、ミノ俺になんか言おうとしたよな。
 俺の手をきつく握ったまま、目をまっすぐに見て。
 あれはなんだったんだろう?
 胸がざわめく……いや、俺は何を期待してんだ。
 違う。きっとミノのいつもの気紛れか、なんでもないスキンシップだ。
 俺はずっと心に決めてきた。
 勘違いしてミノに近付く馬鹿にだけは成り下がらないって。ミノが俺に触れたり気を許した態度を取るのは、幼馴染みで友達だからだ。
 それは、よくわかってる。
 はあ……。
 なんだかやりきれない気分になって、俺はそのままごろごろと浜辺を転がった。
「うわっぶ、」
 ごろごろと転がってると、いつのまにか波打ち際まで着ていて、浅瀬で溺れそうになった。
 体を起こしてしばらくげほげほと咳き込んだ。



「なーにやってんの? じゅんちゃん」
 くすくす笑う声が聞こえて、振り返るとリンと竜が立っていた。
「なにってなんにも、げほっ」
「そんな汚いかっこして、なんにもとかありえないよー」
 リンの隣で竜がうんうんと頷く。
「いんだよ俺のことは。それより竜補習終わったんだ? よかったな」
「うん」
 竜は頷く。ほんと無口なやつ。
「そうだよ、あんなに勉強してって言ったのにやっぱり補習だもん。僕もっと早く来たかったのにぃ」
 不服を申し立ててるわりには、その声に甘い響きがある……どうせ。ほとんど人のいなくなったがら空きの寮のあちこちで……。
 そこまで考えると、俺はぶるぶると頭を降ってよけいな考えを捨てた。
「変なじゅんちゃん~。さ、一緒にお昼食べよ、あっでもその前にきちゃないからシャワー浴びてね」
 竜の腕にぶらさがるようにじゃれつきながら、リンは浜辺をリズミカルに進む。
 俺はその後をのたのたとついて行った。今さらながら濡れた短パンもTシャツも、気持ち悪い。

 リンと竜が来ると、一気に場が賑やかになって、俺は内心ほっとしていた。
 その日は一日中、リンと竜にくっついてまわって過ごした。ときどきリンは俺にあっちいけ、っていうビームを出していたようにも思ったけど。
 俺は鈍感なふりをしてやり過ごした。
 ひとりぼっちになりたくなかったし、ミノと先輩が一緒にいるのを見ているのも嫌だったからだ。
 けど夕方頃になって、焦れたリンが、俺への復讐なのか無邪気なお遊びなのか、目の前で竜の服を脱がせにかかった。
 ふたりがヒートアップしておっ初めそうになったから、俺はびびってその場から逃げ出した。
 ディナーの席にはリンも竜もとてもさっぱりすっきりした顔で現れた。
 ヒロ先輩は相変わらず俺のことは完全に無視していたけど、リンのことは気に入っているらしく、積極的に話し掛けていたし、場が和んでまるで楽しい団らんの食事会のようだった。

 それぞれのコテージに帰ったころ、シュウが戻って来た。
「おかえり」
「…おう」
 なんだか、シュウの様子がおかしい。
「おまえ、もしかして…やったのか?」
「ああ…ああ、うん。やった」
 目的を達成したっていうのに、シュウは心から喜んでいるようには見えない。


「どした? うまくいかなかったとか?」
「いや、それはないよ。完璧」
「そう? じゃあなんで、そんな浮かない顔してんだ?」
「なんでもない。ちょっと疲れただけ」
 いつも明るくて喋りたがりのシュウが、聞いてくれるなと背中で物語っていた。
 俺はそれ以上、なにも聞けなかった。


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