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18.俺の子を産んでくれ ~エルリックside
しおりを挟む漸くルクレオンを伴侶として迎え入れ、甘い蜜月を過ごしていたというのに、あの王女の乱入で台無しだ。
そもそも王族が前触れなしに他国へ入国することなどあり得ない。
仮にも一国を代表する顔に等しいのだ。受け入れる側もそれなりの準備がいる。
普通なら王族が訪れる際は少なくとも半年前、それ以外の重要人物であれば一月以上前に手紙を寄こすのが当たり前だ。
なのに王宮に来るまで誰も王女の来訪に気付かなかったとなると、国境では身分を詐称していたことになる。
これでは諜報活動の為に訪れたと疑われても仕方がない。
だが、ナイディル国とは間に小国を挟んでおり、決して緊迫した間がらにはならない。一体どういうつもりなのか。
などと思っていたら……。
俺と結婚するために来ただと?
俺にはルクレオンという愛する伴侶が既にいるんだ。他をあたってくれ!!
な・ん・で、俺の伴侶に名乗り上げたくせに俺の到着を待たずに王宮から消えるんだ!
し・か・も……だ。どうして俺の屋敷に使用人ごと訪れている!
ルクレオンに会ってみたいだと!?
誰が会わせるか!!
いいから帰れ!!
なのになんでこうなった……。
目の前には勝ち誇った顔のミルカ姫と、隣には戸惑った顔のルクレオン。
とっとと縁談を断って屋敷から追い出そうと思っていたのに、この屋敷に逗留したいだと?
それを断れば荷物も付添人も全て表に待たせているだと?
「ここまでわたくしに付いて来てくれたのに、今から王宮まで逆戻りさせるのも悪いわ。お願いですから彼らを休ませていただけませんこと?」
長旅の後だというのに使用人たちを王宮で休ませもせずに連れてきたというのか!
後ろの王女の護衛達の目に隈が出来ていることを確認し、俺は嘆息した。
鍛えている筈の護衛ですら、疲れの色を隠せていない。
王女についてきた使用人たちはもっと衰弱している筈だ。
「……ジルバ、部屋の用意を頼む」
俺は執事にそう指示した。
「……よろしいのですか?」
「ああ。これ以上表の者たちを待たせるのも気の毒だ」
ジルバは俺に一礼すると、部屋を後にした。
「遠路はるばるお越しでお疲れだろう。大した持て成しは出来んが、今日の所はゆっくり休んでくれ」
一日だけだ。一日だけこの屋敷に滞在させてやる。
明日には出ていってもらうからな!!
「ルクレオン、俺の伴侶はお前だけだ。誰も側室になどしない」
夜の二人きりの空間で、俺はルクレオンの両手を取ると、その手に口づけた。
「……わかっています」
ルクレオンは静かに答えたものの、その表情からは何を考えているか伺えない。
「王女たちには、明日にはこの屋敷から出ていって貰う。安心してくれ」
せっかくお前と一緒になれたのだ。誰にも邪魔させるものか。
翌朝、意を決して退居を切り出した俺に王女は畳みかけてきた。
「わたくしはエルリック様の妻に相応しくありませんか?」
「そういう訳ではない。俺はルクレオン以外を娶る気がないだけだ」
「王族には子供を残す義務があります。ルクレオン様だけではその義務を果たすことが出来ませんわ。
何も彼と別れろと言っている訳では御座いません。わたくしも娶れば良いだけではありませんか。私情だけでは王族は務まりませんことよ」
この女、非常識な行動を取るわりにやたらと弁舌がたちやがる。
普通ならこの女の言う事も最もだ。
王族には子を成す義務がある。
大抵の帝国、王国は血筋を重んじるからな。跡継ぎがなければ国が混乱する。
特にこの国の王族は結界を維持する為の数を満たしていない。
ルクレオンとの結婚で彼を王族に迎え入れて漸く一通りの結界を維持している状態だ。
だがこの国の結界事情は機密事項だ。そんなもの他国に知られれば致命的だからな。こんな事情は他国には洩らせない。
ルクレオンが女であればこの女もここまで粘りはしなかったろう。
新婚一年にも満たない者が次の側室を迎えることは滅多にない。
一般的に初婚の相手は正妻とみなされる。その正妻の立場を立てるためにも側室を迎える場合は、正妻を迎えたあと一年以上は空けるのが常識。
その一年の間に跡継ぎを設け、継嗣の立場を確立させるためでもある。
正妻に男児が生まれるとは限らない。その場合でも数年は様子見をしてから側室を迎えるのだ。
だからもう半年も経てば国内の有力貴族たちが俺の側室の座を狙って動き出すに違いない。
俺の正妻は男。子供が生まれる筈がない。必ず側室を娶る筈。
誰もがそう思っていることだろう。
だからこそ、俺は妊娠薬の存在に賭けた。
新婚期間にルクレオンが妊娠してくれないかと。
だが、その思いはなかなか実を結ばない。
毎回妊娠薬を手にしながら躊躇うルクレオンに口移しで飲ませ、抱くたびに愛しいあいつの腹を撫でる。
ここに俺達の子が宿ることを願って。
「エルリック様、子供が欲しいですか?」
ミルカ姫がこの屋敷に滞在して数日たったころ、ルクレオンがそんなことを言い出した。
「ルクレオン、何を考えている?
俺はお前との子供が欲しいのであって、他の女との子供など欲しいとは思わんぞ」
俺は彼の頬を掌で包み込んで言い含める。
「悪いな……。あの女を追い出せなくて」
「いえ、ミルカ姫が仰ることも正論なので……」
「ああ、この上なく正論だ。だから無下にも出来ん! この薬のこともまだ公表する訳にいかんしな……」
「すみません……子供が出来なくて」
珍しくしおらしい様子のルクレオンをマジマジと見つめてから、俺は軽く口づけた。
チュッ
軽く啄んでから舌先で彼の唇を割り開き、舌先をつついてから舌を絡める。
何度も啄んだり深く舌を絡めたりしてルクレオンの口腔を堪能する。
「子供が出来ないのはお前のせいじゃない。元々、男なのに強いているのは俺の方だ」
俺が強引に結婚したとはいえ、ルクレオンは女ではない。
妊娠薬を飲んではいるが、必ずしも生まれるとは限らない。
現に今日の定期健診でも、妊娠の兆候はなかったらしい。
「はぁ……すまんな。本当はお前さえいれば何もいらない。お前と一緒に居ることが出来ないなら、この地位すら捨てたいぐらいだ」
「それだけは駄目です!」
俺との結婚の際にこの国の王家の事情は全て明かしてある。
だからこそ、俺が王子の立場を捨てる意味はルクレオンも承知していた。
ミルカ姫の申し出があってから、父上にも言われた。側室を迎えなくていいのかと。
父上も俺の一存でルクレオンを伴侶にした事情は解っている。
だから俺が側室を迎えようとはしないことは予想しているだろう。
それでも訊いてきたのは、この縁談を断る理由がないことだ。
父上はともかく、国の重役たちは俺が側室を迎えることを望んでいるだろう。
未だ妊娠の兆候すらない状態で妊娠薬の存在は明かせない。
このままルクレオンが妊娠しなければ、いずれは側室を娶るようにと諭される。
父上ですら、今はただ様子を見ているだけに過ぎない。
「妊娠薬なんてものを見つけ出してまで、無理矢理お前を嫁にしたのに……。
すまん。お前に無茶を強いていることは解っていた。それでも、お前と共に居たい。お前との間に子供が欲しい……そんな願いを抱いてしまった。
この妊娠薬さえあればそれが叶うと思っていた。毎日、子供が出来ることを祈ってた」
俺は妊娠薬を手にしたルクレオンの手の上から妊娠薬を両手で包み込む。
「お前には迷惑だったろうがな……」
最初はこの薬を飲むことを嫌がっていた。
当たり前だ。女ではないのだ。男が妊娠するなど懐疑的にもなるし、健康上に影響がないかの心配もある。
ようやく、漸く躊躇いながらも飲んでくれるようになったのだ。
その矢先にミルカ姫の来訪だ。
妊娠自体に不安を感じていたルクレオンですら、ミルカ姫の存在には不安を掻きたてられたのか。
子供が欲しいか、などと訊いてくるとは。
俺はルクレオンの妊娠薬を奪うと何時ものように口に含み、口移しで彼に飲ませた。
「俺の子を産んでくれ、ルクレオン」
本当はお前さえいればいい。
だが俺の立場がそれを許さない。
お前が不安を感じるのは当たり前だ。
もともと俺を愛してくれている訳でもないお前を強引に伴侶にした俺が一番質が悪い自覚はある。
何が何でもお前を守ると誓ったが、わずか半年でこの騒ぎだ。
お前に愛想をつかされても仕方がない。
だが、俺にはお前が必要だ。
俺達に子供さえいれば――。
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