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9.古書
しおりを挟む王都の門の前には既に検問待ちの長い行列が出来ていた。
俺達は王立騎士団の紋章入りの馬車を使用している為、貴族扱いとなる。
こういう検問では、王立騎士団に所属するものは平民出身であっても貴族扱いされる。メルウィンは下級貴族出身だからどちらで名乗っても同じなのだが。
おまけに第三王子まで一緒だ。ここで平民なのは実家と縁を切った俺ぐらいか。
今までの街では王立騎士団の紋章入りの馬車ということと、副団長のメルウィンが手続きすることで馬車の中を検められることはなかった。
だが、王都では例外なく馬車の中も検められる。
実家と縁を切った今の俺に公の身分はない。どうするのだろうか?
「メルウィン殿、お疲れ様です」
騎士団の副団長をしているメルウィンのことは門番も知っているようだ。
「一応、中を改めさせて貰いますね」
「ああ、お役目ご苦労さん。中を見ても驚かないでくれ」
「で、殿下? って、この前急いで王都を出ていったって情報がまわってきてたな」
馬車の窓から中を覗いた門番がエルリック様を見て驚いた。
「お役目、ご苦労。こっちは俺の伴侶となるものだ。顔見せは遠慮させてくれ」
「え? ちょっ……」
とんでもない紹介に抗議しようとしたが、エルリック様に制止される。
「ああ、その方が例の元婚約者のせいで逃げ出したっていう…。見つかってよかったですね」
そう言ってあっさりと通された。
「どういうことです?」
伴侶として紹介されたこともだが、それであっさりと顔見せもせずに検問を素通り出来たことも不可解だ。
「その話は陛下とあってからだ。取りあえず陛下に会ってくれ。父上も待ちわびている」
とは言っても国王陛下にお会いするのだ。直ぐに会えるわけもないし、こんな格好では失礼にあたる。
そう思っていたら、一端貴族街のとある屋敷に案内された。
メルウィンは報告があるからと屋敷の前で別れた。
この屋敷はエルリック様の別邸らしく、陛下との謁見の準備が整うまではここで過ごして待つこととなった。
屋敷は最近に建てられたのか、屋敷自体も調度品もまだ新しい。
エルリック様は昼間は騎士団の方へ顔を出し、夜にはこの屋敷に戻ってきた。
メルウィンという盾がなくなり、エルリック様は当然のことのように俺に宛がわれた部屋に忍び込んでくる。
エルリック様の伴侶という立場に納得いかない俺は当然拒否するが、それで諦める方ではない。
三日前と同じ攻防を繰り返した結果、流された。流されてしまった。
長いこと性交渉とはご無沙汰だった俺の身体は、彼の愛撫に過日の快楽を思い出して反応してしまった。
三日前は翌日も早いペースで移動することを思えば最後までさせるわけに行かず、彼を魔法で眠らせた。
だがその時の愛撫が俺の身体を燻らせたのは間違いない。
元々淡泊な質の俺は王都を出てからは一度もそう言った衝動とは無縁だったのだが、彼に触れられたことで性欲を呼び起こされたらしい。
その一回だけなら時間をおけば自然と消えるものだ。
だが日をおかずにこうして触れられてしまえば、燻っていた熾火に火がともる。
「んん……ふ」
背後から抱きしめた男は俺が首筋が弱いことを知っている。
何度も首筋を吸われ、舐められ、甘噛みされれば否応なしに官能が高まる。
「ん……や、それ……やめっ…」
ゾクゾクと痺れが這いあがり、力が抜ける。
俺をどう攻めれば抵抗する気力をなくすか知り尽くしているのだ。
その後はなし崩しだった。
既に何度も交わった相手に頑なに拒否するのもどうかと思ったのと、一途に思いを寄せられて悪い気がしなかった。
彼の伴侶になる気がないのなら拒否するべきだったのだろうが、結局絆されてしまった。
そして二日後、陛下との謁見の日が訪れた。
この別邸で用意された衣装に着替える。騎士団の盛装に近いデザインで、着心地は悪くない。
王城からの馬車が到着し、それにエルリック様と共に乗り込んだ。
そしてとうとう王城へ。
ここでも俺は例の認識阻害付きの外套を着せられている。
王城なのにいいのか?
王城の門もエルリック様の顔パスで素通りし、エルリック様のエスコートで王城の奥へと進んだ。
ずっとエルリック様の手が腰に当てられている。まるで婚約者のように。
何度その手を外しても抓っても効果がなく、王城という人目もある場所で大っぴらに彼を詰りも出来ず、仕方なく諦めて彼の好きなようにさせた。
ここに来るまでに何故陛下がエルリックの伴侶として俺が認められるのか、何度かエルリック様に問い詰めた。
だが、「陛下にお会いすれば解る」と取り合ってくれない。
俺達は謁見の間ではなく、応接室の一室に通された。
室内に入ると同時に横の扉から宮女がワゴンを押しながら入ってきて席に座るよう促す。
そして俺達の前にお茶を置くと、「しばらくお待ちください」と一礼して出ていった。
宮女が出ていくと、エルリック様に促されて外套を外す。
流石に陛下にお目にかかるのに認識阻害付きの外套は失礼にあたる。
香り高いお茶を楽しみつつ豪華でいながら華美すぎない内装を眺めていると、奥の扉が開いた。
この国の国王陛下であらせられるグリンドルフ様の御なりだ。
エルリック様と同じ金髪碧眼で、エルリック様を一回り大柄にしたようながっしりとした重厚な威厳を湛えた姿に威圧される。
俺達はすかさず立ち上がり、一礼した。
「よいよい、顔をあげてくれ。そちが元王立騎士団の副団長を務めていたルクレオンか。
成程、これが執着するのも無理はない程の麗人よの。
あまり時間がないでの、すまんが自己紹介は省かせてもらうぞ。儂に付いて来てくれ」
そう仰ると、陛下は急くように今入ってきた扉から出ていった。
エルリック様と顔を見合わせると、目線で促しながらまた腰に手を添えてエスコートされた。
まだそれするんですか?
ジロリと睨むが、彼は素知らぬ顔で前を向いて陛下の後に続いていく。
自然と彼の手に押し出されて俺も付いて行った。
歩いている間、誰にも出会わない。
さっきの部屋に通されるまでは兵士や使用人たちを何度も見かけた。
おそらくここは王族用の通路なのだろう。窓もなく、暗い廊下を魔道具の灯りが照らしている。
随分と長い階段を螺旋状に下へ下へと降りていく。
漸く階段が終わり、少し開けたところに出た。
正面に大きな扉がある。まるで遺跡のように古めかしく重厚な扉だ。
「ルクレオンとやら、ここに触れてみてくれんか?」
両開きの扉の左右に拳大の石が嵌まっている。魔石なのだろう。
俺に触れさせるということは魔力を注げということだろうか?
仰せの通りに左右の魔石にそれぞれ片手を乗せ、魔力を込めてみた。
すると、魔石が黄色く光はじめた。
一際強く輝きを放ったかと思うと、扉がゆっくりと開いた。
成程、結構な魔力量を注いだことから、魔力の多いものにしか開くことの出来ない扉だったらしい。
開いた扉の中は暗く、どうなっているか見えない。
それに構わず陛下が扉を潜っていく。
俺とエルリック様も後に続いた。
その扉を潜り抜けた途端、周囲に光が満ちた。
人が入って初めて灯りがともる仕掛けなのか。
明るくなって周囲を観察すると、そこはまるで研究室のようだった。
壁際に備え付けられた棚に古い書物や魔道具らしきものが並んでいる。
陛下は棚から一冊の書物を取り出し、パラパラと頁をめくるとそれを俺の前に差し出した。
「これを読んでみるがいい」
と言われて差し出されたものの、古い言語らしく所々しか読み取れない。
「ああ、これは古代カスタバジラ語で書かれている。王族は一応幼少期から習っているから読めるんだが、お前には読めないか」
戸惑う俺の後ろからエルリック様が覗き込んできた。
「こっちに一部翻訳したものがある。これを見てくれ」
エルリック様が差し出してきたのはまだ新しい紙を束ねて綴っただけの簡易本だった。
この筆跡には見覚えがある。
それを読み進めた俺はますます困惑した。
この国の王家の祖が銀髪金眼の男であったということと、膨大な魔力を持っていたとの記述があったのだ。
俺もこの国の貴族の末裔だ。先祖を辿れば何処かで王家の血を引いているのかもしれない。
隔世遺伝だとして、それがエルリック様の伴侶として認める意味が解らない。
これをどう受け止めてよいのか解らず、俺は陛下とエルリック様の顔を交互に見やった。
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