恋を知らない麗人は

かえねこ

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5.玉砕 騎士団長Side

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 騎士団長視点です。
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 コーデリアが騎士団に出入りし始めたことでルクレオンの身辺を警戒した俺は、直ぐに彼の実家へ王家に仕える影を送った。
 あの女のことだ。あいつの実家へもその悪意の手を延ばそうとするに違いない。

 案の定、あの女はあいつの実家周辺へもあらぬ噂を流し、あいつの実家を陥れようとしていた。事前に影を放っていたおかげで未然に防げたが。
 強かなあの女はなかなか尻尾を掴ませなかったが、ルクレオンが王都を出るなり刺客を放った。
 あいつがそう安々と殺られるわけはない。あっさり返り討ちにしていたそうだ。

 これまでの俺の遊び相手達への害意の証拠を揃え、漸くコーデリアとの婚約破棄に辿り着いた。
 彼女の父親である財務長官のグンブル侯爵はいつかはこの日が来ることを覚悟していたようだ。娘の噂は耳にしていたらしい。
 娘の罪に古くからある侯爵家を潰すわけにもいかない。また、財務長官としての彼は非常にまじめな男だった。
 父上と宰相との相談の上、グンブル侯爵家から慰謝料を国に支払ってもらい、コーデリアは修道院に入ることとなった。
 この慰謝料に俺からの詫びを含めた金額を国庫からも出して貰い、コーデリアの被害者達への補償に充てた。
 亡くなった者、二度と客を取れなくなったものもいる。被害者とその家族にとってはほんの慰めにしかならないだろうが、それなりの補償はしたつもりだ。


 これで漸くルクレオンを王都に呼び戻せる。

 俺は自ら彼の実家へと迎えに行った。

 だが、そこにあいつの姿はなかった。
 彼の家族ですらあいつの居場所を知らないという。

 そこに長居するわけにもいかず、俺は王都に戻った。だが諦めたわけではない。人を使って彼を探させた。
 なんとしても見つけ出してやる。


  ◇ ◆ ◇


 ある辺境の村山で魔獣の氾濫の前兆が確認されたと報告が入った。

 すぐさま騎士団の派遣の手配を行い、その村を目指した。
 村の手前の街についたのは最初の報告を受けてから約二か月後だった。

 とりあえず斥候として村へ三人派遣する。

 うちの一人が報告を携えて戻ってきた。

「団長、魔獣はもう明日明後日にも氾濫する前兆が見られました」
「そうか、ご苦労」
「あと、その村に銀髪の男がおりました。異国の人間と思われます」

「…何、銀髪だと?」
「はい。とても綺麗な男です。村人たちには賢者と慕われている様子でした」

「名は名乗ったか?」
「レオン…と名乗っておりました」

 レオンだと……? ルクレオン、お前か?
 だがなぜ銀髪姿を晒している。
 その姿を誰にでも見せているというのか?


 俺は逸る気持ちを押さえながら騎士団を率いて村へと向かった。

 村へと近づくと、既に魔獣の氾濫が始まっているのが遠目にも判った。

「急げ!」
 団員に発破をかけて馬を走らせる。

 近づくにつれ血臭が漂い、戦場独特の雰囲気が雪崩れ込んでくる。
 遠くで大きな魔法が弾けるのが感じ取れた。

 ルクレオン、お前か?

 更に大きな魔力を感じたと思えば、大きな竜巻が三つ発生して魔獣を駆逐していくのが見えた。




 彼はゆっくりと立ち上がり、俺に視線を合わせた。

 間違いない――――ルクレオン、やっと見つけた。
 俺は彼を徐に抱きしめた。
「ルクレオン、探したぞ。こんなところにいたとはな」

「………え?」
 呆然とした彼の声が耳元でする。

「ちょっ、団長。ルクレオン様の訳ないでしょ。髪の色も目の色も全然違うじゃないですか」
 後ろでメルウィンがわめいている。
 それはそうだ。彼らはこの姿を知らないのだから。

「っ! そうだ、なんでこの姿なんだ? なんで俺以外に見せている?」
 俺は抱擁を解くと、ルクレオンの肩をがしっと掴んで詰め寄った。

「……一体、何を?」
 訳が分からない――という面持ちで彼が呟いた。

 だが俺はごまかされんぞ。


 その時、村の外から慌ただしい雰囲気が流れ込んできた。

「団長! 魔獣が来ます!」

「今行く!」
 俺は団員に叫び返すと、ルクレオンを見て念を押した。
「ルクレオン、今度は逃げるなよ」





 魔獣殲滅後の事後処理をしている最中、ルクレオンが村から出ようとするのが見えた。

 慌てて俺は声をかける。
「ルクレオン、どこへ行く?」

 彼は素知らぬふりでそのまま立ち去ろうとした。

「ルクレオン。無視するな!」
 俺は足早に彼の下へ行くと、腕を掴んで引き止めた。

「レオン……です。どなたとお間違えか知りませんが」
 彼はちらりとこちらを振り返っただけで答えた。

「ルクレオン。コーデリアは処分した。もうお前とお前の家族に仇なすものはいない。帰ってこい」
 俺の婚約者だった女はもういないことを知らせれば、安心して俺の許に戻ってこれるはずだ。

「そのルクレオンという人はこのような銀髪だったのですか?」

 あっ、そうか。
 こいつは本当の姿を俺が知っていることを知らないんだった。

「実はお前が寝ている間に腕輪を外した」
 そう打ち明けた途端、彼にぶん殴られた。
「ぐっ!」

「だ、団長?」
 今は副団長となっているメルウィンが驚いて近づいてくるのに、片手で顎を押さえながら大丈夫だと手をひらひらさせた。

「勝手に外したのは悪かった。だがその魔力を帯びた腕輪が気になってな。すまん」
「……もういいです。でも戻りませんよ。俺はここの暮らしが気に入ってるんです」

「え? 俺の傍にいてくれないのか!?」
 なんでだ?
 もう邪魔なコーデリアは居ないのに。

「目障りだから消えろと言ったのは貴方の筈ですが」
 胡乱気な目で見られて、俺は思わずたじろいだ。

「あれはコーデリアの魔の手からお前を逃がそうと……」
 どんな言い訳をしようが、俺がルクレオンを遠ざけたことは事実だ。

「それにもう新しい副団長がいるでしょうに。俺はそれを押しのけてまで戻る気はありませんよ」

「出来れば副団長に返り咲いて欲しいんだが……」
「一度辞めた者が副団長の地位につくなど、規律が乱れます」

 ああぁぁっ!
 俺のバカッ。 なんであの時もっと他の言い方しなかったんだ。
 せめてコーデリアのいないところでちゃんとこいつに言い含めていればよかったんだ。
 遠ざけるのは一時的なもので、直ぐに迎えに行くと。

「では、俺の伴侶として傍にいて欲しい」
 副団長として傍に置くのが無理でも、俺にはお前が必要だ。
 俺は彼の両手をがっしりと握り、真摯な目で言い募る。

「……は? 俺は男ですが」
 呆気にとられた表情で彼は暫く固まった。

「何言ってるんですか。貴方は王子でしょう? 男を伴侶に迎えるなど許されません。
 そもそもなんで俺なんですか。貴方にはお似合いのご令嬢がいくらでもいるでしょうに。俺では身分も釣り合いませんし、男ですから子供も出来ません」

 彼にとって俺の告白は慮外なことだったらしい。
 無理もない。この国で同性で結婚する者などいない。

 父上に俺が同性のルクレオンを伴侶にしたいと打ち明けた時、当然ながら反対してきた。
 だが俺はこいつの真の姿を見た時、思い出したことがあった。
 小さいころに見せて貰った王家の直系しか見れない古い貴重な本の中に、銀髪金眼の姿をした者の記述があったのだ。
 そのことを父上に報告したところ、一転して結婚しろと命じられた。決して他国に渡すなと。

 おそらくルクレオンは知らない。知っていればこの姿を晒してはいないだろう。

 ルクレオンには父上の許可を得ており、結婚することに問題ないことを説明する。

「エルリック様は男色家だったんですか?」
 彼は戸惑いながら訊いてきた。

 何を言っている。男はお前しか抱いたことはない。
 どうもルクレオンの反応が芳しくない。
 どうしてだ? お前も俺を好きなんじゃないのか。

「そうじゃない。そうじゃないが、俺はお前しかいらない。お前は違うというのか?
 俺にしか抱かせなかったんじゃないのか? それとも他に好きな奴がいるというのか?」

 沈黙で返す彼に嫌な予感がする。

「……いるのか? だからその姿なのか?」
 王都では隠していた筈のその姿。それを晒してもいいという相手がここにいるのか?

「いえ、この姿は単に魔法具の腕輪が壊れただけですし、別に好きな人はいませんね」

 ルクレオンのその言葉に、俺は足元が崩れそうな気がした。
 好きな人がいないということは、俺のことも好きじゃないという事か?

「なあ、お前はなんで俺に抱かれてたんだ?」
「女を抱けずにイライラしている貴方を宥めるため……ですかね」
 俺の問いに暫く考え込んだのち、そんな身も蓋もないことを言われた。

「お前は俺に好きで抱かれていたんじゃないのか?」
 俺は呆然と呟いた。

「ただの性欲処理じゃないんですか?」
 
 その言葉に俺は打ちのめされた。




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