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「……本当に君って、どこまでも他責なんだね。反吐がでる」
アデルも振り返り、ソフィーに罵倒を浴びせる。後ろの護衛二人がけしきばむ気配がした。
「……アデル様、そんなことをおっしゃらないでください。私、わかっていますのよ。本当はセム様のこと、好きではないんでしょう?」
「はぁ?」
アデルが怒りを含んだ戸惑いを声に出す。
「セム様の魔法薬草の知識が欲しいだけなんですよね? だから無能なセム様にも優しくして、国に連れて帰ろうとしているんですよね? だってそうじゃないと、私よりセム様を優先する説明がつきませんもの!」
一瞬、ソフィーが殺されると思った。それほどまでに強い殺意を隣から感じて、けれどすぐに、収まった。
俺はアデルの横顔を見つめる。そこには一切光の入っていない、黄濁の瞳がソフィーに向けられていた。
「…………呆れた。もう、いいよ。君の頭脳に話を合わせる方が疲れる。で? こんな茶番をしてまで君は何をしたいの?」
アデルが俺の手を握りしめる。まるで『ちゃんと好きだよ』と伝えるように。
俺も、同じように握り返す。大丈夫。わかってるよアデル。ソフィーの言ったことが真実じゃないことぐらい、今までのアデルを見ていればわかる。
「アデル様、茶番だなんて……でも、魔法薬草のノートはこちらにあります。ですから、セム様とではなく……私と婚約してください」
瞬間、『痛いっ』と声が出そうになるほど手を強く握りしめられる。
「どういうことかな?」
頑張って怒りを抑えているのが伝わる。わずかに手も熱くなってきた。
——もしかしたら魔力過多症を発症しているかもしれない。
以前、アデルは『突発的に魔力が増幅することがある』って言ってた。それがどんな要因で起こるか未知数だけれど、精神的な部分が大きいのは確実だ。
俺は背中に冷や汗をかく。脳裏に焼けた森と赤く囲われた地図が浮かび上がった。
「このあとのプロムで、セム様には私に婚約破棄を宣言してもらいます。そしたらそこで、アデル様は私を助けに来てください……だって、誰にも知られないところで婚約破棄をされても意味ないですし、婚約を申し込まれた事実をプロムにいる皆様に証言してもらいたいですから」
「…………」
アデルは了承の返事をしない。代わりにパチっと握った手の中で火花が弾けた。
「……アデル、俺は大丈夫だから」
「セム……」
俺の声に、アデルの握力が少し弱まる。
「アデルがソフィーに婚約を申し込んでも、アデルは俺を好きだって信じる。だから、今はソフィーの言う通りにしよう」
「…………」
本当は怖い。もしかしたらソフィーの言う通りで、アデルは俺の魔法薬草の知識が欲しいだけなのかもしれない。
でも、俺はアデルを信じたい。好きだって言ってくれた言葉を、疑いたくない。
「……わかった。セム、僕が隙を見て荷物を奪うから、それまでソフィーの茶番に耐えられる?」
「うん。大丈夫。アデルも無理しないで」
「ありがとう。絶対に、今日中にこの学園から出よう」
ひそひそと話していると、ソフィーがこっちに近づいてくる。
「私を抜いて話さないでくださる? さぁ、セム様。私と一緒にプロムへ行きましょう。私を捨てるというのなら手紙なんかではなく、公然で宣言してくださいまし」
それが礼儀というものですよ、とソフィーが付け加える。
「わかった……じゃあアデル、またあとで」
「うん。セム、またあとで」
手を離すのが名残惜しい。けれどソフィーが癇癪を起こしそうになったので、手を離した。
巾着を持った護衛とソフィーと俺は、アデルともう一人の護衛を残して、教室の外に出た。
アデルも振り返り、ソフィーに罵倒を浴びせる。後ろの護衛二人がけしきばむ気配がした。
「……アデル様、そんなことをおっしゃらないでください。私、わかっていますのよ。本当はセム様のこと、好きではないんでしょう?」
「はぁ?」
アデルが怒りを含んだ戸惑いを声に出す。
「セム様の魔法薬草の知識が欲しいだけなんですよね? だから無能なセム様にも優しくして、国に連れて帰ろうとしているんですよね? だってそうじゃないと、私よりセム様を優先する説明がつきませんもの!」
一瞬、ソフィーが殺されると思った。それほどまでに強い殺意を隣から感じて、けれどすぐに、収まった。
俺はアデルの横顔を見つめる。そこには一切光の入っていない、黄濁の瞳がソフィーに向けられていた。
「…………呆れた。もう、いいよ。君の頭脳に話を合わせる方が疲れる。で? こんな茶番をしてまで君は何をしたいの?」
アデルが俺の手を握りしめる。まるで『ちゃんと好きだよ』と伝えるように。
俺も、同じように握り返す。大丈夫。わかってるよアデル。ソフィーの言ったことが真実じゃないことぐらい、今までのアデルを見ていればわかる。
「アデル様、茶番だなんて……でも、魔法薬草のノートはこちらにあります。ですから、セム様とではなく……私と婚約してください」
瞬間、『痛いっ』と声が出そうになるほど手を強く握りしめられる。
「どういうことかな?」
頑張って怒りを抑えているのが伝わる。わずかに手も熱くなってきた。
——もしかしたら魔力過多症を発症しているかもしれない。
以前、アデルは『突発的に魔力が増幅することがある』って言ってた。それがどんな要因で起こるか未知数だけれど、精神的な部分が大きいのは確実だ。
俺は背中に冷や汗をかく。脳裏に焼けた森と赤く囲われた地図が浮かび上がった。
「このあとのプロムで、セム様には私に婚約破棄を宣言してもらいます。そしたらそこで、アデル様は私を助けに来てください……だって、誰にも知られないところで婚約破棄をされても意味ないですし、婚約を申し込まれた事実をプロムにいる皆様に証言してもらいたいですから」
「…………」
アデルは了承の返事をしない。代わりにパチっと握った手の中で火花が弾けた。
「……アデル、俺は大丈夫だから」
「セム……」
俺の声に、アデルの握力が少し弱まる。
「アデルがソフィーに婚約を申し込んでも、アデルは俺を好きだって信じる。だから、今はソフィーの言う通りにしよう」
「…………」
本当は怖い。もしかしたらソフィーの言う通りで、アデルは俺の魔法薬草の知識が欲しいだけなのかもしれない。
でも、俺はアデルを信じたい。好きだって言ってくれた言葉を、疑いたくない。
「……わかった。セム、僕が隙を見て荷物を奪うから、それまでソフィーの茶番に耐えられる?」
「うん。大丈夫。アデルも無理しないで」
「ありがとう。絶対に、今日中にこの学園から出よう」
ひそひそと話していると、ソフィーがこっちに近づいてくる。
「私を抜いて話さないでくださる? さぁ、セム様。私と一緒にプロムへ行きましょう。私を捨てるというのなら手紙なんかではなく、公然で宣言してくださいまし」
それが礼儀というものですよ、とソフィーが付け加える。
「わかった……じゃあアデル、またあとで」
「うん。セム、またあとで」
手を離すのが名残惜しい。けれどソフィーが癇癪を起こしそうになったので、手を離した。
巾着を持った護衛とソフィーと俺は、アデルともう一人の護衛を残して、教室の外に出た。
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