9 / 64
9
しおりを挟む
よくわからなくて、疑問符がいっぱい浮かぶ。
「僕第八だけど一応皇子だからさ、本国にいるとすぐに結婚しろって言われんの。で、それが嫌で嫌で仕方なくなって、今回無理やり留学を取り付けて逃げてきたわけ」
「は、はぁ……?」
「でも逃げられるのも一時的じゃん? だから君と浮気して悪い噂を立てれば、もう結婚を迫られることもないかなって」
「えっ、ちょ、ちょっと待って、じゃあ俺と浮気する理由って……」
「最初に言った通り、僕が結婚したくないから」
「お、お前、そんなの身勝手な理由で俺を巻き込んだのかっ!?」
ていうかそんなの、絶対に当たるわけがない! なんなら最初から当てさせる気ないじゃん!
なんて野郎だ……天使みたいなビジュアルなのに、悪魔みたいな男だ!
「まぁそうなるけど、巻き込んだのは僕じゃない。君だ。君がルーカスとソフィーの不貞行為を黙っててくれっていう身勝手なお願いをするから、僕も身勝手な理由で君を使わせてもらう。それだけでしょ?」
「…………」
「どうも忘れてるみたいだけど、君に選択肢はないんだよ? ソフィーとルーカス……それとマイヤー家の明るい未来を願うならね。不貞が明るみになってルーカスが実家を追い出されれば、マイヤー家がその後どうなるのかは、君が一番よくわかっているはずだ」
アデルの意味深な笑みに、俺はうっと口を閉ざす。
たしかにソフィーとルーカスの浮気がバレれば、外聞を気にする父がルーカスを追い出すかもしれない。そしたら優秀な後継者がいなくなり、下手したら実家は没落する。
魔法が使えない俺では、あの大規模な魔法薬草農園は継げない。だから絶対に、俺はルーカスを追い出すようなことはできない。
……こいつはそれをわかっていて、俺に不貞行為を強要しているんだ。
「くっそ……」
「僕は『無能な令息と浮気した馬鹿な皇子』って不名誉がほしいだけなんだ。それ以外はいらない。君に金銭の要求もしないし、国家機密を盗んでこいとも言わない。どう? なかなかに優しい提案だと思うけど」
でもここで浮気に同意すれば『可愛い婚約者がいるのに、隣国の皇子と浮気した最低の無能』として、俺は社会的に破滅する。
一方拒否れば、近い将来実家は没落し、最悪全員野垂れ死ぬ。
まぁ、全員は死ななくても、魔法の使えない俺はどうせ死ぬ。
——どう転がっても地獄しかない。
それならまだ、金銭の要求をされたほうが優しい提案だ!
「ちょ、ちょっと待ってくれ。少し考える時間を——」
「考えてなにが解決できるの? セム・マイヤー伯爵令息」
ぎしっとソファの軋む音とともに、アデルが立ち上がる。
一歩一歩近づいてくる悪魔に、俺は後ずさりしかできない。
「君一人が汚名を被るか、実家を無くすか……マイヤー伯爵家の長子なら、自ずと答えは決まっているはず」
「っ……」
思えばアデルは浮気の提案をしたときも、俺を〝セム・マイヤー伯爵令息〟って呼んでいた。
あのときは特段気にしなかったけど、今ならわかる。
これは提案じゃない。伯爵令息として、正しい判断をしろと示唆しているんだ。
「……じゃあ、改めて聞くね」
背中に壁の本棚がぶつかる。アデルの甘い香りが鼻先に漂う。
「……僕と浮気をしようよ。〝セム・マイヤー伯爵令息〟」
甘蜜の瞳が怖くなり、目線を下げたら顎を掴まれた。
俺は絡め取られる視線に観念して、唇を震わす。
「わかりました……アデル・ライヒ皇子殿下」
俺の敬称呼びに、アデルは「じゃあ、誰にも言えない誓いをしよう」と返した。
「うわっ」
ぐいっと顎を持ち上げられ、アデルの端正な顔が近づく。
なにをして……! と文句を言う前に、アデルのしようとしていることに気づき、体が固まった。
「……キスを拒まないのは、慣れてないから? それとも、緊張してるから?」
ふふっと笑う悪魔に、俺は眉根を寄せて睨みつける。
「違います…………ただ、諦めただけです」
俺は覚悟を決めて、ぎゅっと目をつぶる。もうここまで来たら、なされるがままだ。
がちがちの体を、嘲笑うかのように抱きしめられる。
固く閉ざした唇は、力を入れすぎてじんじんしてきた。
ああ、どうか一思いにやってくれ……!
そう俺が願ったとき、唇にアデルの体温が触れた。
「僕第八だけど一応皇子だからさ、本国にいるとすぐに結婚しろって言われんの。で、それが嫌で嫌で仕方なくなって、今回無理やり留学を取り付けて逃げてきたわけ」
「は、はぁ……?」
「でも逃げられるのも一時的じゃん? だから君と浮気して悪い噂を立てれば、もう結婚を迫られることもないかなって」
「えっ、ちょ、ちょっと待って、じゃあ俺と浮気する理由って……」
「最初に言った通り、僕が結婚したくないから」
「お、お前、そんなの身勝手な理由で俺を巻き込んだのかっ!?」
ていうかそんなの、絶対に当たるわけがない! なんなら最初から当てさせる気ないじゃん!
なんて野郎だ……天使みたいなビジュアルなのに、悪魔みたいな男だ!
「まぁそうなるけど、巻き込んだのは僕じゃない。君だ。君がルーカスとソフィーの不貞行為を黙っててくれっていう身勝手なお願いをするから、僕も身勝手な理由で君を使わせてもらう。それだけでしょ?」
「…………」
「どうも忘れてるみたいだけど、君に選択肢はないんだよ? ソフィーとルーカス……それとマイヤー家の明るい未来を願うならね。不貞が明るみになってルーカスが実家を追い出されれば、マイヤー家がその後どうなるのかは、君が一番よくわかっているはずだ」
アデルの意味深な笑みに、俺はうっと口を閉ざす。
たしかにソフィーとルーカスの浮気がバレれば、外聞を気にする父がルーカスを追い出すかもしれない。そしたら優秀な後継者がいなくなり、下手したら実家は没落する。
魔法が使えない俺では、あの大規模な魔法薬草農園は継げない。だから絶対に、俺はルーカスを追い出すようなことはできない。
……こいつはそれをわかっていて、俺に不貞行為を強要しているんだ。
「くっそ……」
「僕は『無能な令息と浮気した馬鹿な皇子』って不名誉がほしいだけなんだ。それ以外はいらない。君に金銭の要求もしないし、国家機密を盗んでこいとも言わない。どう? なかなかに優しい提案だと思うけど」
でもここで浮気に同意すれば『可愛い婚約者がいるのに、隣国の皇子と浮気した最低の無能』として、俺は社会的に破滅する。
一方拒否れば、近い将来実家は没落し、最悪全員野垂れ死ぬ。
まぁ、全員は死ななくても、魔法の使えない俺はどうせ死ぬ。
——どう転がっても地獄しかない。
それならまだ、金銭の要求をされたほうが優しい提案だ!
「ちょ、ちょっと待ってくれ。少し考える時間を——」
「考えてなにが解決できるの? セム・マイヤー伯爵令息」
ぎしっとソファの軋む音とともに、アデルが立ち上がる。
一歩一歩近づいてくる悪魔に、俺は後ずさりしかできない。
「君一人が汚名を被るか、実家を無くすか……マイヤー伯爵家の長子なら、自ずと答えは決まっているはず」
「っ……」
思えばアデルは浮気の提案をしたときも、俺を〝セム・マイヤー伯爵令息〟って呼んでいた。
あのときは特段気にしなかったけど、今ならわかる。
これは提案じゃない。伯爵令息として、正しい判断をしろと示唆しているんだ。
「……じゃあ、改めて聞くね」
背中に壁の本棚がぶつかる。アデルの甘い香りが鼻先に漂う。
「……僕と浮気をしようよ。〝セム・マイヤー伯爵令息〟」
甘蜜の瞳が怖くなり、目線を下げたら顎を掴まれた。
俺は絡め取られる視線に観念して、唇を震わす。
「わかりました……アデル・ライヒ皇子殿下」
俺の敬称呼びに、アデルは「じゃあ、誰にも言えない誓いをしよう」と返した。
「うわっ」
ぐいっと顎を持ち上げられ、アデルの端正な顔が近づく。
なにをして……! と文句を言う前に、アデルのしようとしていることに気づき、体が固まった。
「……キスを拒まないのは、慣れてないから? それとも、緊張してるから?」
ふふっと笑う悪魔に、俺は眉根を寄せて睨みつける。
「違います…………ただ、諦めただけです」
俺は覚悟を決めて、ぎゅっと目をつぶる。もうここまで来たら、なされるがままだ。
がちがちの体を、嘲笑うかのように抱きしめられる。
固く閉ざした唇は、力を入れすぎてじんじんしてきた。
ああ、どうか一思いにやってくれ……!
そう俺が願ったとき、唇にアデルの体温が触れた。
46
お気に入りに追加
2,005
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!


【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる