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よくわからなくて、疑問符がいっぱい浮かぶ。
「僕第八だけど一応皇子だからさ、本国にいるとすぐに結婚しろって言われんの。で、それが嫌で嫌で仕方なくなって、今回無理やり留学を取り付けて逃げてきたわけ」
「は、はぁ……?」
「でも逃げられるのも一時的じゃん? だから君と浮気して悪い噂を立てれば、もう結婚を迫られることもないかなって」
「えっ、ちょ、ちょっと待って、じゃあ俺と浮気する理由って……」
「最初に言った通り、僕が結婚したくないから」
「お、お前、そんなの身勝手な理由で俺を巻き込んだのかっ!?」
ていうかそんなの、絶対に当たるわけがない! なんなら最初から当てさせる気ないじゃん!
なんて野郎だ……天使みたいなビジュアルなのに、悪魔みたいな男だ!
「まぁそうなるけど、巻き込んだのは僕じゃない。君だ。君がルーカスとソフィーの不貞行為を黙っててくれっていう身勝手なお願いをするから、僕も身勝手な理由で君を使わせてもらう。それだけでしょ?」
「…………」
「どうも忘れてるみたいだけど、君に選択肢はないんだよ? ソフィーとルーカス……それとマイヤー家の明るい未来を願うならね。不貞が明るみになってルーカスが実家を追い出されれば、マイヤー家がその後どうなるのかは、君が一番よくわかっているはずだ」
アデルの意味深な笑みに、俺はうっと口を閉ざす。
たしかにソフィーとルーカスの浮気がバレれば、外聞を気にする父がルーカスを追い出すかもしれない。そしたら優秀な後継者がいなくなり、下手したら実家は没落する。
魔法が使えない俺では、あの大規模な魔法薬草農園は継げない。だから絶対に、俺はルーカスを追い出すようなことはできない。
……こいつはそれをわかっていて、俺に不貞行為を強要しているんだ。
「くっそ……」
「僕は『無能な令息と浮気した馬鹿な皇子』って不名誉がほしいだけなんだ。それ以外はいらない。君に金銭の要求もしないし、国家機密を盗んでこいとも言わない。どう? なかなかに優しい提案だと思うけど」
でもここで浮気に同意すれば『可愛い婚約者がいるのに、隣国の皇子と浮気した最低の無能』として、俺は社会的に破滅する。
一方拒否れば、近い将来実家は没落し、最悪全員野垂れ死ぬ。
まぁ、全員は死ななくても、魔法の使えない俺はどうせ死ぬ。
——どう転がっても地獄しかない。
それならまだ、金銭の要求をされたほうが優しい提案だ!
「ちょ、ちょっと待ってくれ。少し考える時間を——」
「考えてなにが解決できるの? セム・マイヤー伯爵令息」
ぎしっとソファの軋む音とともに、アデルが立ち上がる。
一歩一歩近づいてくる悪魔に、俺は後ずさりしかできない。
「君一人が汚名を被るか、実家を無くすか……マイヤー伯爵家の長子なら、自ずと答えは決まっているはず」
「っ……」
思えばアデルは浮気の提案をしたときも、俺を〝セム・マイヤー伯爵令息〟って呼んでいた。
あのときは特段気にしなかったけど、今ならわかる。
これは提案じゃない。伯爵令息として、正しい判断をしろと示唆しているんだ。
「……じゃあ、改めて聞くね」
背中に壁の本棚がぶつかる。アデルの甘い香りが鼻先に漂う。
「……僕と浮気をしようよ。〝セム・マイヤー伯爵令息〟」
甘蜜の瞳が怖くなり、目線を下げたら顎を掴まれた。
俺は絡め取られる視線に観念して、唇を震わす。
「わかりました……アデル・ライヒ皇子殿下」
俺の敬称呼びに、アデルは「じゃあ、誰にも言えない誓いをしよう」と返した。
「うわっ」
ぐいっと顎を持ち上げられ、アデルの端正な顔が近づく。
なにをして……! と文句を言う前に、アデルのしようとしていることに気づき、体が固まった。
「……キスを拒まないのは、慣れてないから? それとも、緊張してるから?」
ふふっと笑う悪魔に、俺は眉根を寄せて睨みつける。
「違います…………ただ、諦めただけです」
俺は覚悟を決めて、ぎゅっと目をつぶる。もうここまで来たら、なされるがままだ。
がちがちの体を、嘲笑うかのように抱きしめられる。
固く閉ざした唇は、力を入れすぎてじんじんしてきた。
ああ、どうか一思いにやってくれ……!
そう俺が願ったとき、唇にアデルの体温が触れた。
「僕第八だけど一応皇子だからさ、本国にいるとすぐに結婚しろって言われんの。で、それが嫌で嫌で仕方なくなって、今回無理やり留学を取り付けて逃げてきたわけ」
「は、はぁ……?」
「でも逃げられるのも一時的じゃん? だから君と浮気して悪い噂を立てれば、もう結婚を迫られることもないかなって」
「えっ、ちょ、ちょっと待って、じゃあ俺と浮気する理由って……」
「最初に言った通り、僕が結婚したくないから」
「お、お前、そんなの身勝手な理由で俺を巻き込んだのかっ!?」
ていうかそんなの、絶対に当たるわけがない! なんなら最初から当てさせる気ないじゃん!
なんて野郎だ……天使みたいなビジュアルなのに、悪魔みたいな男だ!
「まぁそうなるけど、巻き込んだのは僕じゃない。君だ。君がルーカスとソフィーの不貞行為を黙っててくれっていう身勝手なお願いをするから、僕も身勝手な理由で君を使わせてもらう。それだけでしょ?」
「…………」
「どうも忘れてるみたいだけど、君に選択肢はないんだよ? ソフィーとルーカス……それとマイヤー家の明るい未来を願うならね。不貞が明るみになってルーカスが実家を追い出されれば、マイヤー家がその後どうなるのかは、君が一番よくわかっているはずだ」
アデルの意味深な笑みに、俺はうっと口を閉ざす。
たしかにソフィーとルーカスの浮気がバレれば、外聞を気にする父がルーカスを追い出すかもしれない。そしたら優秀な後継者がいなくなり、下手したら実家は没落する。
魔法が使えない俺では、あの大規模な魔法薬草農園は継げない。だから絶対に、俺はルーカスを追い出すようなことはできない。
……こいつはそれをわかっていて、俺に不貞行為を強要しているんだ。
「くっそ……」
「僕は『無能な令息と浮気した馬鹿な皇子』って不名誉がほしいだけなんだ。それ以外はいらない。君に金銭の要求もしないし、国家機密を盗んでこいとも言わない。どう? なかなかに優しい提案だと思うけど」
でもここで浮気に同意すれば『可愛い婚約者がいるのに、隣国の皇子と浮気した最低の無能』として、俺は社会的に破滅する。
一方拒否れば、近い将来実家は没落し、最悪全員野垂れ死ぬ。
まぁ、全員は死ななくても、魔法の使えない俺はどうせ死ぬ。
——どう転がっても地獄しかない。
それならまだ、金銭の要求をされたほうが優しい提案だ!
「ちょ、ちょっと待ってくれ。少し考える時間を——」
「考えてなにが解決できるの? セム・マイヤー伯爵令息」
ぎしっとソファの軋む音とともに、アデルが立ち上がる。
一歩一歩近づいてくる悪魔に、俺は後ずさりしかできない。
「君一人が汚名を被るか、実家を無くすか……マイヤー伯爵家の長子なら、自ずと答えは決まっているはず」
「っ……」
思えばアデルは浮気の提案をしたときも、俺を〝セム・マイヤー伯爵令息〟って呼んでいた。
あのときは特段気にしなかったけど、今ならわかる。
これは提案じゃない。伯爵令息として、正しい判断をしろと示唆しているんだ。
「……じゃあ、改めて聞くね」
背中に壁の本棚がぶつかる。アデルの甘い香りが鼻先に漂う。
「……僕と浮気をしようよ。〝セム・マイヤー伯爵令息〟」
甘蜜の瞳が怖くなり、目線を下げたら顎を掴まれた。
俺は絡め取られる視線に観念して、唇を震わす。
「わかりました……アデル・ライヒ皇子殿下」
俺の敬称呼びに、アデルは「じゃあ、誰にも言えない誓いをしよう」と返した。
「うわっ」
ぐいっと顎を持ち上げられ、アデルの端正な顔が近づく。
なにをして……! と文句を言う前に、アデルのしようとしていることに気づき、体が固まった。
「……キスを拒まないのは、慣れてないから? それとも、緊張してるから?」
ふふっと笑う悪魔に、俺は眉根を寄せて睨みつける。
「違います…………ただ、諦めただけです」
俺は覚悟を決めて、ぎゅっと目をつぶる。もうここまで来たら、なされるがままだ。
がちがちの体を、嘲笑うかのように抱きしめられる。
固く閉ざした唇は、力を入れすぎてじんじんしてきた。
ああ、どうか一思いにやってくれ……!
そう俺が願ったとき、唇にアデルの体温が触れた。
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