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第二章
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「ロイ、まだ宴は途中だよ? 戻らなきゃ」
「いいだろ別に。だいたい顔は出したんだし。ずっといたら深夜になるぞ」
「それはそうかもしれないけど……」
式典後の宴の最中、ロイがイアンを呼び出した。イアンは何かと思えば「このまま帰るぞ」と言われ、「さすがにそれは……」と言ったけれどロイは聞く耳を持たず、手を引かれるまま馬車に乗ってしまい、今に至る。
ロイの言う通り、挨拶をしなければならない人たちには顔を出した。あとは腹の探り合いをする難しい会話を、宴が終わるまでするだけだ。それに比べたらロイの提案は大変魅力的で、イアンはうまく逆らうことができなかった。
「それにお前……」
「え? なに?」
「いや、まぁ、いい。どうせすぐにわかる」
ロイの曖昧な言い方になんだろうと思っていると、馬車がいつもの角を曲がらなかったのに気付いた。
「あれ? 曲がるのってここだよね……?」
「離宮へ行くのはな。けど当分あそこには帰らない」
「は? え?」
帰らないって……しかも当分って、どういうことだろう?
イアンの困惑する表情を見たあと、ロイは笑みを浮かべて答える。
「今日から離宮は三か月改修工事が入るんだ。お前の荷物は式典中に移動させた」
「え!? そ、そんなの聞いてないよ!」
「だって言ってないしな。お前を驚かせたくて」
ロイは心底楽しそうに笑う。イアンはため息しか出なかった。
いつもロイは突然だ。どこに行くのも何をするのも。けれど強く文句は言えない。主人だからではなく、好きな人の朗らかな笑顔が、年相応で可愛いと思ってしまうから。
(俺も馬鹿だな……恋は盲目って言うけど、本当にそうなるとは……)
イアンは恋に浮かれている自分に呆れて、もう一度ため息をついた。
「……そういえば、よく修繕許可が下りたね?」
「ああ、レオに今回の件を大きくしないことを条件に、色々とねじ込んだ。研究費のことも、ちゃんと考えてくれるだろう」
「そっか、それはよかった」
「やっと綺麗な家に住める。これからの生活が楽しみだな」
そう言って、ロイはまた笑う。最近は不機嫌なときより、目を輝かせていることの方が多くて、イアンはその変化がなにより嬉しかった。
一ヶ月前の事件から、ロイは少し変わった。正確には、事件後にジャックとオリヴァーを入れて、二年前の真実を話した日からだろうか。
憑き物が落ちたというか、自信がみなぎっているというか。ふと見せていた影がなくなり、笑顔が増えた。
それはイアンが真実を聞いても、ロイの側にいると知ったからだろう。もちろんイアンも、真実が伏せられていたことに対して、多少の怒りはあった。けれどロイとジャックの真摯な謝罪と、二年前の自分の状態を考えた上での行動と知ったら、許せる範囲のことだった。
(あのときのオリヴァーさん……本当に話長かったな……)
おかげで自分の体について詳しくなった。だからロイが自分をオメガに変えたとは思っていない。
「さ、俺たちが三か月だけ住む家に着いたぞ」
いつの間にか、馬車は目的の場所に着いたらしい。ロイの後に続いて降りると、ガーテリア国内で一番煌びやかな建築物群が現れた。
「こ、ここって!」
「ああ。王室が本来住むべき、薔薇宮殿さ」
豪奢な細工が施された外観。国の権威を象徴するような金の装飾。どれも唖然とする絢爛さをほこっている。
さらに驚くべきは、コの字に並んだ建物全てに、同じ装飾が施されているということだ。きっと真ん中が正室と王が住む本殿で、左側がレオ様の住む西殿だろう。そして今目の前に立ってるのが……
「ノアの分が空いたからな。東殿は全部使っていいらしい」
「え!? じゃ、じゃあここに三か月住むの!?」
目の前に鎮座する東殿を見る。この建物だけで、離宮の三倍は広さがありそうだった。
「ああ。そうだ。迷子になりそうだな」
「ほ、本当にそう……」
「ま、ここには使用人もたくさんいるし、警備もしっかりしてるし……番になって初めての発情期を安心して過ごせるだろう」
「……え? 発情期?」
ロイの発言を訝しむ。イアンの発情期は、一ヶ月前に終わった。そのときはことが収束してなくて、強めの抑制剤を飲んでやり過ごしたのだが。
もしかしてロイは忘れてしまったのだろうか? いやそんなわけは……と考えていたとき、風に乗ってフェロモンの香りが、イアンの鼻を掠めた。非常に強い、甘やかな匂いだった。
「いいだろ別に。だいたい顔は出したんだし。ずっといたら深夜になるぞ」
「それはそうかもしれないけど……」
式典後の宴の最中、ロイがイアンを呼び出した。イアンは何かと思えば「このまま帰るぞ」と言われ、「さすがにそれは……」と言ったけれどロイは聞く耳を持たず、手を引かれるまま馬車に乗ってしまい、今に至る。
ロイの言う通り、挨拶をしなければならない人たちには顔を出した。あとは腹の探り合いをする難しい会話を、宴が終わるまでするだけだ。それに比べたらロイの提案は大変魅力的で、イアンはうまく逆らうことができなかった。
「それにお前……」
「え? なに?」
「いや、まぁ、いい。どうせすぐにわかる」
ロイの曖昧な言い方になんだろうと思っていると、馬車がいつもの角を曲がらなかったのに気付いた。
「あれ? 曲がるのってここだよね……?」
「離宮へ行くのはな。けど当分あそこには帰らない」
「は? え?」
帰らないって……しかも当分って、どういうことだろう?
イアンの困惑する表情を見たあと、ロイは笑みを浮かべて答える。
「今日から離宮は三か月改修工事が入るんだ。お前の荷物は式典中に移動させた」
「え!? そ、そんなの聞いてないよ!」
「だって言ってないしな。お前を驚かせたくて」
ロイは心底楽しそうに笑う。イアンはため息しか出なかった。
いつもロイは突然だ。どこに行くのも何をするのも。けれど強く文句は言えない。主人だからではなく、好きな人の朗らかな笑顔が、年相応で可愛いと思ってしまうから。
(俺も馬鹿だな……恋は盲目って言うけど、本当にそうなるとは……)
イアンは恋に浮かれている自分に呆れて、もう一度ため息をついた。
「……そういえば、よく修繕許可が下りたね?」
「ああ、レオに今回の件を大きくしないことを条件に、色々とねじ込んだ。研究費のことも、ちゃんと考えてくれるだろう」
「そっか、それはよかった」
「やっと綺麗な家に住める。これからの生活が楽しみだな」
そう言って、ロイはまた笑う。最近は不機嫌なときより、目を輝かせていることの方が多くて、イアンはその変化がなにより嬉しかった。
一ヶ月前の事件から、ロイは少し変わった。正確には、事件後にジャックとオリヴァーを入れて、二年前の真実を話した日からだろうか。
憑き物が落ちたというか、自信がみなぎっているというか。ふと見せていた影がなくなり、笑顔が増えた。
それはイアンが真実を聞いても、ロイの側にいると知ったからだろう。もちろんイアンも、真実が伏せられていたことに対して、多少の怒りはあった。けれどロイとジャックの真摯な謝罪と、二年前の自分の状態を考えた上での行動と知ったら、許せる範囲のことだった。
(あのときのオリヴァーさん……本当に話長かったな……)
おかげで自分の体について詳しくなった。だからロイが自分をオメガに変えたとは思っていない。
「さ、俺たちが三か月だけ住む家に着いたぞ」
いつの間にか、馬車は目的の場所に着いたらしい。ロイの後に続いて降りると、ガーテリア国内で一番煌びやかな建築物群が現れた。
「こ、ここって!」
「ああ。王室が本来住むべき、薔薇宮殿さ」
豪奢な細工が施された外観。国の権威を象徴するような金の装飾。どれも唖然とする絢爛さをほこっている。
さらに驚くべきは、コの字に並んだ建物全てに、同じ装飾が施されているということだ。きっと真ん中が正室と王が住む本殿で、左側がレオ様の住む西殿だろう。そして今目の前に立ってるのが……
「ノアの分が空いたからな。東殿は全部使っていいらしい」
「え!? じゃ、じゃあここに三か月住むの!?」
目の前に鎮座する東殿を見る。この建物だけで、離宮の三倍は広さがありそうだった。
「ああ。そうだ。迷子になりそうだな」
「ほ、本当にそう……」
「ま、ここには使用人もたくさんいるし、警備もしっかりしてるし……番になって初めての発情期を安心して過ごせるだろう」
「……え? 発情期?」
ロイの発言を訝しむ。イアンの発情期は、一ヶ月前に終わった。そのときはことが収束してなくて、強めの抑制剤を飲んでやり過ごしたのだが。
もしかしてロイは忘れてしまったのだろうか? いやそんなわけは……と考えていたとき、風に乗ってフェロモンの香りが、イアンの鼻を掠めた。非常に強い、甘やかな匂いだった。
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