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第二章

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 「はぁ、はぁ」

 ジャックからもらった抑制剤はとうに切れており、イアンは部屋の床にへたりこんで動けなくなった。潤む視界の先で、ロイが部屋の扉から鍵を抜いたのが見える。

 これでノアたちは研究室から出られない。蹴破られるのも時間の問題かもしれないが、部屋までくるのはさっきのガラスが割れるより手こずるだろう。逃げるならいまのうちだった。

 「こ、ここを……」

 出た方がいいという言葉はロイの唇に奪われる。熱い舌が入り込み、イアンは息ができなくなった。頭がじんとして、何も考えられなくなる前に、唇が離れる。

 「くそっ! セオドアのやつ、イアンのフェロモンに当てられて、香りを強くしやがって……!」

 怒るロイに、イアンは肩で息をしながら伝える。

 「でも、セオドアのおかげでうまくいった……大丈夫、今はロイのにおいしかしない」

 ぎゅっとロイを抱きしめる。強くなるフェロモンの香りに、目がくらくらした。

 「イアン……俺はもうお前の香りを誰にも嗅がせたくない」
 「……うん」

 「ここを出る前に……お前の香りを、俺だけのものにしたい」
 「……うん」

 涙に濡れた瞳でロイを見上げる。ロイの麗しいルビーの視線とぶつかり、その奥にアルファの性を感じて、血が全身を駆け巡った。

 イアンの香りをロイだけの物にすること。それは番になるということだ。番になれば、フェロモンの香りは番同士でしか認識できなくなる。

 「逃げるなら……今のうちだ」

 ロイの声は震えている。その必死に本能を押さえて眉根を寄せる表情は、愛おしく美しく思えた。

 イアンは安心させるように、ロイの背中へ腕を回す。

 「俺は逃げないよ。だって……心から好きな人と番になれるんだもの……そんな相手と番になれって言ったのは君だよ?」

 ロイと過ごす毎日が、与えてくれる信頼が、自分をその気持ちにさせた。かわいそうだなんて決めつけないで、運命の番を求めてほしい。

 「イアン……」

 震える手で、イアンはチョーカーの留め金を外す。ロイが息をのむ気配がした。

 「俺は君の特別になりたい……そう思わせたのは君自身だ」

 うなじがロイに見えるよう、イアンは背中を向ける。弱い部分を晒すことに、緊張と喜悦が入り混じった。

 ロイの腕が脇を通る。体温の高い体がぴったりとくっつき、背中ごしに早鐘を打つ鼓動を感じる。

 「ここに跡を刻むのが、本当に俺でいいのか?」

 吐息が首筋にあたる。最後の問いかけにイアンは深く頷く。

 「俺は……君が……君がいい」

 言い終わる前に、柔らかいものがうなじにあたった。

 慈しむように接吻され、隙間から這い出た舌がうなじを濡らす。焦がれていた刺激にびくびくと痙攣する体に、肌に触れる唇が迷いを見せるように閉じられた。

 「だい……じょうぶ……だから……」

 イアンは怯えていないことを伝えるために、ぎゅうっとロイの腕を握りしめる。二年前のような勘違いは、もうさせたくない。

 すると唇が開かれ、皮膚に固い歯があたる感触がする。ゆっくりと、しかし確実に。圧力が徐々に加えられ、跡が刻まれていく。

 「……うっあぁ」

 痛いというより熱い。目がちかちかするような快感が、全身へ広がっていく。

 「あっ……ロ、ロイ」

 まだロイを守らないといけないのに、意識が朦朧としだした。けれど最初で最後の契りは、イアンに抗えない感覚をもたらす。番の快楽の波に飲まれて、イアンは意識を手放した。
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