後天性オメガの近衛騎士は辞職したい

栄円ろく

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第二章

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 「でも、それは……」

 一度侵入しているならわかっているはず。その薬がまだ未完成であることを。

 「僕は知ってるんだよ……本当は性転換薬が完成しているって」

 確信を持ったように言うノアに、ロイは目を見開く。

 「お、お前、なに言って……」

 「今日のイアン君の活躍。どう考えてもオメガができるものじゃない。大学側は隠してるんだろう? 世の中のベータが全員アルファになったら、君たちが困るから! 僕はそのためにも公表しなければならない。世の中の、ベータとオメガのためにも!」

 あまりにも突拍子もない話に、ロイは開いた口が塞がらない。

 (こ、こいつは、それだけの情報で、こんな馬鹿みたいなことをしでかしたのか……!?)

 ロイは頭が痛くなる。ノアにとって、オメガの人間が聖闘技祭で優勝するのは、薬を使わないとできないことらしい。努力の賜物という考えは、一切思い浮かばなかったのか。

 「別にシラをきるならそれでもいい……でもそしたらセオドアをイアン君の部屋に入れるよ」

 「お前っ!」

 「君には選択肢が二つある。僕に『赤い緑柱茎ビキシバイト』を渡すか、イアン君をセオドアの番にさせるか。さぁどっちを選ぶ?」

 「くそっ……!」

 ロイは必死に頭を回転させる。

 (考えろ、考えろ、考えろ……! どうにかこの状況を打破する方法を…!)

 このまま大学に行っても、性転換薬なんて無いものを渡すなんてできない。それはイアンがセオドアの番になる時間稼ぎであり、根本的な解決にはならないだろう。

 だとしたらノアを罰することのできる人物の協力が必要だ。ノアより身分が上で、身内だからと忖度しない奴。でもそんな馬鹿正直な人間、いるわけが——

 「……っ! そうか……!」
 「ん? どうしたの?」

 小さくつぶやかれた独り言は、ノアの耳にまで届かなかったようだ。ロイは内心の計画が悟られないように、ある人物の名を呼ぶ。

 「……そういえば、ジャックはどうした」

 「たぶん隣の部屋で寝てるんじゃないかな」

 「……ここに呼んでくれ。生きてるか確認したい」

 ノアが顎で指示を出し、部下が部屋から連れ出してくる。

 「んんっ!!」

 ジャックは縄で縛られており、身動きは取れそうにない。しかし耳は塞がっておらず、声は聞こえるようだった。ロイはそのことを確認すると、すっと目の光を無くして、ジャックに冷たく言い放つ。

 「ジャック。お前は使えないやつだな」

 もがいていたジャックが動きを止める。

 「お前の優秀な旧友だったら、こうはならなかっただろう」

 少しだけ驚きに目が開かれたが、『旧友』と言う言葉に察してくれたようだ。眉をぎゅっと寄せて、小さく頷く。

 「俺は大学に行って、ノアに研究室を案内する。しばらくは戻ってこないが……それまでにせいぜい逃げるんだな。じゃないと俺が殺してやる」

 ジャックの目にしっかりと意図が伝わったことを確認し、ロイはノアに向き直る。

 (今はジャックを信じるしかない。どうにかジャックが逃げて連絡をとってくれれば……確率は低いが、あいつが動いてくれる)

 ロイは祈るような気持ちで、薔薇宮殿のある方を見つめた。

 「長年仕えてきた執事にひどい態度だね」

 「何とでもいえ……今言った通り、『赤い緑柱茎ビキシバイト』はここにはない。大学に行くぞ」

 「聞き分けがよくて助かるよ」

 「ただし条件がある」

 ここを離れるのならば外せないこと。それは何よりも大事で大切な存在が傷つかないこと。

 「……絶対にイアンの寝てる部屋には誰も入れるな。それと、アルファは全員俺とこい。離宮に残るのはベータだけだ」

 イアンのフェロモンに当てられて、汗が滲んでいるセオドアを見ながら、ロイは言う。多分アルファはセオドア一人。最悪ベータがうなじを噛んでも番にはならない。

 だとしたら、セオドアだけでも連れて行ければ、イアンが無理やり番にされることはないだろう。残ったベータの奴らがイアンを襲う可能性もあったが……全員連れていくのは、ノアが許すはずがない。ロイが今できるイアンへの安全策は、これが限界だった。

 「……わかった。セオドア、君は僕と一緒に大学に行こう」

 ノアはそう言うと玄関の方へ歩き出す。ロイはその背中に問いかけた。

 「最後に聞く……今日俺の抑制剤を入れ替えてイアンを発情させたのも、この屋敷に抑制剤が無いのも、全部お前の仕業か?」

 ここまで用意周到な計画が練られているのだ。答えは決まっているも同然だった。

 ノアは振りかえり、薄く笑みを作る。

 「ああそうだよ。君たちは体調不良で離宮に帰って……その間に百獣の爪に暗殺されたって筋書きにするためにね……騎士団本部内のことで、僕が知らないことがあるとでも?」

 異母兄弟の兄を、ロイはあらん限りの憎悪を込めて睨む。

 「そうか……わかった。なら俺はお前を………絶対に許さない」

 イアンの努力で勝ち取った神聖位を、最後の最後で台無しにした。自分がベータであることを認められないが故に。

 殺したいほど憎い。

 ロイは明確な殺意をもって、手を握りしめる。怒りに沸き立つ血は収まりそうもなく、また収まらないでくれと願った。
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