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第二章
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それから数時間後。闘技場にラッパが鳴り響き、開会式の始まりを告げる。来賓室のカーテンが全面開けられ、観客から丸見えの姿になった。
「ちっ、帰りたいな……」
イアンがいなくなってから、ロイは早くも後悔していた。やはり公式行事なんて出るもんじゃなかったと。
「本日お越しいただいた、来賓の方をご紹介いたします。ガーテリア王国国王である……」
開会式中の来賓紹介で、中央に座る現王と正妻が立ち上がる。笑顔で手をあげる二人に、観客は拍手を送った。
ロイはこのとき、毎回と言っていいほど必ずする妄想がある。来賓室のカーテンが開く前の様子を、観客が見ていたら……と。
現王と正妻がロイを認識したことは一度もない。ロイは自分が透明人間なのではと錯覚するほどに。ロイから形だけ挨拶をするときもあるが、彼らは聞こえないふりをして別の会話を始めるのが常だった。
「続きまして、王太子レオ・ガーテリア様……」
司会の紹介で、正妻の左隣で立ち上がったレオの顔は、ノアと瓜二つ。それでもすぐに見分けがつくのは、ノアと違って短い髪と鋭い瞳をしているから。
レオは来賓室で会うなり「お前はもっと王族としての自覚を持て! 宮廷行事に出ないと国民に示しがつかないだろ!」と怒鳴ってきた。観客の前で見せる厳かな雰囲気はなく、ロイの前では声を荒げる姿しか表さない。
「第二王子ノア・ガーテリア様……」
そんなレオの怒りに「まぁまぁ兄さん、ロイは変わってるから」と理解できないものとして扱ってくるのが、いま左隣で立つノアだった。
この中で一番まともなのはレオだろう。ロイから見れば、馬鹿みたいに頭が固く『王は民のためにいる』なんて綺麗ごとを地でいく人間だが、ロイを家族として唯一認識している。他は話にならなかった。
「第三王子ロイ・ガーテリア様」
ざわっと会場がどよめいたことに、ロイは再び舌打ちをする。
「え、ロイ様がお目見えするのって何年ぶり……?」
「研究にしか興味ないって聞いてたけど……にしても」
「お美しいく成長されて……もっと王室のお仕事をされたらいいのに」
一応席を立って手を上げたが、すぐに座った。
好き勝手言いやがって……とロイは思う。なんならお前がやってみろ、いつでも代わってやる、と詰め寄りたかった。
「今年度はアッバスの和平五十年を記念しまして……」
ロイは不機嫌なまま、現王とノアの間で立ち上がる虎のような耳を持つ男に目を向ける。
獣人種の年齢はわかりづらいが、顔は人間種の二十五歳から三十歳あたりの男性と同じくらいに見えた。
鮮やかな黄色い髪に、瞳孔が細い瞳。分厚い黒いコートの下には、輝く魔核が埋め込まれているに違いない。
「アッバス帝国の外務大臣ファイサル・サーイブ様」
熱砂の獅子が送った使者だ。
【この度は伝統ある素晴らしい祭典にお招きいただき、誠にありがとうございます】
ファイサルはアッバス語で話す。
人の良さそうな笑みを浮かべ、彼の国が我が国の魔花加工技術を狙っているとは到底信じられない。
(しかし、痕跡はちゃんと残っている……)
ロイは後ろに並ぶ獣人種たちをちらっと盗み見た。
全員狐や黒豹など肉食獣の耳を持ち、黒いコートで体格がわからないようになっている。
きっと彼らは特殊部隊『百獣の爪』だろう。今回の来日で、公式に精鋭部隊がきているのに、何もないとは考えづらかった。
ロイは目を細め、何もするなよと念を送りながら、ファイサルを睨んだ。
「ちっ、帰りたいな……」
イアンがいなくなってから、ロイは早くも後悔していた。やはり公式行事なんて出るもんじゃなかったと。
「本日お越しいただいた、来賓の方をご紹介いたします。ガーテリア王国国王である……」
開会式中の来賓紹介で、中央に座る現王と正妻が立ち上がる。笑顔で手をあげる二人に、観客は拍手を送った。
ロイはこのとき、毎回と言っていいほど必ずする妄想がある。来賓室のカーテンが開く前の様子を、観客が見ていたら……と。
現王と正妻がロイを認識したことは一度もない。ロイは自分が透明人間なのではと錯覚するほどに。ロイから形だけ挨拶をするときもあるが、彼らは聞こえないふりをして別の会話を始めるのが常だった。
「続きまして、王太子レオ・ガーテリア様……」
司会の紹介で、正妻の左隣で立ち上がったレオの顔は、ノアと瓜二つ。それでもすぐに見分けがつくのは、ノアと違って短い髪と鋭い瞳をしているから。
レオは来賓室で会うなり「お前はもっと王族としての自覚を持て! 宮廷行事に出ないと国民に示しがつかないだろ!」と怒鳴ってきた。観客の前で見せる厳かな雰囲気はなく、ロイの前では声を荒げる姿しか表さない。
「第二王子ノア・ガーテリア様……」
そんなレオの怒りに「まぁまぁ兄さん、ロイは変わってるから」と理解できないものとして扱ってくるのが、いま左隣で立つノアだった。
この中で一番まともなのはレオだろう。ロイから見れば、馬鹿みたいに頭が固く『王は民のためにいる』なんて綺麗ごとを地でいく人間だが、ロイを家族として唯一認識している。他は話にならなかった。
「第三王子ロイ・ガーテリア様」
ざわっと会場がどよめいたことに、ロイは再び舌打ちをする。
「え、ロイ様がお目見えするのって何年ぶり……?」
「研究にしか興味ないって聞いてたけど……にしても」
「お美しいく成長されて……もっと王室のお仕事をされたらいいのに」
一応席を立って手を上げたが、すぐに座った。
好き勝手言いやがって……とロイは思う。なんならお前がやってみろ、いつでも代わってやる、と詰め寄りたかった。
「今年度はアッバスの和平五十年を記念しまして……」
ロイは不機嫌なまま、現王とノアの間で立ち上がる虎のような耳を持つ男に目を向ける。
獣人種の年齢はわかりづらいが、顔は人間種の二十五歳から三十歳あたりの男性と同じくらいに見えた。
鮮やかな黄色い髪に、瞳孔が細い瞳。分厚い黒いコートの下には、輝く魔核が埋め込まれているに違いない。
「アッバス帝国の外務大臣ファイサル・サーイブ様」
熱砂の獅子が送った使者だ。
【この度は伝統ある素晴らしい祭典にお招きいただき、誠にありがとうございます】
ファイサルはアッバス語で話す。
人の良さそうな笑みを浮かべ、彼の国が我が国の魔花加工技術を狙っているとは到底信じられない。
(しかし、痕跡はちゃんと残っている……)
ロイは後ろに並ぶ獣人種たちをちらっと盗み見た。
全員狐や黒豹など肉食獣の耳を持ち、黒いコートで体格がわからないようになっている。
きっと彼らは特殊部隊『百獣の爪』だろう。今回の来日で、公式に精鋭部隊がきているのに、何もないとは考えづらかった。
ロイは目を細め、何もするなよと念を送りながら、ファイサルを睨んだ。
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