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第一章

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 とりあえず結界を強化しよう。そう話がまとまりかけていたとき、ふとロイはオリヴァーに、言わなければいけないことを思い出した。

 「そういえば髪、ありがとうな」
 「え? あ、いや、まぁ魔花だと思えば簡単だったし……」

 素直なお礼が意外だったのだろう。眼鏡の奥で目が大きく開いた。

 「おかげでイアンに嫌われずに済んだ」

 ロイはプランターの間で魔花に囲まれたイアンを見つめる。最近は騎士を辞めるだなんだで揉めて、喧嘩ばかりだった。久しぶりに笑顔を見れたのは、オリヴァーのおかげだ。元から感謝の一つや二つは、伝えるつもりだった。

 「全然気づかなかった。ロイがそんなにイアン君に嫌われたくなかったなんて」
 「……」

 オリヴァーの意外そうな声音に、ロイは押し黙る。

 嫌われたくないどころではなかった。本当は好きになってもらいたい。募る恋心はイアンがベータの頃から拗らせている。


 ◇◆◇◆◇


 今思えば、好きになるのは必然だった。
 「ロイ、ここまで来たら大丈夫だよ」

 幼いロイを安心させるように、イアンはよく微笑んだ。最初に出会った頃は、イアンもまだ十五歳。近衛騎士の経験が浅いなか、一人で子供を守るのは大変だっただろうに。辛い顔一つしなかった。

 (こいつは馬鹿だな)

 ロイのイアンへの第一印象は、失礼極まりないものだった。

 (冷遇されている俺なんて、真剣に守っても出世なんかしない。損得で考えたら損だ。いつかこいつも現実を知って、どこかに消えるだろ)

 客観的にそう判断したのに、予想は大きく裏切られることになる。

 「やめろっ!」

 と声に出して抵抗すれば、イアンは必ず現れた。ドンっと相手を突き飛ばし、ロイの手をとって駆け出してゆく。そんなことが何度も何度も行われ、イアンへの印象は蔑みから困惑へと変わっていく。

 (なんで俺を守るんだ? 意味がわからない。わからないのに……なぜかイアンに守られるたび、胸のあたりがむずむずする……)

 それは初めての経験だった。誰からも必要とされず、愛に飢えていた心が、満たされるような感覚。王室では無用の存在でも、イアンといれば、主人として大事にされた。

 (イアンのそばは、なぜか居心地がいい……)

 最初はそんな、曖昧な感情だった。それがいつしか、イアンの示す忠義を独り占めしたくなり、思春期に入って、イアンが夢に出てくるようになった。そのとき感じる体の熱で、己の気持ちが、純粋なものだけでは無いことを自覚した。

 ロイは自分でも馬鹿だなと思っている。イアンは近衛騎士としての務めを果たしただけだ。そこに愛はない。でも初めて優しくしてくれた人間に、惚れるなという方が難しかった。

 イアンの手を握ると心臓が脈打つのは、随分前から煩わせている不治の病だ。
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