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第一章
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「あ、そうだ。僕ロイに話があったんだ」とオリヴァーが言うので、ロイはイアンを無理やり外に出させる。イアンがプランター群まで行ったのを見届けてから、ロイはオリヴァーに向き合った。
「で、何してたんだ? 研究室にいないなんて珍しいと思ったんだ」
「それがね、学長のところに行ってたんだよ」
「もしかして、またあの侵入者か?」
「うん。しかも今回は一気に第七位魔法陣まで入られた」
「なに!?」
想像より深刻な状況に、舌打ちが出る。
一桁まで侵入できる者は相当な魔術使いか、内部による犯行しか考えられない。内部と言っても、一桁魔法陣を突破できる術式を知っているのは学長と王室だけだ。並の研究員が太刀打ちできるようなものではない。
「あとね、これが研究室の結界近くに落ちてたんだ」
オリヴァーが白い粉の入っていた小瓶を差し出す。
「これはまさか!」
「そのまさかじゃないといいんだけど……ロイなら詠唱で確かめられるでしょ?」
「ああそうだな。少し待ってろ」
ロイは最悪の可能性を検証するために、引き出しから魔法陣の描かれた布を取り出す。その布の上にオリヴァーから受け取った粉をのせ、空気中を漂う魔素を取り込むように深く息を吸った。
《我、汝の真の姿を明かす者なり。なれば獣族の光を発したまえ》
一言一句間違うことなく唱えると、粉は淡く光り、この研究室を狙っている犯人が一筋縄ではいかない相手だとつげる。
「さすがロイだね。何も見ずに詠唱できるなんて」
「こんなのただの暗記と文法だろ。人間種は魔花加工品に頼りすぎなんだ」
オリヴァーの褒め言葉に、ロイは嫌味で返した。
人間種は体内に魔素を維持できないが、空気中の魔素を吸って口から出すことはできる。魔花加工品を使う際のきっかけや、エルフの書いた魔法陣を発動させるときに詠唱は必要だが、最近は詠唱なしの魔花加工品も増えた。
技術の進歩とともに、ロイのような何も見ずに詠唱できる人間は減っている。
「まぁ、そうかもしれないけど。でもロイの詠唱で光ったってことは……」
「ああ。とうとう熱砂の獅子が動き出したか」
オリヴァーの沈黙が、肯定を表していた。
アッバス帝国。それはガーテリアより南東に位置し、獣人種の王が支配する太陽と砂漠の国。獣人種の持つ驚異的な身体能力と、魔核による魔法攻撃で、他国を侵略してきた歴史がある。
ガーテリアとは和平協定を結んでいるが、この国の資源を欲していつ崩れてもおかしくはない。今は向こうも戦乱で魔花がなくなるのが本望ではないだけで、微妙なバランスで成り立っているのが現状だ。
「この粉はきっと、魔法攻撃をしたときの結晶だろう。砂のような結晶が残るのは体内に直接魔核を持つ獣人種だけだ」
「やっぱりね……」
「それで、学長に話を聞きにいってたんだろう? なんか言ってたか?」
「あ、そうそう。学長も森林のじじばばに聞いてみるってさ。でもガーテリアに帰化した身だからあまり期待しないでね、だって」
「それもそうだな……」
エルフの住むネッサリア大森林共和国は閉鎖的で混血を嫌う。人間種とエルフ種の間に生まれたハーフエルフは迫害に近い扱いを受けるらしい。学長がどういう経緯でここに行きついたのかわからないが、ガーテリアに帰化するハーフエルフは珍しくなかった。
「まぁ、あそこのご老人たちが関わってないことは明白らしいよ。ガーテリアを狙う利点もないしね」
「そうか。じゃあアッバス帝国が一人で動いているとしても、こんなにもわかりやすい証拠を残すものか? それに性転換技法より手に入れるべき物があるはずだ」
アッバスは雨季がほんの数ヶ月しかなく、暑い乾季が長く続くため、蒼玉陽花の液体が一番売れる。性転換の薬なんて、戦争の危険をおかしてまで欲しいとは考えづらい。
「うーん、そうだよね」
「お前の実家……テイラー貿易会社では、何か聞いてないか?」
「僕もそれは考えたんだけどねぇ……赤い緑柱茎みたいな魔花加工品が、アッバスでよく売れるなんて聞いたことないってさ」
「そうか……」
オリヴァーの実家、テイラー貿易会社は魔花加工品貿易で財を成している大きな商家だ。どこの国がどんな魔花加工品を欲しがっているのか、宮廷にいる政務官より詳しい。
しかし、そのテイラー貿易会社でさえわからないとなると……ますますアッバスの思惑が謎めいてくる。
「まぁ、アッバスが何考えてるかなんて僕たちじゃわかりっこないし、当分は様子見かな」
「ああ、そうだな」
ロイは布の上で淡く光る粉を睨む。これ以上、面倒ごとは御免だ。
「で、何してたんだ? 研究室にいないなんて珍しいと思ったんだ」
「それがね、学長のところに行ってたんだよ」
「もしかして、またあの侵入者か?」
「うん。しかも今回は一気に第七位魔法陣まで入られた」
「なに!?」
想像より深刻な状況に、舌打ちが出る。
一桁まで侵入できる者は相当な魔術使いか、内部による犯行しか考えられない。内部と言っても、一桁魔法陣を突破できる術式を知っているのは学長と王室だけだ。並の研究員が太刀打ちできるようなものではない。
「あとね、これが研究室の結界近くに落ちてたんだ」
オリヴァーが白い粉の入っていた小瓶を差し出す。
「これはまさか!」
「そのまさかじゃないといいんだけど……ロイなら詠唱で確かめられるでしょ?」
「ああそうだな。少し待ってろ」
ロイは最悪の可能性を検証するために、引き出しから魔法陣の描かれた布を取り出す。その布の上にオリヴァーから受け取った粉をのせ、空気中を漂う魔素を取り込むように深く息を吸った。
《我、汝の真の姿を明かす者なり。なれば獣族の光を発したまえ》
一言一句間違うことなく唱えると、粉は淡く光り、この研究室を狙っている犯人が一筋縄ではいかない相手だとつげる。
「さすがロイだね。何も見ずに詠唱できるなんて」
「こんなのただの暗記と文法だろ。人間種は魔花加工品に頼りすぎなんだ」
オリヴァーの褒め言葉に、ロイは嫌味で返した。
人間種は体内に魔素を維持できないが、空気中の魔素を吸って口から出すことはできる。魔花加工品を使う際のきっかけや、エルフの書いた魔法陣を発動させるときに詠唱は必要だが、最近は詠唱なしの魔花加工品も増えた。
技術の進歩とともに、ロイのような何も見ずに詠唱できる人間は減っている。
「まぁ、そうかもしれないけど。でもロイの詠唱で光ったってことは……」
「ああ。とうとう熱砂の獅子が動き出したか」
オリヴァーの沈黙が、肯定を表していた。
アッバス帝国。それはガーテリアより南東に位置し、獣人種の王が支配する太陽と砂漠の国。獣人種の持つ驚異的な身体能力と、魔核による魔法攻撃で、他国を侵略してきた歴史がある。
ガーテリアとは和平協定を結んでいるが、この国の資源を欲していつ崩れてもおかしくはない。今は向こうも戦乱で魔花がなくなるのが本望ではないだけで、微妙なバランスで成り立っているのが現状だ。
「この粉はきっと、魔法攻撃をしたときの結晶だろう。砂のような結晶が残るのは体内に直接魔核を持つ獣人種だけだ」
「やっぱりね……」
「それで、学長に話を聞きにいってたんだろう? なんか言ってたか?」
「あ、そうそう。学長も森林のじじばばに聞いてみるってさ。でもガーテリアに帰化した身だからあまり期待しないでね、だって」
「それもそうだな……」
エルフの住むネッサリア大森林共和国は閉鎖的で混血を嫌う。人間種とエルフ種の間に生まれたハーフエルフは迫害に近い扱いを受けるらしい。学長がどういう経緯でここに行きついたのかわからないが、ガーテリアに帰化するハーフエルフは珍しくなかった。
「まぁ、あそこのご老人たちが関わってないことは明白らしいよ。ガーテリアを狙う利点もないしね」
「そうか。じゃあアッバス帝国が一人で動いているとしても、こんなにもわかりやすい証拠を残すものか? それに性転換技法より手に入れるべき物があるはずだ」
アッバスは雨季がほんの数ヶ月しかなく、暑い乾季が長く続くため、蒼玉陽花の液体が一番売れる。性転換の薬なんて、戦争の危険をおかしてまで欲しいとは考えづらい。
「うーん、そうだよね」
「お前の実家……テイラー貿易会社では、何か聞いてないか?」
「僕もそれは考えたんだけどねぇ……赤い緑柱茎みたいな魔花加工品が、アッバスでよく売れるなんて聞いたことないってさ」
「そうか……」
オリヴァーの実家、テイラー貿易会社は魔花加工品貿易で財を成している大きな商家だ。どこの国がどんな魔花加工品を欲しがっているのか、宮廷にいる政務官より詳しい。
しかし、そのテイラー貿易会社でさえわからないとなると……ますますアッバスの思惑が謎めいてくる。
「まぁ、アッバスが何考えてるかなんて僕たちじゃわかりっこないし、当分は様子見かな」
「ああ、そうだな」
ロイは布の上で淡く光る粉を睨む。これ以上、面倒ごとは御免だ。
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