後天性オメガの近衛騎士は辞職したい

栄円ろく

文字の大きさ
上 下
10 / 58
第一章

10

しおりを挟む
 「……そういえばさっきの会話少し聞こえちゃったけど、イアン君ここを辞めるの?」

 報告が終わったらすぐに研究室へ戻るオリヴァーが、珍しく部屋に残っているので、何かと思えば先ほどの会話が気になったらしい。

 大事な被験体がいなくなるのが嫌なのだろう。ロイは安心させるように

 「研究には協力すると言ってた。ただ、近衛騎士は辞めて運命の番を探したいらしい」

 と教えた。

 イアンが運命の番を探したいと言った時、ロイはとうとう全てを打ち明けなければならないと、頭ではわかっていた。

 お前をオメガに堕としたのも、あの日襲ったのも、この俺だと。
 でも、どうしても言えなかった。

 (あいつは覚えていないし、話したところで何も解決しない。無暗に傷つけるだけなら、黙っておこう)

 イアンから離れないための醜い言い訳なら、いくらでも思いついた。

 (ひどい執着。お前はいつまでイアンを騙し続けるんだ?)

 (いやでも、性転換薬が完成したら全て無かったことにできるかもしれない)

 (それは望み薄だろう? 今日の実験結果をちゃんと見たのか?)

 正論を語る自分に、いや、でも、を繰り返す。ぐるぐると落ちていく精神を表層に持ってきたのは、オリヴァーの忖度ない発言だった。

 「なんだぁ~よかった! とうとう君の元で働くのが嫌になったのかと思ったよ!」 
 「……はぁ?」
 「いやぁ~これで安心安心」

 オリヴァーは一人納得したように笑顔を浮かべ、研究室に戻ろうときびすを返す。が、ロイは慌ててオリヴァーの白衣を掴んだ。

 「は!? ちょっと待て、どうしてイアンが俺の元で働くのが嫌になるんだ!?」

 たしかに自分はイアンをオメガに堕とした極悪人かもしれない。その上強姦未遂までしている最低な人間だ。やばいやつという自覚はある。

 でもイアンはまだ真実を知らない。なのに嫌われる理由が、ロイには一つも思い浮かばなかった。

 オリヴァーは、なんでわからないの? とでもいうように首を傾げ、

 「えー? だってロイって、我がままで、人使いが荒くて、しかも汚いじゃん? もし僕だったら今すぐ辞めてるね」

 と応えた。

 我がままで? 
 ……人使いが荒くて? 
 …………汚らしいじゃん? 

 ロイは見えない刃物で、グサッ、グサッ、グサッと三回刺される。通り魔に遭った気分だった。血は流れていなくても、瀕死寸前。

 なにより最悪なのは、オリヴァーの意見は客観的なこと。第三王子だからといってへつらわないのはいいが、言葉選びが直球すぎた。

 「ま、待て、そ、そんなはずは……!!」

 ロイは一方的にやられた傷をふさぐため、反論となる情報がないか、己の脳内を振り返る。

 (イアンには我がままを……言ってるな。退団届を受け取らずに跳ね返し、あいつが一生懸命考えたであろう理想を、否定して傷つけた)

 心臓が、嫌な音をたて始める。

 (いやいや、他にいい面があるはずだ。主人として近衛騎士を大事にしたり……しているか? 話しを聞かずに無理やり帰らせたのに?)

 ロイは他にいい面はないかと振り返るけれども、傷は塞がるどころか広がっていく。初めて自覚した我がままっぷりに、冷や汗が出た。

 「くそっ、なんてことだ!!」

 悔しさのあまり、デスクを強く叩く。

 研究に熱中するあまり、イアンに嫌われてるかもなんて考えたこともなかった。イアンの体をベータの頃に元に戻すことが最善だと。それがイアンのためにしてやれる唯一の罪滅ぼしだと。信じて疑わなかった。

 (馬鹿か自分は。これじゃあイアンが運命の番だなんてよくわからん相手にすがってまで、近衞騎士を辞める話を持ち出すのも当然だ!!)

 「なぁオリヴァー!! 俺はどうしたらいい!? どうしたらイアンに嫌われない!?」

 ロイは必死の形相でオリヴァーの両肩を掴み、大きくゆする。

 「え? な、何? 嫌われたくないの?」
 「当たり前だろ!!」
 「え? じゃ、じゃあ……とりあえず見た目綺麗にしたら?」

 オリヴァーがロイの着ている汚い白衣を指差す。

 たしかに。見た目だけならすぐに変えられる。洗面器に水を溜めれば体も洗えないことはないし、綺麗な服も二、三着予備があったはずだ。

 「でも、この髪は……」

 ロイは無造作に暴れてる黒髪を掴む。

 こいつをどうにかしないと、他を綺麗にしても意味がない。普段ならジャックに切らせるのだが、護衛のイアンがいないと宮廷には戻れなかった。

 (だとしたら他に任せるしか……)

 ロイはきょとんとしたオリヴァーに目をむける。白衣の袖から伸びる手は、研究で使う魔花の剪定をしているわりに、綺麗なものだった。

 「そうだ! お前魔花を綺麗に切れるんだから、髪も切れるだろ!?」

 「ええっ?! それとこれとは違うでしょ!」 

 「お前にしか頼めん! お願いだ。俺の髪を切ってくれ!!」

 ええ~と嫌がるオリヴァーに、ロイは滅多に下げない頭を下げて懇願する。それほどまでに、イアンに嫌われたくない気持ちは強かった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もう遅いなんて言わせない

木葉茶々
BL
受けのことを蔑ろにしすぎて受けに出ていかれてから存在の大きさに気づき攻めが奮闘する話

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

処理中です...