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第一章
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今日だけは技術の進歩が憎い。
イアンは『王立ミネルヴァ魔花大学』と書かれた古めかしい鉄柵の門を、恨めしげに見上げる。
左頬に貼られた真珠葉のガーゼは、ひんやりと冷たかった。
真珠葉のガーゼは、幻をも実現する特別な力を持った植物『魔花』が使われた魔花加工品の一つだ。
魔術も魔法も使えない人間種がほとんどを占めるガーテリア王国では、魔花加工品は大事な外交資源であり、日々改良しようと研究開発が押し進められている。
おかげで残って欲しいと思った打撲痕は、明日には治ってしまうだろう。
「はぁ……」
イアンは沈鬱なため息をこぼし、石造の尖った塔がそびえ立つ校内へ足を踏み入れる。
目的の建物に向かう薄暗い廊下を歩いていると、汚れ一つない白衣を着た青年たちが、前からやってきた。
「なぁ、この後の第4西塔の307教室ってどこ?」
「あー、えっと確か大時計の……」
九月に入ったばかりの新入生だろう。彼らが古城のような——実際一昔前の戦乱では城として使われていたらしい——広大な敷地に困惑しているのを尻目に、イアンは足早にすれ違った。
本当は助けてあげたかったが、新入生にはよく絡まれる。今は急いでるのもあって、面倒事は避けたかった。
ここに来る者のほとんどは爵位も継げず、騎士団入りも拒否し、渋々学者になりにきた貴族の次男や三男だ。彼らは平民出身の者に絡んだりするが、イアンは伯爵家の次男。同じ立場のはずなのに、イアンは虐げられる側だった。
「ねぇ、見た? あいつ、灰簾蔦のチョーカーをつけてたぜ」
「しっ、あの人はロイ様の近衛騎士だ。下手なこと言うと卒業に響くぞ」
「え? でもオメガで近衛騎士なんて無理だろ?」
隠す気もない陰口に、イアンは心の中で『俺もそう思うよ』と同意した。
人間種は第二次性徴期に、男女の性以外にも三つの性にわかれる。
平均的な能力を持つベータ、優れた才能を持つ支配階級のアルファ、卑しい香りで人を惑わすオメガ。
オメガは男性でも子宮を持つため、中性的で筋肉がつきにくい。ゆえに騎士職など身体能力が物を言う世界にはいなかった。
イアンは校内を歩きながら、窓ガラスに映る自分の姿をちらっと見る。
たしかにシャツの襟からは、フェロモン抑制効果を持つ魔花で染められたチョーカーが顔を覗かせている。
それはオメガの証であったが、でも身に着けているのはチョーカーだけじゃない。
騎士としてレイピアも帯刀していれば、ガーテリア王国騎士団の紋章が入ったシャツも着ている。なのに大半の人間は紫紺のチョーカー以外目に入らない。
——そんなものだろうな。
イアンは片手で首を絞めるようにチョーカーを撫でた。
惨めだと思ったことが無いと言ったらそれは嘘だ。首を絞める触り方は、あの日から癖になっている。
イアンは『王立ミネルヴァ魔花大学』と書かれた古めかしい鉄柵の門を、恨めしげに見上げる。
左頬に貼られた真珠葉のガーゼは、ひんやりと冷たかった。
真珠葉のガーゼは、幻をも実現する特別な力を持った植物『魔花』が使われた魔花加工品の一つだ。
魔術も魔法も使えない人間種がほとんどを占めるガーテリア王国では、魔花加工品は大事な外交資源であり、日々改良しようと研究開発が押し進められている。
おかげで残って欲しいと思った打撲痕は、明日には治ってしまうだろう。
「はぁ……」
イアンは沈鬱なため息をこぼし、石造の尖った塔がそびえ立つ校内へ足を踏み入れる。
目的の建物に向かう薄暗い廊下を歩いていると、汚れ一つない白衣を着た青年たちが、前からやってきた。
「なぁ、この後の第4西塔の307教室ってどこ?」
「あー、えっと確か大時計の……」
九月に入ったばかりの新入生だろう。彼らが古城のような——実際一昔前の戦乱では城として使われていたらしい——広大な敷地に困惑しているのを尻目に、イアンは足早にすれ違った。
本当は助けてあげたかったが、新入生にはよく絡まれる。今は急いでるのもあって、面倒事は避けたかった。
ここに来る者のほとんどは爵位も継げず、騎士団入りも拒否し、渋々学者になりにきた貴族の次男や三男だ。彼らは平民出身の者に絡んだりするが、イアンは伯爵家の次男。同じ立場のはずなのに、イアンは虐げられる側だった。
「ねぇ、見た? あいつ、灰簾蔦のチョーカーをつけてたぜ」
「しっ、あの人はロイ様の近衛騎士だ。下手なこと言うと卒業に響くぞ」
「え? でもオメガで近衛騎士なんて無理だろ?」
隠す気もない陰口に、イアンは心の中で『俺もそう思うよ』と同意した。
人間種は第二次性徴期に、男女の性以外にも三つの性にわかれる。
平均的な能力を持つベータ、優れた才能を持つ支配階級のアルファ、卑しい香りで人を惑わすオメガ。
オメガは男性でも子宮を持つため、中性的で筋肉がつきにくい。ゆえに騎士職など身体能力が物を言う世界にはいなかった。
イアンは校内を歩きながら、窓ガラスに映る自分の姿をちらっと見る。
たしかにシャツの襟からは、フェロモン抑制効果を持つ魔花で染められたチョーカーが顔を覗かせている。
それはオメガの証であったが、でも身に着けているのはチョーカーだけじゃない。
騎士としてレイピアも帯刀していれば、ガーテリア王国騎士団の紋章が入ったシャツも着ている。なのに大半の人間は紫紺のチョーカー以外目に入らない。
——そんなものだろうな。
イアンは片手で首を絞めるようにチョーカーを撫でた。
惨めだと思ったことが無いと言ったらそれは嘘だ。首を絞める触り方は、あの日から癖になっている。
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