気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話

上総啓

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 僕は動きが遅い。
 自分だけ時間がスローなのかと錯覚するくらい、そのくらいとにかく遅い。

 喋る時は大体間が空く。話しかけられた時の反応は、遅すぎて煽ってるのかといつも怒られる。
 もちろん煽ってるつもりなんてないけれど、相手からすればそう見えるのも無理はない。突然声をかけられたらびっくりして更に遅くなるから、尚更相手を苛立たせてしまう。

 走る速度もかたつむりか?というくらい遅い。皆が歩く速度が僕の走る速度なのだ。歩く速度と走る速度が一緒だから、実質走る意味がない。
 何かの病気なのかな…と不安になるくらい遅いので、一度病院にいったこともある。けど結果は異常なし。健康体そのものだった。

 あまりにも遅い動きで仕事でも迷惑をかけてしまい、泣きながら実家に帰省した連休。いつも優しく話を聞いてくれるおばあちゃんに縋りついて、相談に乗ってもらった。
 その時聞いたのが、「マオのご先祖さまは、ナマケモノの獣人とコアラの獣人だったんだよ」という事実。初めて知ったからそれはもうびっくりした。

 この世界の人々はみんな、個々に【獣性】という特徴を持っている。昔は獣人というのが暮らしていて、世代を繋げるごとに今の人間のような容姿に変化していったんだとか。
 現代では如何にもって感じの獣人は存在しないが、先祖から続いている獣性は今でもしっかり受け継がれる。
 例えば、豹の獣性なら生まれつき足が速く、熊の獣性なら生まれつき力が強い。そういう突出した特徴を持って人は生まれるのだ。
 それが僕の場合、なんのメリットもない『遅さ』という獣性を持って生まれたらしい。ご先祖さまに罪はないけれど、しょんぼり…というのが正直な感想だ。

 とは言え、このスローペースの原因がわかったから少し心が晴れた。ぼく自身がダメダメってわけじゃなくて、獣性のせいだったんだって思えば自己嫌悪もちょっぴり無くなった。
 連休明けにるんるん気分でアパートに戻って、気合いも十分回復できた。相変わらず動きは遅いけど、前よりは卑屈になったりしない。
 僕の様子が目に見えて変わったのか、その日以降職場でも「なんか変わったね、明るくなった」と言われるのが増えた。遅くて怒られることは変わらないけど、切り替えてしっかり仕事を頑張った。

 そんな僕の変化に気付いたのは、職場の仲間だけではなかった。


「………あ…きょうも…おてがみ…」


 ゆっくりと独り言を呟いて、ポストから一通の手紙を取り出す。1ヶ月ほど前から届き始めたこの手紙は、最近では楽しみの一つになっていた。
 部屋に入って鞄を置くと、当然のようにテーブルに貼ってある付箋。今日のメモは以下の通り。


『今日の夕飯はマオの大好きなハンバーグだよ』


 ハンバーグだ、やったあ。
 嬉しくなってぽわぽわ微笑む。ハンバーグは本当に好きな料理だから、食べられるのがとっても嬉しい。
 動きが遅くて料理なんてする時間がなく、1ヶ月前までは全て冷凍食品で済ませていた。けれどこの"ストーカーさん"が現れてからは、毎日健康的で美味しいご飯を食べることができているのだ。とってもありがたい。


「……そうじも、されてる…」


 わくわくしながら台所に向かう途中、フローリングの床がやけにピカピカしてることに気付いた。そういえば埃がひとつも見当たらないし、本棚も整理されている。
 今日も掃除してくれたんだなぁ、としみじみ感動が湧いてきて、その場で「………ありがたやー…」と頭を下げた。

 冷蔵庫から取り出したハンバーグを温めて、そそくさとテーブルに持っていく。いただきます、と手を合わせて食べたそれは、肉厚でジューシーでものすごく美味しかった。
 食べ終わる頃には時間もかなり経っていて、慌ててお皿をシンクに置いてお風呂場へ向かう。少し前に、のんびりしすぎて朝になり、一睡も出来なかったことがあるから尚更焦った。
 同じ失敗はしない。僕の場合本当に動きが遅いから、仕事でもプライベートでも同じだけの緊張感を持って反省しなければいけないのだ。

 なるべくぬくぬくしないよう気を張ってシャワーを浴び、上がった後は適当に全身を拭いて着替えた。部屋に戻ると、布団を敷いてその上にゆったりと座る。
 やっと忙しなさがなくなって、のんびりとした時間がやってきたことに「……えへへ…」と頬を緩ませた。今日はちゃんと深夜になる前に布団を敷けた。うれしい。


「………おてがみ…」


 テーブルに置いていた手紙をもそもそと開く。
 1日の楽しみ、ストーカーさんからのお手紙読みだ。

 毎日送られる手紙は、もうかなりの量が溜まっている。百均で買った箱の中に溜まっていく手紙を見て、むふふと喜んでいるのは秘密だ。
 今日はどんなことが書いているのかな、とそわそわしながら読み始めた。


『愛しのマオへ
 今日もお仕事お疲れ様。最近とっても頑張ってるみたいだけど、体は大丈夫?努力するのはとっても素敵だけれど、それでマオが倒れでもしたら悲しいな…。もし仮にそんなことが起こっても、俺が付きっきりで看病するから安心してね。そうだ、昨日は本を読んでいる間に寝落ちしちゃったでしょ、開きっぱなしの本が床に落ちてたよ。お気に入りの作家さんの新刊で嬉しいのは可愛いけれど、体を壊さないようにしっかり眠るのも大切だよ。
 それから、最近何だか明るくなったみたいだけれど、何か嬉しいことでもあった?笑顔が可愛すぎるから少し心配しているよ。愛しのマオが変な男に目を付けられたらどうしよう…。まさか恋人が出来たわけでもないだろうし…ないよね?―――』


 ここまでが1枚目。ちなみにあと5枚残っている。
 うとうとする意識を何とか持ち堪えて、しっかり5枚全て目を通す。いつも読み終わったら眠るのだが、今日はやりたいことがあるから寝ないように目をぱちぱちさせた。

 仕事帰りに買ってきた便箋を取り出して、鉛筆でのんびりと文章を綴っていく。今日は初めて、ストーカーさんにお返事を書いてみようと思うのだ。
 手紙は書くのにどうしても時間がかかるから、今までお返事を書くことが出来なかったのだけれど。毎日家事をしてもらってるし、素敵なお手紙までもらっているのだから、僕も何か返さなければいけない。
 こんな手紙ひとつで喜んでくれるとは思わない。でも空いた時間で僕に出来るのはこれくらいだから、申し訳ないなと思いながらも心を込めて丁寧に書いた。


『ストーカーさんへ
 いつもお手紙ありがとうございます。いつも、とっても楽しく読んでいます。ご飯も、掃除も、たくさんありがとうございます。ハンバーグもおいしかったです。本は、続きが気になるけど、キリのいいところで終わらせるようにしてしっかり寝ます。心配してくれてありがとうございます。恋人は、いまはいません。明るくなったのは、自分の獣性を知ることができたからで―――』


 黙々と書き終えた後に読み直すと、自分の手紙のセンスの無さにがーん…と肩を落とした。
 ストーカーさんみたいに読んでいて楽しい文章になっていない。単調だし、同じ単語が何度も続くし、あっさりした手紙にしょんぼり落ち込んだ。


「………ねむい…」


 書き直そうにも、これ以上は睡魔に勝てそうにない。
 仕方なくこの手紙で妥協して、すとんと布団に倒れ込んだ。





「―――………よし…」


 翌朝、昨日の夜に書いた手紙をテーブルの真ん中に置いた。
 ここならストーカーさんも絶対に気づくはず。分かりやすいように大きく『ストーカーさんへ』と書いたから、自分宛というのもすぐに理解するはずだ。
 ふむ…と満足気に頷いて、そそくさと職場へ向かった。




 * * *




 職場でのお昼休み。
 コンビニで買ったパンをもぐもぐと食べる。本当はご飯でお腹を満たしたいけれど、お弁当は食べるのに時間がかかってしまい、昼休み中に食べきれないので仕方ない。
 のろのろ、もぐもぐ。仕事に間に合うように、できる限りの最大の速さで食べていると、突然スマホがピロンと通知を鳴らした。
 なんだろう?と首を傾げてスマホを開く。メッセージの差出人の名前は『ダーリン』、聞き覚えのない相手だ。
 だれだっけ…と一瞬悩んだが、その内容を読んで納得した。


『愛しのマオへ
 突然このメッセージが送られて驚いたよね。マオをびっくりさせちゃうのは心苦しかったんだけれど、嬉しすぎて送っちゃったよ。俺のラブレターにお返しをくれるなんて思ってもみなかった。マオのお手紙は家宝にして末代が過ぎても大切にするね。そうだ、俺の想いに応えてくれてありがとう、恋人が居ないと聞いて安心した。俺が居るんだから他の男なんて居るわけないよね、変なこと聞いちゃってごめんね。もし良かったら、マオがお手紙をくれた今日と言う記念日に食事でもどうかな、もちろん一緒に!あ、でもお仕事忙しいよね…無理なら遠慮せずに断って。寂しいけれど…死にそうなくらい寂しいけれど…俺はちゃんと我慢するからさ…』


 見るからにテンションの高そうな文面から、終盤に行くにつれてネガティブな文面に変化していく。
 なんだか可哀想だったから、思わず眉を下げて同情してしまった。寂しいのはとても辛いだろうし、1回くらい一緒にご飯を食べるのはいいんじゃないだろうか。

 ストーカーさんなのにこんなに堂々と会うんだ、という驚きもあるが、この人は普通のストーカーとは違いそうだから"まぁそんなもんか"という納得しかない。
 普通のストーカーというのは、相手に悟られないようにコソコソ行動するイメージだったけれど、今どきのストーカーはそうじゃないみたいだ。
 一応考えはしたけれど、別にストーカーさんから何か怖いことをされたことはないし、痛いことをされたこともない。一緒にご飯に行くくらい、どうってことないように感じた。

 というわけで、僕はぽちぽちとメッセージを返信した。


『お食事いいですね!いつも美味しいご飯を食べさせて頂いているので、日頃のお礼にぜひご馳走したいです。ダーリンさんは、なんのお料理がお好きですか?』


 ストーカーさんは、という文を一瞬悩んで書き直した。差出人は"ダーリン"だから、お名前はダーリンさんなのだろう。
 名前がわかった以上、ちゃんとしたお名前で呼ぶのはマナーだ。

 長文のメッセージに短文で返すのは失礼じゃないかな…と送ってから後悔してそわそわしていると、すぐに返信が届いた。
 はっと肩を揺らしてスマホを開く。次に送られてきた文章は、初めのものより上機嫌に見えた。


『愛しのマイハニーへ
 早速俺をダーリンとして認めてくれたんだね!文章を読むだけでこんなにも歓喜に震えているのだから、実際に呼ばれたらどれほどの衝撃か想像もつかないよ。それから…気を遣うマオも可愛いけれど、お食事をご馳走するのは俺に任せて欲しいな。俺は好きな料理を食べて幸せそうな顔をしているマオを見たいんだ。それは自分が好きな料理を食べる何億倍もの喜びだよ―――』


 この先、もう少し文章が続いているけれど割愛した。
 長い文章を読み切るには時間が足りなかったので、前半の大事なことが書かれている部分だけしっかりと目を通す。
『マオの仕事が終わる頃に迎えに行くね』という文章に『わかりました!』と返した。
 ここで疑問を持ってはいけない。ストーカーさん…ダーリンさんの手にかかれば、僕の仕事が終わる時間なんてとっくに把握済みなのだ。


「………たのしみだなぁ…」


 ほわほわぁと喜んでパンの最後の一口をはむ、と食べた。
 あとは仕事を頑張るだけ。今日は仕事終わりに楽しみが出来たから、いつもより頑張れそう。
 ダーリンさんに会うのが楽しみで今からわくわくが止まらない。

 どんな人なんだろう…のろまな僕の代わりに掃除やご飯を作ったりしてくれるくらいだから、とっても優しい人なんだろうなぁ。
 きっと笑顔が素敵な人だ。優しい人は笑った顔も素敵だから。


「………えへへ…たのしみだなぁ…」


 ふわふわした空気を辺りに飛ばしながら、のろのろとデスクへ戻った。


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