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本編
31.僅かな相違
しおりを挟む都会の街並みが遠くに消えて、自然豊かな光景が広がる郊外まで来た。マンションを発ってからそれなりに時間が過ぎ、そろそろ母さんの住む別荘に着く頃だ。
窓に顔を近付けて外を覗く。こんなに視界いっぱいに緑を見たのはいつぶりかなぁ…としみじみ思ってしまった。豊かな自然は思考までゆったりにしてしまうらしい。
本当は電車とかバスとかで来るつもりだったが、人が多いとお前怖がるだろ、という神楽の一蹴で湊さんの車に乗らせて頂くことに。
彼は大丈夫だよと言ってくれたが、そうは言っても申し訳なさはある。この件が終わったら改めてちゃんとお礼を言おう…。
決意に頷く俺を、神楽が隣から呆れたような顔で見る。手前の運転席に座る湊さんが「そういえば…」とふと声を上げた。
「雲雀のお母様はどんな方なのかな。どんなと言うのはその…何と言うか…」
「親父みたいにクズなのか?」
「はっきり言うね神楽くん…」
湊さんが何やら言いにくそうにもごもごしてたが、その遠慮も神楽には効かない。当然といえば当然だ、神楽ってほら、KY男子だから。
湊さんの苦笑と神楽の堂々とした態度にふむ…と考える。母さんがクズ…義父みたいにクズかどうか、か。
「ううん。母さんはクズじゃないよ。いつもは優しいし、普通の人」
「いつもは…?」
「…お袋のこと、好きなのか?」
「うーん、どっちでもないかなぁ。好きでも嫌いでもない。なんか…他人みたいな感覚」
なんだそりゃ、と神楽が目を丸くする。自分で言っててもよく分からないから、うまく説明出来ないな。
母さんとはそもそも会う機会が無いし、一緒に過ごした記憶も正直あまり覚えてない。それほど特別な思い出もないし、本当に他人みたいな感覚だ。
中学まで一緒に暮らしてはいたが、話したことも遊んだことも数える程度しか無い。母さんは心の弱い人だったから、外に出ることを異常なまでに恐れていたのだ。
外の世界が怖くて、人と関わるのも怖い。自分の世界だけで生きていたいと言うような人だった。
世間知らずだし常識もあまりない。ただふわふわと自分の日常を生きていた母さんだからこそ、義父にも簡単に唆されたのだろう。
そんなことを淡々と説明し終えて顔を上げると、何故か二人は揃って浮かない顔をしていた。
「…?何かあった?」
「その…何て言えばいいのか…」
「反応に困るというか…」
湊さん、神楽の順でしどろもどろに答えが返ってくる。
まぁ言いたいことは何となく分かる。良い人だね!ともクズだね!とも言えないこの微妙な感じが引っかかるのだろう。
母さんは良くも悪くもふわふわした悪気の無い人だから、正面から詰ることも否定することも出来ない。真綿に包まれた、無垢な花のような人なのだ。
けれどすぐに手折れるくらい心の虚弱な人だから、言ってしまえばそれがまた面倒くさい。外部の…他人の意見を決して聞かない頑固さも面倒事の一つだった。
例えるなら、悲劇のヒロイン気取りとかそういう感じ。
「あ、そこ右ね」
「了解」
久々に母さんについてこんなに考えたなぁとしみじみ思いながら、目的地までの道を軽く伝えた。あと五分もしない内に着きそうだ。
そう告げると、隣に座る神楽が何故かそわそわと緊張したような空気を纏いだす。どうしたんだ?とこっちまでそわそわしそうになったから、普通に「どした?」と問い掛けた。
「いや…流れでついて来ちまったけど、俺なんて名乗ればいいんだ?東堂さんなら彼氏だから全然違和感無いけど、俺は違和感あるよな」
「確かに。恋人の他に知り合い一人連れてこられたら母さん困惑するかも」
「せめてお袋さんの前では友達って紹介してくれねーか…??」
焦った顔の神楽がちょっと面白かった。
もちろん母さんには大事な友達って紹介するつもりだ。
べ、別に親友とかでもいいけど…流石にそれは神楽に失礼か。神楽は良い奴だし、既に素敵な親友も持ってそうだ。
そわそわする俺と神楽をバックミラー越しに見た湊さんは、小さく苦笑して「大丈夫だよ」と励ますような言葉を口にする。
「むしろ神楽くんの方が受け入れられるかもね。俺は恋人だけど…ほら、男だし」
「あ…確かに」
「?何が駄目なの?」
困ったような笑みで湊さんが語る。それに神楽が複雑そうに頷く様子を見て、きょとんと問い掛けた。
友達を受け入れて恋人を受け入れないなんて、そんなの有り得るだろうか。それもあの母さんに。
世間知らずで夢見がち、現実的なことを何一つ考えないあの人なら、恋人という関係にときめいて直ぐにでも受け入れると思っていたけど。
最悪な義父にすら騙された人なのだから、イケメンな湊さんなら尚更秒で絆されるはず。
そう悠長に思っているのはどうやら俺だけのようで、二人は何やら神妙な面持ちで沈んだ空気を纏っていた。
「いや、なぁ…?今の話聞く限り…たぶん雲雀のお袋さん、男同士の恋愛とか否定的な気がすんだよな…」
「?それ、関係ある?ただ好きなだけだよ」
「………」
「………」
俺の言葉に二人とも黙り込んでしまった。何も変なことなんて言ってないのに、なんでそんなにびっくりしたような顔をしてるんだ。
どうして相手が湊さんだったら否定的になるのかわからない。好き同士で付き合ってるだけなのに、相手の性別が違うだけでどうして肯定が否定に覆るんだろう。
よくわからない…俺が愛したのは湊さんだけだから、基準が偏ってるのかも。
母さんとは基準が違うのかな、だから俺はその感性を理解出来ないのかもしれない。基準が違えば、それだけ許容範囲に差が広がるものだから。
「…あー…だよな、お前はそう言うよな」
「雲雀のそういう所、大好きだよ」
「…?うん、俺も湊さんの全部が好き」
「はぁぁっ…!うんうん、俺も雲雀の全部が…――!」
「はいストップストップ。あんたらすーぐイチャつくんだから…」
にっこにこで反応した湊さんをすかさず止めた神楽は、また呆れた表情でそう呟いた。流石ツッコミに慣れてるだけある。
苦笑を浮かべた湊さんが「ま…まぁでも、否定されると決まった訳じゃないし…」と気を取り直したように話を戻して語った。
確かにそれもそうだな、と頷いた俺とは違い、神楽は深刻そうな表情で何かを考え込んでいる。
「嫌な予感って大抵当たるからなぁ…」
神楽がボソッと呟いた縁起でもない言葉に、車内は一気に重苦しい空気に包まれた。
* * *
まぁそもそも母さんに会いに来たのは義父の件でのことだし、別に湊さんとの関係を報告したり神楽を友達として紹介したりするのが本当の目的じゃない。
だから普通に気楽にしてて、と言ったが二人の緊張は解れなかった。むしろ何故か悪化していた。逆に緊張するわ!って神楽にツッコまれてしまった。
都会の喧騒なんて気配すら無い、郊外の森の中。
そこに静かに建っている別荘にようやく辿り着く。外に出ると聞こえるのは葉が揺れる音と、小さく響く虫の音だけ。都会っ子の神楽が「ほえー」と感動していた。
予め母さんには、知り合いを二人連れていくと連絡している。会って早々驚かれることは無いはずだ、たぶん。
あの人気分屋というか自分勝手というか…そういう人だから、正直どんな反応をされるかは分からない。
「じゃ、行こう」
「ふー…はぁー…」
「めちゃくちゃ緊張してるなぁ…」
軽い感じで歩き始めた俺の後ろから、何度も深呼吸する湊さんの気配と悟ったような神楽の声が聞こえた。
湊さんが困ってることに気付いてバッ!と振り返る。すたすた戻って目の前に立ち、胸を張って言ってあげた。
「大丈夫だよ、何か嫌なこと言われたら直ぐ帰ろう。俺にとっては母さんより湊さんの方が大切だから。湊さん以上に優先する存在なんて居ない。神楽は別として」
「浮気???」
「すーぐそういうこと言うー。雲雀も揶揄わねーの」
「ごめん」
として、の「て」を言い終える前に、にっこにこ笑顔の湊さんが即座に問いかけてきた。額にぴくぴく浮かぶ青筋が可愛い。
ごめんねと湊さんの頭をなでなでしてあげると、彼はとても嬉しそうに笑った。可愛い。
俺が撫でやすいように少し膝を曲げてるところとか、さり気ない優しさって感じでほんと好き。
「ほら、イチャついてないで行くぞ雲雀。あんたも」
「おー!」
「かわいい」
最早保護者と化した神楽が脱線した空気を元に戻す。引率の先生みたいな空気がちょっと面白い。
気合を入れる為にいつもより派手に返事をしてみたが、まるで子供を見るような目で、湊さんに「可愛い可愛い」と撫でくりまわされただけだった。
神楽は相変わらず呆れた顔をしていた。
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