【本編完結】1ヶ月後に死ぬので、その前に思う存分恋人に甘えようと思う

上総啓

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本編

26.好転まであと、

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「……?」

「何だ、こんな時にッ…!!」


 寸前、ナイフが刺さる本当に寸前に、義父は突然の音に驚いたのか動きを止めた。
 苛立ったように立ち上がり、部屋の扉の方を振り返る。その動きに釣られて俺も起き上がった。

 大きく響いたガラスの音から数秒静寂が広がって、直後一階から聞こえてきたのは。



「雲雀ーーー!!!!」



 腹の底から出してるのがよく分かるそれが、「どこだぁー!!!」という言葉と共に家中にけたたましく響いた。
 あんまり驚いたもんだから、おいおいご近所迷惑だろ…と場違いなことを考えてしまう。それくらい混乱していたとも言う。
 俺も義父も呆然としてて、どっちも動かない。動けない、と言った方が正しいか。
 バタンバタンと扉が開閉する音が何度も繰り返されて、それはやがて確実に近付いてくる。

 バタバタと階段を駆け上がってくる足音は二つ…そう、二つだ。状況の理解が追いつかないが、とりあえず二人の人間が家に侵入して、俺を探してるってことだけは理解出来た。

 そのうちの一つの足音がいち早く部屋に近付いてくる。暗い廊下に漏れる、ここだけ灯った明かりに気付いたのだろう。
 静寂の広がる部屋。その扉がバンッ!!と勢いよく開いて、廊下から誰かが入って来た。
 俺を見た彼が「雲雀っ…!」と安堵したように微笑んだのを、驚愕に染まった目で見つめる。

 あれ、もしかして俺死んでる?そう思うくらいの驚き。なんと言うか、自分はもう死んでて、だから目でも狂ってんのかなって。
 だって、俺の名前を呼んだのはもう二度と会えないはずの人だったから。


「みなと、さん」


 掠れて、少し上擦った声だった。びっくりしてるのが丸分かりの声が出てしまったから、ちょっとだけ恥ずかしくなった。

 俺の呼び掛けに穏やかに笑った湊さんは、一瞬だけその笑みを消して無の瞳で義父を睨む。湊さんとは思えないほど闇に染まった表情だったから、また驚いて言葉を失った。
 彼はすぐに無表情を笑みに戻して、それ以降は義父に目もくれず俺の元に駆け寄ってくる。
 ギューッと抱き締められる俺の横で、義父が腰を抜かして座り込んだのが見えた。どうやら湊さんの恐ろし過ぎる睨みにやられたらしい。


「湊さん、なんで…」

「―――ここか雲雀ぃ!!!」


 なんでここにいるの。俺を抱き締める彼に問い質そうとしたその瞬間、開きっぱなしの入り口からもう一人が滑り込んできた。
 はぁはぁっ…と荒れた呼吸を整えるそいつに今度は呆れた視線を向ける。一番最初に近所迷惑な声を響かせたのはこいつだ。


「神楽…お前まで…」


 ていうか何でこの二人は一緒に…?シンプルに違和感のある組み合わせだ、なに、どこで知り合ったの?
 二人仲良く人様の家に不法侵入とか、マジで何考えてるのか分からない。理解が追いつかないどころの騒ぎじゃないぞ。


「はぁ、はぁ…っ。…あんたか、はぁ…漸く会えたぜ、はぁっ…」


 ある程度呼吸を整えた神楽が、スタスタと義父の前まで歩いてきた。大丈夫だろうか、まだ休んだ方が良さげだが。

 ちなみに湊さんは、周囲の状況なんて知ったこっちゃねぇとばかりに俺を抱き締めたまま動かない。


「どーも親父さん。玄関開いてなかったんで窓ぶっ壊してお邪魔しましたー。騒がしくしてすんませんね」


 誠意ゼロの謝罪が義父に向けられる。
 何故だか神楽はとても怒っているらしい。満面の笑顔を見せながらも、額にピクピクと浮かぶ青筋を隠せていない。
 この態度を見る限り、どうやら窓をぶっ壊したのは神楽の方らしい。確かに神楽なら、人の家とか気にせず緊急時は窓くらい余裕で割りそうだ。

 義父が手に持っていたナイフを視界に入れると、神楽は一瞬固まって、やがて笑顔を硬いものに変化させた。心底軽蔑するような表情が義父に向けられる。


「うっわー…自分の息子を殺そうとするとか、マジか親父さん。虐待に不正…やっぱ最低のクズは格が違うっすね!流石です痺れます!」


 グッ!と親指を立てて言う神楽に、義父の顔が青ざめた。虐待に不正…のところだろう。俺の言った"友達"の正体を察したのかな。

 笑顔で義父を追い詰める神楽を半ば唖然と見つめていると、俺を抱き締めていた湊さんが突然ゆらりと動いた。
 音もなく立ち上がると、壁に沿うように置かれていた棚の上の物を無言で退かす。何してるんだろう…と思っていると、彼は置物の影から見覚えのない箱型の何かを手に取った。
 なんだアレ?と首を傾げる。視界の端で義父が「待て、それはっ…」と焦ったように声を上げたから、たぶん碌でもないやつだろうなと察した。

 湊さんが箱型の何かを操作する。
 数秒後、その何かから聞き覚えのある声とセリフが流れてきた。


『お前みたいな誰にも必要とされないガキ一人殺したところで、俺はそれを揉み消せるだけの力があるんだぞ』


 間違いなく、ついさっき聞いたばかりの義父の言葉だ。
 無表情でそれを聞いた湊さんは、静かにこっちに戻ってきて裏面を見せてきた。それを見てようやく理解する。
 なるほど、カメラか。

 画面に映っているのは俺を組み敷く義父の姿や、ナイフを振りかぶる瞬間など様々。それを確認すると、湊さんは静かに口を開いた。


「雲雀の部屋を盗撮までしていたとは…本当に救いようが無い」

「…自分の欲で仕掛けたカメラで墓穴掘るとか、親父さんもしかしてアホなんですかぁ?」


 湊さんの指摘に加え、神楽が当然のようにトドメを刺す。何と言うか…なんでこんなに息ぴったりなんだこの二人。


「ね、ねぇ二人とも…」


 思い切って声をかける。流石にこのまま傍観者ぶるのはアレだろう。ていうか、俺がこの状況の当人なんだから。
 恐る恐る呼びかけた俺に、二人は揃って振り返った。タイミングまで同じとか、本当に相性ピッタリだなこの二人。

 俺を見て硬い表情を緩めた二人は、「なぁに?」と笑顔で答える。いやいや、なぁに?じゃなくてさ…。


「なんで、ここに来たんだ…それに二人って、知り合いだったっけ?」

「何でぇ…?」

「何言ってるの雲雀」


 にこにこした笑顔が逆に怖い。

 嫌な予感を覚えて後退った俺を、湊さんも神楽も逃がしてはくれなかった。
 しゅん…と正座して体を縮める俺の目の前に、ニッコニコ笑顔の二人が仁王立ちで並ぶ。

 初めに口を開いたのは神楽だった。


「あんな納得出来ねぇ遺書見つけちまったんだ、良い人ぶって諦めてる場合じゃ無くなった。俺はお前が幸せになれるならって渋々許したわけで、お前がただ殺されるのを許した覚えは無いんだよ」

「雲雀が死ぬだなんて聞いて、俺が冷静でいられるとでも本気で思ってたの?」


 ふざけんじゃねぇぞコラ、とでも言いたげなオーラを纏って語る神楽と、底の見えない笑みで追及してくる湊さん。
 ぶっちゃけ超怖いので、ガクガク震えながら「すみません…」と小声で謝った。

 この際どうして湊さんが俺の死について知っているのかは置いといて、神楽が怒っている理由について考えることにした。
 たぶん神楽が湊さんに何か吹き込んだんだろうけど、その過程やらが長くなりそうなので今は聞かない。二人も、それを聞いたところで「そんなこと説明してる場合じゃねぇ」とか何とか言うだろうし。

 それで、一体どうして神楽は怒っているのか。
 やっぱり図々しく遺書を託したのが駄目だったのか…?まぁ確かに、友達でもない人間に厄介事を押し付けられたら普通キレる。
 でも別に、面倒だったら何もしなくていい、これは読まなかったことにしてくれと遺書にも書いた。
 それならそれで、義父に言ったことはただの脅しになるとしても、これから死ぬ俺には先のことなんて関係ない。怯えに染まった間抜け面を一瞬でも見れただけで、それだけで満足だし…。


「お前、まーた変なこと考えてんだろ」

「っ…え…」


 コツン、と額を小突かれたことで思考が強制的に止む。
 顔を上げると、呆れ顔で溜め息を吐く神楽と困ったように笑う湊さん。
 なに…?と首を傾げる俺に、今度は湊さんが言った。


「たぶん雲雀の考えてることは間違いかな。一応言っておくけど、そこの…何だったかな」

「神楽ですよ!何回名乗ったら覚えてくれるんですかぁ!?ほんっとこの人雲雀以外眼中にねーし…」

「あぁそうだ、神楽くんだったね。神楽くんはそこのゴミ…いや、雲雀のお義父さんを徹底的に潰す気だし、その彼の気持ちには俺も賛同してるんだ」


 いや…にこにこ、きらきらっ、て感じで語ってくれたとこ悪いけど、俺こう見えて今めちゃくちゃ困惑してるよ。
 明らかにいつもと違うキャラの湊さんに加え、よく分からないことを呟く神楽にも同様だ。


「あ、そう、なんだ…」

「おう!遺書はムカつくが、要望通りこのクズ…親父さんは社会的にも身体的にも抹殺してやるから安心しろよ!」

「身体的な方は俺に任せてね」


 明らかに堅気じゃない雰囲気が一瞬二人を包んだ。
 が、何も見なかったフリをした。


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