22 / 37
本編
22.欠陥品は完璧と言えるか(湊side)
しおりを挟む生まれつき、権力も財力も持ち合わせていた。
だからこそ周囲には表面だけを取り繕った人間ばかり集まって、外側が綺麗で、中身が空っぽだからこそ、退屈だった。何もかもが下らないと考えていた。
初めの頃は笑顔を作ることに躊躇は無かったが、段々と面倒くさくなった。笑うのに飽きた、とも言うが。
仮面を取り払うと、そこには何の感情も持ち合わせていないような無表情が現れて、楽だなと思った時には、周囲には誰も居なくなっていた。
色の無い瞳、色の無い表情。それらが傍から見ると気味悪かったようで、あれだけ擦り寄ってきていた人間は気付けば全て消えていたのだ。
あぁやっぱり、楽だな。浮かんだのはそれだけ。
生きているはずなのに、実感としては死んでいた。生きている心地がしない。ただ、呼吸をして無機質に動いている感覚だけがある。本当に退屈だった。
何をしても上手くいった。運動をすれば教育者を越すし、勉強をすれば教授を越した。周囲はそれを妬ましく感じたようだが、俺からすればお前達の方が妬ましい。
何をしても簡単には上手くいかず、四苦八苦しているお前達が羨ましい。嫌味では無いが、という前置きを付け加えると倍にして噛み付かれるので言わない。だが、本当に嫌味では無い。
だって本当に、退屈なのだ。何をしても上手くいくこの感覚を、俺を妬む奴らに一度味わって欲しいとさえ思う。
初めは確かに楽しいだろう。或いは凡人である大多数の周囲を見下して、優越感にすら浸ってしまうことだろう。だがそれは一時のことだ。
少しすれば、見下される側は自分の方だと気付く。勝ち組だとよく言われるが、全く大層なブーメランだと思う。退屈を娯楽にすることが出来る彼らこそが、勝ち組だと言うのに。
生きることを確実に"生"として実感出来ている彼らの方が完璧なのだ。対してそれが出来ない俺は欠陥品。
言うなれば、俺は生きたまま死んでいた。矛盾に感じるだろうが、事実それが一番分かりやすい例えだったのだ。
ある時、見兼ねた父が俺を呼び出した。あれは確か…学生の頃の出来事だったと思う。
父は困ったように笑ったかと思うと、「どうしてこんなことになってしまったのか…」と直後に苦笑を浮かべて呟いた。こんなこと、というのは、あまりにも欠陥が目立ち過ぎる俺について。
父はそんな俺を心配してくれたらしい。全くもって余計なお世話だったが、それは言わないでおいた。後が面倒だ。
無言で用件を促す俺に、父は引き出しからあるものを取り出して、それを渡してきた。開いて、珍しく呆然とした。
渡されたそれは、何と釣書だった。
望んでもいない、何なら本気で欲しくも無いものを渡してきた父に、気でも触れたのかとすら思った。
だが父にとっては本当に善意によるものだったらしく、お前の為なんだと言う表情には疑い一つ無い。これによって俺が変わることを確信し、それ以外は考えもしていないかのような顔だった。
直ぐに断ったが、返ってくるのは一度会うだけでもという答えだけ。父も、引くつもりは微塵も無かったらしい。
こうなった父は本当に面倒だったので、仕方なくその要望を聞くことにした。ただ会うだけでいい。一度会って、後は無かったことにすればそれで。
そんな悠長なことを考えていた自分を、今では心底殴ってやりたいと思っている。
女は四宮華奈といった。
東堂には及ばないが、四宮の会社も主に貿易系の事業を営む中々の大企業だ。父の魂胆が見え透いて思わず溜め息を吐いてしまうほど。
どうせ俺は父の会社を継ぐだろうし、その時適当な女と結婚することも想定済みだ。だがまだ学生の内に…堅苦しいことに関わる歳ではない内にというのは不服だった。
それに、四宮の令嬢と言えば傲慢と噂の最悪な女だ。大人しい女ならまだしも、そんな女と結婚など冗談では無い。
予想通り…と言って満足して良いものでは無いが、本当に予想通り、四宮華奈は嫌いな部類の女だった。
俺に拒絶されることなど想像もしていないとでも言うような、傲慢な欲に満ちた表情。俺を見る見慣れた視線も不愉快だった。
また、表面にしか興味の無い顔だ。欲しいのは"俺"ではなく"東堂"なのだと、考えずとも悟った。
『私こそが湊さんの恋人に相応しい』
それが女の口癖だった。
名前を呼んでもいいと言った覚えは無いが、言っても聞かないので放置することにした。別に減るものでも無い。ただ不快なだけだ。
婚約の件を断っても、会話で無言を貫いても、迷惑だとはっきり告げても、女は一歩も引かなかった。それほど東堂の地位が欲しいらしい。瞳に浮かぶのは強欲なそれだけで、この手の人間は簡単には終わらないと知っているが故に、不快な感情は益々増した。
そんな日々は学生としての時期が終わり、社会人になっても続いた。女は未だ諦めず、行く先々に現れるようにすらなった。
それはあの運命の日を迎えて、雲雀との幸福な日々を過ごしている時も変わらなかった。
雲雀にこのことを言うつもりは無かった。この先、告げることも考えていなかった。
雲雀との時間だけは、ただ穏やかな幸福であって欲しかった。気分を下げるだけの女の存在など、あの子との大切な時間に考えたくも無かったのだ。
雲雀と出会ってからは、今までの退屈な人生がちっぽけなものに思えるくらい幸せで、だからきっと、俺は油断していたのだと思う。
気が抜けていたのだろう。だから、何も気付くことが出来なかった。
あれは確か、1ヶ月程前のことだったと記憶している。
あの女が、焦ったのか強行的な方法に乗り出してきた最悪な出来事。
『いつになったら私と結婚してくれるの!?』
あの日、女は様子がおかしかった。
同僚に半ば無理やり連れられたbarから帰る途中。疲労で鈍くなった頭の所為で、反応も遅れてしまったのだ。
繁華街に突如現れた四宮華奈は、相変わらず趣味の悪い派手なドレスに身を包んでそう叫んだ。いつものケバい化粧はボロボロになっていて、キツ過ぎる程の巻き髪にはいつもの覇気は無い。
右手に持っている名刺がチラリと見えて、あぁそういうことかと納得する。そこに書かれていたのは、最近女がお気に入りにしているというホストの名前だった。
そのホストも女の財力目当てで近付いたのだろうが、流石にこの性格には付き合い切れなかったか。利口な判断だな。
お気に入りに捨てられて最悪な気分の時に、偶然にも俺が現れたから八つ当たりをした、という所だろうが、何とも迷惑なものだ。
『湊さんの恋人に相応しいのは私だけっ…私だけなのよ!どうしてそれが分からないの!?』
面倒だ。浮かぶのはそれだけだった。
そろそろ本格的にこの女を切るべきだろうかと思案する。雲雀と出会った瞬間から、邪魔なこの女を処分するのは決めていたが、如何せん簡単なことでは無かったのだ。
女は馬鹿で扱いやすいが、後ろ盾が面倒だ。この女を完全に処分するには"四宮ごと"潰すしか無い。
そんなことを考えて黙り込んだ俺に、女は余程苛立ったのか半ば癇癪を起こすように近寄ってきた。
今度は何だと顔を上げた瞬間、それは起こってしまった。
『……?』
何も考えられなかった。いや、目の前の状況が信じられず、呆然としたというのが正しい。
至近距離に写るのは愛らしい雲雀の顔などではなく、醜くも歪んだ笑みを浮かべる女の顔。
状況を把握した瞬間、弾けたように女を押し退けた。未だ感触の残る唇が心底気味悪くて、切り取ってしまいたい程だった。
今直ぐにでも殴り掛かってやりたかったが、相手は女だ。こんな繁華街のど真ん中でそんなことをしてしまえば、最悪な状況に追い込まれるのは此方の方だろう。
その瞬間に何も出来ない自分が情けなくて仕方なかったが、同時に決意した。今まで簡単では無いから、面倒だからと先延ばしにしていたそれを、実行しなければならないと。
女は一線を越えた。今まで許したつもりなど無かったが、確実に許容出来ない範囲に手を出してしまった。
俺と雲雀の幸福な日々に、亀裂を入れる可能性のある存在。
そんな下劣なものには消えて貰わなくては。
255
お気に入りに追加
4,025
あなたにおすすめの小説
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! 時間有る時にでも読んでください
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
ある日、人気俳優の弟になりました。
樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる