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本編
14.全部分かってた
しおりを挟む元々、幼い頃から割と達観していたと思う。
きっかけというものは特になくて、本当に生まれつきとしか言えない。物心ついた時には既に、楽しさより退屈を感じることが多かった。
幼稚園で、周りの子供が皆揃って夢中になっている玩具を楽しめなかった。鬼ごっこも隠れんぼもおままごとも、全てが下らないと考えていた。
たぶん環境が悪かったんだと思う。
俺にとっては普通だったからその時は分からなかったけど、今になって少しは分かるようになった。
普通は多数派という意味で、異常は少数派という意味だからだ。俺は少数派だったから、きっと異常なんだろうって。
俺の家は、俗に言う毒親家庭だった。母親は優しかったけど、父親がクソだった。ドン引きするほどクソだったので、俺は同級生より"性"についての知識を覚えるのも早かった。
初めては小学校に上がってすぐだったと記憶している。
母親が夜勤で居ない夜、眠っている俺の布団に何故か父親が侵入してきたのだ。当時は寒いのかなとか純粋なことを考えて入れてあげたが、今考えると相当気味が悪い。
俺の隣に忍び込んだ父親は、興奮したように息を荒らげていた。困惑する俺が着ていたパジャマを剥ぎ取り、裸になった俺の上にのしかかって来た。
抵抗する間もなく、気付けば全てが終わっていた。
全身にぬめぬめとした液体が塗り込まれていて、体が異様に怠かったのを覚えている。白い液体は口の中にも注がれて、苦すぎて吐きそうになった記憶も鮮明に。
夜明けが来る頃、父親は俺を連れて風呂に入った。全身洗われて中のものも掻き出されて、何事も無かったかのように戻されたのだ。
風呂から上がった後の「このことは母さんには内緒だぞ」というセリフが今でも忘れられない。ちなみに本当に、母さんには今でも内緒にしている。
母さんは所謂"心が弱い人"で、とにかくメンタルが弱かった。加えて身体的にも虚弱だったものだから、よく体を壊して家に籠っていた。とても仕事を出来る人ではなかったから、お金については夫に任せるしか無かったのだろう。
父が過激な本性を徐々に隠さなくなって、DV気味な性質が母にも向けられた時。心の弱い母さんは当然それに耐えられる訳もなく、すぐに父と離婚した。
でも既に言った通り母は仕事のできる人では無かったので、女手一つで俺を育てるという決意は早々に散ったらしい。俺が高学年に上がる頃、母さんに男の影が出来た。
生活苦が激しいのに、母さんはよく高そうなアクセサリーを付けて帰ってくることが多かった。その時から何となく、あぁ男を見つけたんだなと察した。
中学に上がる頃、母さんはその男と再婚した。良い人なのよと教えられていたからワクワクしていたが、実際会ってみると二番目の父親はなんと言うか…理想的とは言えなかった。はっきり言うと、ハズレだ。
目を見れば分かる、なんてカッコイイことは言えないが、その男に関しては本当に目を見れば分かった。
男は清潔感の無い雰囲気で、だが着ている服は高価そうだったので違和感が凄かった。髪も薄いし太っているし、第一印象はそうだな…『女の人買ってそう』
何より、男の目が駄目だった。俺を見下ろして浮かべる気味の悪い笑みは、一番目の父親そっくりだったのだ。
中二になって母さんが倒れ、男…義父と二人暮らしをすることになった直後は、何だか気だるい気持ちが凄かった。たぶんこれから待ち受けるであろうクソみたいな生活に絶望してたんだと思う。
母さんが遠い別荘に移って、義父はすぐに行動を開始した。ベッドに潜り込む義父の姿に、一番目の父親の姿が重なった。
抵抗も泣きもしない俺を見下ろし、義父は少し怪訝そうだった。何しろ慣れてるんでね、とはとても言えない。
やるならさっさとヤれよクズ、とかなりイライラしたのを覚えている。初めてか?と聞かれたので首を横に振ると、義父は淫乱ビッチめと罵ってきた。そんなセリフ現実で言うやつまじで居たんだな…。
当然、母さんはこの事実に気付いてなかったし未だ気付いてもない。俺も言うつもりはない。
実際母さんの治療費や俺たち家族を養ってくれてるのは義父なので、そんな義父と縁が切れるわけも無い。
最初はそれなりに理不尽を感じたり、ふざけんなよとか人間みたいな感情で怒ってはいたが。よく考えたら俺の体が生活費と対価なの、結構優しい条件じゃないか?と感じ始めるように。
というわけなので、まぁ減るもんでもないからなぁと俺は体を売ることにした。何しろ既に経験はあったので、吹っ切って覚悟を決めてしまえば後は楽だった。
性欲処理すれば生活に困らないとか、こんな楽なことある?なんてウッキウキですらあった。
だがそんなゴミみたいな生活と環境では、どうやら他の場所でも影響を与えてしまうらしい。中学じゃそれなりに普通の学校生活を過ごしていたが、高校に入るとそれは一変した。
尼崎や相模たちにいじめを受けて、更には犯されるという最悪すぎる結果。でも意外と気持ちよかったので良しとする。高校生だから経験も豊富で、技量もあったのだろうか。
高二で湊さんに出会ってからは、自分の世界がまるで色付いていくような錯覚に陥った。元からモノクロで構成されてる俺の世界に、色付くもクソも無いけど。
でも本当に、彼の近くでは周りが鮮やかに見えたのだ。人間らしく扱われるのも気分が良かったし、何より「好き」や「愛してる」という言葉がとてもお気に入りだった。
言葉なんて全部空っぽなのに、言う人や言う言葉によって感動が変わるのは何故なんだろう。こんなに素敵な言葉遊びを知ってる湊さんは、凄く素晴らしい人なんだろうなって。
「俺も好き」「俺も愛してる」なんて返してみると、何故か心臓がドキドキ高鳴った。あの言葉を返すと不整脈を起こしてしまうので、言う頻度には注意した方が良いと学んだ。
高三になって湊さんの浮気を知った時、自分が意外とショックを受けていることが予想外で驚いた。
でも直ぐに立ち直って、まぁそうだよなと納得。なんなら俺みたいなゴミを恋人に据えてる湊さんに違和感を抱いていたので、このことを知れて逆にほっとした。やっぱね~みたいな。
なら本命さんと仲直り出来るまで、しっかり代理を果たそうと決意。湊さんに心底惚れていることは自覚してたけど、あくまで湊さんの幸せが第一優先だったので理解は早かった。
予想外はこの後。
惚れるのは良いけど、如何せん俺は惚れ方を間違えてしまった。無欲でなくてはならないのに、俺は欲を持ってしまったのだ。
湊さんと一緒にいたい。湊さんを独占したい。この感情の名前を俺は知らなかったから、知ってる言葉で『独占欲』と名付けた。たぶん合ってる。
俺にとって、自分の一番のお気に入りは湊さんだったんだろう。なんて他人事みたいに。お気に入りのものを共有、というのは誰であっても不快感がある。
でも普通の人なら共有出来るんだろうな。俺が子供すぎるが故に、それを許せないだけで。なので俺はずっと、時間が経てば納得できるようになると思い込んでいた。
結果は全てハズレ。寧ろ独占欲は増すばかり。
ここ数日は尼崎や義父との行為に抵抗感すら抱くレベルだ。つまり、俺は湊さんを独占したいばかりか、湊さんにも俺を独占してほしいと思うようになっている。
危険な思考だ、俺なんかがこんな強欲を抱くなんて。
感情を抱くようになった自分に恐ろしさすら感じる。無気力だったから何も考えず楽に生きてこれたのに、感情を抱けばどれほど苦しい世界になるのか。
俺はたぶん、全部分かってるんだ、わかってたんだ。
感情ってのは消せるもんじゃない。隠して、消えたと思い込んで、封じ込めるものだ。絶対に消せるものじゃない。
封じ込めていたそれが、湊さんというイレギュラーによって表に出てきてしまった。ただそれだけのことだ。
俺は湊さんが好きだし愛している。好きや愛してるは空っぽだと言っておきながら、何故自分が言う"好き"や"愛してる"だけは思いの籠ったものだと確信していたのか。
それは知っているからに他ならない。
好きを知っているからに他ならないのだ。
だから、だからこそ俺は本当に、自分は死ぬべきなのだと痛感する。これ以上傲慢な願いを増やさないよう、湊さんからすれば迷惑でしかないこの想いを、これ以上大きくしないよう。
何より一番は、傷つきたくないから。感情を忘れていたから楽に生きてこられたけど、たぶんもうすぐダメになる。
俺は現状に耐えられなくなる。
居場所とは言えない家も、苦痛しかない学校も、俺を抱く湊さんじゃない男達も。俺を愛さない湊さんも、絶対に彼と結ばれない事実も。
全て理解した俺には、きっと耐えられないから。
だから、俺は死ぬしかないのだ。
湊さんに対する、やり場のないこの想いだけを残して。
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