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本編

10.流石の俺にも感情くらいある

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「あ、雲雀おひさー」

「久しぶり神楽」


 今日の空綺麗だなぁ…と無表情で青空を眺めていると、屋上の扉がギーッと開いて神楽が入ってきた。

 昼休みのまったりとした休憩時間。
 一週間ぶりに会った神楽に片手を軽く上げて挨拶する。迷いなく俺の元に歩いてくると、神楽は俺の隣に座って弁当を取り出した。
 がたがたと音を立て、弁当の蓋を開けたり箸を用意したりペットボトルやらを準備する神楽。ぱくっと唐揚げを頬張ると、「うまっ」と口にしてからようやく話しかけてきた。


「休日何してた?」

「デート」

「まじ?どうだったん、楽しかった?」

「55点」

「厳しっ。なんだよー『湊さんがいれば100点満点!』とか言うと思ったのにー」

「湊さんだけ居ればね」


 ウインナーを口の中に放り込みながら淡々と答える。
 気を紛らわせるためにタコさんにしたは良いものの、意識し過ぎて逆に面倒なことになった。タコさんがアレにしか見えなくて辛い。
 意識しないように、と思うほど意識するのが人間の性である。もう気を逸らすことも出来ないので、無心で食べることにした。

 無表情でウインナーを食べ続ける俺を、神楽は若干引き気味で見て表情を引き攣らせる。
 気を取り直すように咳を一つして、改めて問い掛けてきた。


「なんかあったん?もしかして喧嘩でもしちゃったかー?」

「尼崎と篭ってフェラしたら、それがバレてめちゃくちゃ気まずい空気なった」

「ぶふぉっ!はぁ!?何だそれどういう状況!?」


 飲んでいたお茶を思い切り吹き出すと、神楽は緩い仕草を取っ払って素で叫んだ。
 あまりの驚きようが流石に哀れだったので、かくかくしかじかと顛末を話してやった。
 内容が終盤に行くにつれ、神楽の顔は青ざめたりドン引きしたり侮蔑したりと後ろ向きな反応ばかりになる。全てを話し終えると、唐揚げを齧った状態で固まっていた神楽がゆっくりと動き出した。
 一口胃の中に入れてお茶を飲むと、複雑そうな顔の神楽が視線を向けてくる。最後に会った時からこんな顔ばっかりだなこいつ。


「お前…ほんとツイてないよなー…よりによってデートでそんなことになるとかさー…」

「それな、俺もそう思う。でも湊さんのフェラ出来たから実質プラマイゼロじゃね」

「そういうポジティブなとこ嫌いじゃねーけどさー。流石に今回はどうなんよー…まぁお前が気にしてないなら別にいい、のか…?」

「うん」

「いいんかい」


 ノリのいいツッコミが入ってすっきりする。
 実際俺は気にしてないから別にいいのはいいんだが、俺より湊さんが気にしているという全然別に良くないこの状況。
 デートの日以降、湊さんは目に見えて分かるくらい俺に触れるのを躊躇っているし、最低限の接触すら出来るだけ避けているのだ。
 やっぱり彼は潔癖らしい。性格が優しいからあの時は許してくれたが、本当は俺の体が気持ち悪かったんだろう。
 湊さんの潔癖を考慮せず他の男と触れ合ったのが癪に触ったのか、それとも浮気相手の分際で他の男と遊んでいたのがムカついたのか。

 正確には分からないが、まぁ似たような理由だろうと思って反省している。湊さんを不快にさせるなんて、俺としたことがって感じ。


「湊さんの精液美味しかったよ。初めてまともに飲んで気分悪くならなかった」

「食事中だよお馬鹿」


 バシィッと頭を叩かれた。
 なんだか感動する。いつの間にこんなに馴れ馴れしく話せるようになったんだ、俺ら。
 まるで俗に言う"友達"みたいだ。友達じゃないけど。


「それでー?予定より早くフラれそうな感じ?」

「割とそんなでもない。俺のフェラ結構気に入ってくれたのかも」

「まじか。じゃあフェラで機嫌取ればよくねー?何なら抱かれて性欲処理してやれば喜ぶんじゃね?」

「俺もそう思ったけど、あっちが中々触らせてくれない」

「うわー、完全に避けられてんじゃん」

「だよね」


 まぁ、湊さんの性欲処理は本来彼女さんの役割だし、そんなに気にしなくていいか。
 セックスはどうやら愛を伴うものもあるらしく、その"愛あるセックス"とやらは本命さんの特権だ。正直湊さんとセックス出来るってだけでめちゃくちゃ羨ましい。愛とかはどうでもいい。セックス出来るのまじで羨ましい。
 まぁでも俺の汚い体には触れないみたいだから仕方ないな。
 またそういう雰囲気になったらフェラだけしよう。湊さんのあの反応、たぶん俺のフェラ気に入ってくれたっぽいし。


「今日も会うんかー?」

「うん。もしかしたら誕生日までに会えるの今日で最後になるかもだから」

「え、なんでまた急に」

「今週から湊さん、彼女さんに会う機会増やすらしいんだ。ずっとすれ違い気味だったみたいだし、会えば仲直りするかも」

「そしたらお前はお役御免、ってことか」

「そういうこと」


 こくりと頷いた俺を見て、神楽は「最後まで報われないなーお前…」と眉を下げて呟いた。




 * * *




 学校が終わり、湊さんのマンションに着いて。
 相変わらず少し微妙な空気を纏わせて出迎えてくれた湊さんは、俺がソファに座ると自分は当然のように向かいのソファに腰を下ろした。
 前までは俺が座ると必ず隣にくっついてきてたんだが。なんだかちょっとだけ寂しい。
 こんなにも分かりやすく「お前は汚い」と明言されるみたいに動かれると、流石の俺も少し傷付く。他の人間にやられても何とも思わないが、湊さんにこれをされるとショックの大きさが段違いだ。

 まぁフラれてないだけまだマシか。むしろ優しい方だ、本来ならとっくに別れ話してる頃合だし。
 って、別れ話でも無いな。元々俺たちは純粋な恋人同士では無いんだし、湊さんが飽きれば何を話す訳でもなく終わる関係だ。
 こう考えてみると、初めの頃に俺が信じていた情や二人の関係は、本当に大したことないものだったのだと実感して虚しくなる。
 人生で初めて愛とやらを感じた気がして喜んでいた自分が馬鹿みたいだ。俺なんかが幸せになれるわけないって、分かっていたはずなのに。
 俺みたいな汚い人間、大切に想ってくれる奴がいるわけなかった。現実から目を逸らして妄想に溺れ、未来の夢を見てしまうなんて俺らしくもない。

 らしくない俺を引き出してしまうから、俺は湊さんが大好きなのだ。
 たとえ偽物でも、俺を利用しているだけなのだとしても、こんなに安らぎを与えてくれたのは彼だけだから。だから俺は、心底湊さんを愛している。


「ねぇ」

「あ…うん、なぁに?」

「そっち、行っていい?」

「え、あ…もちろん。雲雀が、大丈夫なら…」


 断られなかったことに内心安堵した。
 のそりと立ち上がると、向かいのソファに移動して湊さんの隣に腰を下ろす。ピタッと隙間なくくっつくと、湊さんがピクッと僅かに体を震わせた。


「明日から忙しくなるんだっけ」

「…うん、ごめんね」

「いいよ。全然気にしてない。頑張ってね」

「うん、ありがとう…ごめんね」


 その『ごめん』はどういう意味の『ごめん』?
 散々俺を利用して、最後も呆気なく俺を捨てようとしていることに対して?それとも、結局最後まで俺に嘘をつき通したことに対して?
 いや…全部か。

 本当に湊さんは優しい、俺なんかに謝るなんて、本当になんて優しい人なんだろう。
 改めて、人生が思っていたより不幸では無かったことを自覚する。湊さんに出会えた時点で、俺は人より恵まれているはずなのだ。
 けど…なんなんだろう、この胸の乾きは。らしくもなく冷静な感情を乱されてしまう。大きく深呼吸して、思い切り叫んでしまいたい気分だ。


「もうすぐ湊さんの誕生日だね。当日、予定とかある?」

「あ…覚えててくれたんだ。予定は無いよ、もしかして一緒に過ごしてくれるの?」

「そのつもり…だったけど、ダメかな」

「だめじゃない!寧ろ嬉しい…雲雀が祝ってくれるなら、きっと今までで一番幸せな誕生日になるよ」


 優しい笑顔が、今は何故だか辛くて直視出来ない。
 お世辞でも、湊さんの"一番"になれたことが泣きそうなほど嬉しい。
 最期の日。お世辞だけじゃなくて、ちゃんと湊さんに幸せを贈ってあげたい…なんて、キザったらしいことを考えてしまった。


「…ねぇ湊さん。俺、お願いがあるんだ」


 最期の日に、ウザイくらいの我儘を。


「湊さんの誕生日に…っていうのもおかしいんだけど。どうしてもその日に、叶えて欲しいことがあって」


 らしくなく真剣な表情で語る俺を見て、湊さんは驚いたように目を見開いた。
 やがて彼も真剣そうな顔になってソファに座り直す。膝に置いてあった俺の手に自分の手を重ねおもむろに繋ぐと、俺の言葉に小さく頷いた。


「雲雀のお願いなら何でも叶えるよ」

「…約束ね」

「うん、約束」


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