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本編
29.ツリーの飾り
しおりを挟む「ハル様、ハル様!ツリー大きいね!」
「あぁ。そうだな」
ハル様の手をぐいぐいと引いて、広場の中央に鎮座したツリーに駆け寄る。
遠目で見るよりもツリーは大きく迫力があって、僕はキラキラと瞳を輝かせながらツリーの頂点を見上げた。
一番高い場所には星形の飾りがつけられていて、月の光と同じくらい綺麗に輝いている。
ぽーっとツリーに見惚れていた僕の肩を、ハル様が優しくぽんと撫でた。
「シュネー、飾りは付けないのか?」
ハル様の言葉を聞いて「そうだった!」とハッと声を上げた。
慌てて自分の身体を見下ろし、何かツリーに飾り付けられるようなもの……と悩みこむ。けれど、今日はアクセサリーなんかもつけていないし、飾りになるようなものは何もない。
どうしよう……と落ち込む僕の横に、ふとハル様が静かに膝をついた。
「俺のブローチを付けるといい」
「えっ、でもそのブローチって……」
予想外の提案に目を見開く。
何てことなさそうな顔で胸元のブローチを外し、それを躊躇なく差し出すハル様。けれど、どう見ても安易に手放してはいけなさそうなブローチを見て、僕はへにゃりと眉尻を下げた。
それ一つで邸を建てられるどころか、どれだけ贅沢しても数十年は遊んで暮らせそうなほどの値段があるだろうそのブローチ。
こんな高価なものをツリーの飾りにしてもいいものか……と固まっていると、ハル様はきょとんと首を傾げながら純粋な声音で語った。
「……?すまない。シュネーの愛らしい手が直接飾り付けるというのに、ただのブローチで良い訳がなかったな。すぐに家宝を持ってくる。それなら多少はその愛らしい手に釣り合う──」
「ちがうちがう!ちがうよ!あと家宝は絶対ダメ!」
もう色々というか、全部ズレているハル様を慌てて引き留める。
このブローチをただのブローチと呼んでいいわけないし、家宝をツリーの飾りにするなんてありえないことだ。
普通なら行き過ぎた冗談だと思うけれど、口にしたのがハル様だから悠長に笑っていられない。
なぜならハル様は嘘を吐かないから。家宝をツリーの飾りに、という発言も真面目に考え付いたものなのだろうとわかっているからだ。
「いい?ハル様。この際だから言うけど、よく聞いて」
「……?わかった」
ちょいちょいと手招きをすると、ハル様は不思議そうに瞬きながらも素直に頷いた。
差し出されたブローチをぐいっと押し返しつつ、ズレまくりのハル様にお説教をする。
「僕ね、ハル様のこと大好きだよ。ちょっとズレてるところも、ハル様のいいところでもあるよなって思ってるし、そこも大好き」
「あぁ。俺もシュネーを愛している」
淡々と返された告白に思わず赤面した。まったく、まさにそういうところだって言っているのに。
コホンッと咳払いしてなんとか持ち直し、告白に「ありがとう」と返してから話を戻した。
「あのね、ハル様のどんな時でも真っ直ぐで素直なところはとっても素敵だよ。でも、ちょっと僕を基準にしすぎているせいで、感覚がズレちゃってると思うんだ」
ぱちくり。なんにもわかっていなさそうに瞬くハル様を見て、何度目かの溜め息を吐く。
ハル様のこういうところはとっても素敵で、いいところだとは思っているけれど。それでも、たまに度を超す時は心配になる。
僕のせいで、ハル様がいつか大損をしたらどうしようって。
「そのブローチも、とっても高価なものでしょ?ハル様が僕にくれる青いバラも金のバラも、皇族の人だって手に入れられないくらいのお宝なんだから!」
この際だから、と思っていたことをハル様にぶつける。
お兄様やお父様なんかは、ハル様との交流が長いからその辺りの感覚が緩くなっているみたいだけれど……僕は十年の空白があるから、その感覚はまだ緩くなっていない。
だから今のうちに、ハル様が大損をしないうちに、しっかりと伝えておかないと。
「お宝を気軽に扱っちゃだめ!わかった?ハル様」
いつか損をしたらどうするの、と厳しめなお説教で話を終えた。
少し言いすぎたかな……?と不安になりながら顔を上げる。けれどそんな不安とは裏腹に、ハル様の返答は予想もしないほどあっさりとしたものだった。
「すまない。よく分からなかった」
「えぇー……」
ズコーッと崩れ落ちそうになるのをなんとか堪え、僕は今日一番の深い溜め息を吐いた。
ま、まぁハル様のことだからそんな返答もあるよねと思ってはいたけれど……。
がくっと肩を落とす僕を見て何を思ったのか、ハル様いつもの無表情で淡々と語った。
「シュネーの言う通り、俺の基準はシュネーだから。他の物の価値とやらは心底どうでもいい」
ぽかんと固まる。ハル様は僕が押し戻したブローチを再び僕の手の中に握らせると、真っ直ぐな視線を僕に向けた。
「例えばこのブローチも、俺にとってはただのブローチでしかない。どれも同じ価値の物だ。薔薇の価値も分からない。人の価値も、シュネーじゃないなら全員ただの人間でしかない」
まるで人形みたいに淡々とした、けれど誰よりも人間味があるように感じるハル様の言葉。
僕は呆然とそのセリフに耳を傾けることしかできない。普通の人が言えば冗談に感じるその言葉を、ハル様は心底真面目に語っているのだ。
「奴隷だろうが皇族だろうが、価値の差とやらは理解出来ない。俺にとってはシュネーだけが価値ある存在だ。よく分からないが、薔薇も宝石も、シュネーが気に入るのならきっと価値あるものなのだろうと思う」
頭がくらくらしてきそうだ。あぁ、でも僕は、ハル様がこういう人だって最初からわかっている。
いつか大損をさせないためにと思って、軽い気持ちでした説教だったけれど……そもそもハル様の価値観なら、何があっても損だとか得だとかの話じゃなかったんだろうな。
ハル様のことは理解出来ていると思っていたけれど、どうやら僕もまだまだだったみたいだ。
「うぅん……そっか。わかったよハル様。急にお説教してごめんね」
「構わない。俺が何かミスを犯したのだろう。気に食わないことがあればいつでも言ってくれ」
僕の指摘が間違っているとは思わないのか。そう思い、少し苦笑する。
手に持っていたブローチをハル様の胸元に戻して、今度は説教じゃなく、何てことない言葉を紡ぐことにした。ハル様でもすぐに納得できるような言葉を。
「でも、このブローチは本当に大丈夫。ハル様が付けていた方が輝いて見えるから。飾りはこれから探そう。今日はお祭りでお店もたくさん出ているし、すぐにいい飾りが見つかるはずだよ」
「シュネーがそうしたいのなら、そうしよう」
さっきまで無理やり僕の手のひらにブローチを押し込めていたのに、言い方を変えるだけでハル様はすぐに引き下がった。
あっさりと引いて立ち上がり、僕の手を繋ぎ直すハル様を見上げてまた苦笑する。これから、ハル様が頑固になったら今みたいに説得しよう。そう密かに決めた。
「それじゃあ行こう!飾りもそうだけど、お土産もしっかり選ばないとね」
わくわくしながらハル様と隣り合って歩き出す。
実質初めてとも言える聖夜祭に胸を高鳴らせる僕の手を、ハル様は微かな笑みを浮かべながら、大きな手のひらでぎゅっと包み込んだ。
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