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本編
28.聖夜祭
しおりを挟む「風邪を引かないようにコートを着て、寒さに耐えられなくなったら直ぐに帰ってくるんだよ?」
聖夜祭当日。月明かりに照らされた下で、邸の玄関前に立った僕とハル様はお兄様たちの見送りに応えていた。
複雑な顔でハル様を見遣るお父様の横で、お兄様はさっきから忙しなく僕にコートを着せている。
確かに冬の夜はとっても寒いけれど、こんなにシルエットがまん丸になるまで着込む必要もない気がする……。
なんて言ったらお兄様に叱られてしまうのは分かりきっているので、何も言わずこくっと頷いて、動きにくいまん丸スタイルを受け入れた。
真っ白なコートということも相まって、遠くから見たらまるで雪だるまみたいだろうなぁ……なんてちょっぴり恥ずかしい事実に気が付いて、少し頬を赤らめた。
「うぅん……」
「可愛いぞシュネー。このまま連れ去ってしまいたいくらい可愛い」
マフラーに口元を埋めて溜め息を吐くと、不意にハル様によしよしと頭を撫でられた。褒められるのは嬉しいけれど、やっぱり少し複雑だ。かわいいって……。
しょぼくれる僕を横目にピシッと硬直するお兄様とお父様。なにごと?と首を傾げると、二人が警戒するような目をハル様にじーっと向けて睨み付けた。
「……言っておくけれど、攫うのは駄目だよ。しっかり守って連れて帰ってくるんだよ?」
ジトーッとハル様を見つめるお兄様とボソッと「持ち帰りは認めないぞ……」とぶつぶつ呟くお父様。なんだか不穏な空気だけれど、大丈夫だろうか。
重い空気にそわそわし始める僕の頭をぽんぽんと撫でるハル様。その顔に浮かぶ無表情に大きな変化はない。いつも通りスンと済ました無表情で、ハル様は二人の忠告をサラーッと聞き流した。
「問題ない。待つと誓った。誓ったからにはその通りにする」
淡々とした声音だけれど、ハル様の性格的に嘘はつかないはず。それを二人も理解しているみたいで、ハル様からの明確な答えを聞くと二人はほっとしたように息を吐いた。
「きちんと帰ってくるので安心してください、お兄様、お父様。お土産買ってきますね」
ハル様とぎゅうっと手を繋ぎながら言うと、二人は警戒の色を完全に解いてふにゃあっとした笑みで頷いた。ハル様に向けていた硬い表情とは大違いだ。
「気を付けて行ってくるんだよ、シュネー。それと、たくさん楽しんでおいで。絶対にハロルドから離れないようにね」
頬を緩めながら頷いて、ハル様に手を引かれ歩き出す。
「それじゃあお兄様、お父様。行ってきます」
ちらりと振り返って小さく手を振ると、お兄様とお父様は心配そうに眉尻を下げながらも、しっかりと手を振り返してくれた。
***
「二人とも、すごく心配そうだったな……」
馬車の小さな振動に揺られながら、そっと呟く。
小さな呟きだったそれを聞き取ったのか、ハル様は繋いだままの手にぎゅっと力を籠めて静かに語った。
「シュネーを見送るのは例の日以来だから、普段より心配していたのだろう」
例の日、ハル様が語ったその言葉に息を詰める。
そうだ。二人からすれば、僕を見送るという行為自体がトラウマになっているのかもしれない。なにせ何気なく見送った家族が十年もの間、帰ってこなかったのだから。
そう考えると少し申し訳なくなって、しおしおと俯く。
そんな僕の感情の変化をすぐに察したらしいハル様が、ふいに僕の頭をぽんと撫でた。
ハッと顔を上げると、無表情ながらも柔らかい表情をしたハル様と視線が合う。
「そう沈むことは無い。これはただの外出だ。用事を終えたら邸に帰って、出迎えたミハエル達に挨拶をしてやればいいだけだ」
なんてことないとでも言うようにハル様が語ったその言葉を聞いて、沈みかけていた心が一気に落ち着きを取り戻した。
ハル様の言う通りだ。これはただのおでかけで、僕はこれから聖夜祭を楽しみにいくんだ。終わったら帰って、お兄様とお父様に「ただいま」と言えばいいだけ。
何も重く考える必要なんてない。ただそれだけのことなのだから。
「そうだね。帰ったら、二人にただいまって言うよ。たくさんお土産持って帰らないと」
「……あぁ。そうだな」
にこっと笑って答えると、ハル様も微かに笑みを浮かべた。
優しい微笑みに胸が温かくなるのを感じながら、ハル様と繋いだ手を改めてぎゅっと握り直す。それと同時に、馬車がゆっくりと停車した。
揺れがなくなったことに気付き、ハッと窓の外を覗く。そこに見えた光景にぱぁっと瞳を輝かせた。
「わぁ!ハル様、見て!すごくキラキラしてるよ!」
一度お父様と街に下りた時に見た。ここは街の中心部にある広場という場所だ。
その広場が、暗い夜を照らすようにキラキラと輝いている。街灯だけじゃなく、広場の中央に置かれた大きな木が、たくさんの飾りを纏いながら輝いていた。
「木が光ってる!」
「聖夜祭のツリーだ。あのツリーに飾りを付けて願い事をすれば、雪の女神がその願いを叶えてくれるらしい」
話を聞いて更に瞳が輝く。とっても素敵な言い伝えだ。僕もツリーに飾りを付ければ、願い事が叶うのだろうか。
窓に張り付いてじーっと眺めていると、ツリーに数人の人影が近付いていくのが見えた。
どうやらみんなカップルや夫婦らしい。手を繋いだ二人がツリーに近付いて、持っていた花や身に着けていたブローチなんかをツリーに飾り付けている。
楽しそうな様子を静かに見つめていると、ふいに背後からハル様が僕の頭を撫でた。
振り返ると、優しい笑みを浮かべたハル様が低く語る。
「行こう、シュネー。ツリーに飾りを付けたいのだろう」
ドキドキと胸が高鳴る。ゆっくりと開く馬車の扉を見据えながら、ハル様と繋いだ手にぎゅっと力をこめた。
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