奴隷上がりの公爵家次男は今日も溺愛に気付かない

上総啓

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本編

27.聖夜祭まで

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「聖夜祭…」


 邸に訪れたハル様に早速例の件を話した。
 薔薇園の真ん中、ガゼボで寛いでたハル様は『聖夜祭』という単語を聞くなり勢いよく姿勢を正した。この様子だと、どうやら聖夜祭の存在は知っていたらしい。


「うん。僕聖夜祭のこと忘れてて、最近思い出したんだ。今年はハル様がいるし、一緒にどうかなって」

「勿論構わない」


 即答だった。一秒の間も無かったかもしれない。
 無表情が心なしか安堵したように輝いている。そんなに喜ぶならハル様から誘ってくれてもよかったのに。なんて思い首を傾げると、ハル様は突然どんよりと空気を曇らせて語り始めた。


「いつ誘われるのかとドキドキしていた…が、いくら待ってもシュネーは誘ってくれなかった。聖夜祭の話題を出すことすらせず…」

「そ、それは忘れてたからで」

「あぁ。今なら分かる。だがそれまではそうとは思わず、まさか他に誘いたい輩でもいるのかと探っていた。忘れていただけなら良い、消す手間も省けた」


 消す手間ってなに…?何を消すの…?

 ちょっとどころじゃないくらい怖いので、最後の発言については聞かなかったことにした。
 ハル様のことだから、濁して聞いてもきっと清々しいくらいはっきりした答えを言ってくる。これは聞いてはいけないやつだ。

 何はともあれ無事に聖夜祭についての了承を貰えてよかった。
 一応お父様たちにも事前に話していたけれど、説得するのが大変だったから本当に安心だ。これでハル様に「その日は任務があるから無理だ」とか言われていたら努力が水の泡になっていた。

 お父様たち…特にお兄様の駄々がすごかったのだ。
 不思議そうな顔で「聖夜祭は家族と過ごすものだよ?」なんて堂々と言われるから、一瞬本気で騙されかけてしまった。きちんとお父様にも聞いたけれど、聖夜祭はやっぱり恋人と過ごすものらしい。
 最終的に、夜は城下町で行われる祭りに行く代わりに、当日の朝と昼はお父様たちと過ごすという条件で許してもらった。
 お兄様はムスッとしてたけれど、沢山お土産を買ってくるからと精一杯宥めたら少しだけ機嫌を直してくれた。

 お兄様の為にもお土産は忘れないようにしないと…としっかり胸に刻んだ。それと、冷静な顔をしているけど落ち込みを隠しきれていないお父様の為にも。


「うーん…」

「どうした。何か悩みでもあるのか」


 シュネーを悩ませる人間なんぞ消してやる、と普通に語ってしまうハル様。いつも通りの無表情で淡々と言ってくる辺り本気だ。本気でやるつもりだ。
 慌てて首を横に振る。というか、僕に何か悩みがあるならそれは大抵ハル様絡みだ。ハル様は無自覚だけれど。


「お兄様達へのお土産、何がいいかなって。美味しいお菓子とか?でもお祭りのお菓子って確か、その場で食べなきゃいけないものばかりなんだよね…」

「シュネーが態々悩む必要は無い。深く考えずその辺の石でも渡しておけ」

「それは深く考えなさ過ぎでは…」


 ハル様は一般的な常識より外側に居るような人だから、こういう時のセンスもかなり独特だ。
 今のは決してお兄様達を侮辱したわけではなく、本気で悩んだ結果の『一番マシな贈り物』という意味。
 普通婚約者には宝石や服をプレゼントするのが普通なのだが、そうでないのがハル様らしくて面白い。それに僕としても、服や宝石よりも珍しいお花の方が好きだ。

 けれど僕以外の人にまで、いつまでもこうという訳にはいかない。
 僕とハル様は結婚するのだ。例えば今、ハル様がお父様やお兄様に万が一嫌われることがあってはまずい。なるべくハル様にも分かりやすい説明で…。


「ハル様。突然僕からその辺の石を渡されたらどう思う?困惑するし、どうすればいいか分からず反応に困るでしょ?」

「…?歓喜するし、祭壇に飾るが?」


 撃沈。

 そもそもハル様とそれ以外では価値観に大きな差があるのだ。それがどれほどのことか、僕はまだ理解しきれていなかったらしい。
 流石に石はダメかな、とか思っていたけれど。まさか全力で歓喜してくれるし、何なら祭壇にすら飾ってくれるとは思わなかった。


「うん…そっか…ありがとう…」


 にへらっ、と力無い笑みを浮かべた。
 ハル様も無表情を僅かに緩めてうんうん頷いている。


「石、くれるのか?」

「…え?そ、その辺の石?欲しいなら全然すぐにでも渡せるけど…え、欲しい…?」

「欲しい」

「あ、そ、そっか」


 食い気味の「欲しい」だった。本気の声音を感じたから、この欲しいは嘘じゃない。ハル様は本当に欲しいんだ、その辺の石が。
 もしかして石好きなのかな。そういう人、案外いるよねと思いながら立ち上がる。ガゼボから出ると、ハル様も当然のように後を追ってきた。

 薔薇園を少し抜けた先。緑が多い場所に出ると、砂利や石で埋まった隅っこの地面にしゃがみこむ。
 手のひらサイズの石や握り締めれば収まるくらいのサイズの石。丸っこいものから四角いもの、おかしな形をしているものまで。沢山の石をじぃっと見つめ、良さげなものを見つけてみる。

 と、石を触っていくうちにふと思った。あれ…これってなんだか。


「楽しいね、ハル様」


 あ、この石ハート型だ。可愛い。
 そんなことを思いながら石を手に取ると、ふいに視界の隅に映ったハル様がふるふる震えているのが見えた。振り返ると、そこには口元を手で覆ったハル様が蹲っている。


「…どうしたの?」

「楽しそうなシュネー、可愛い。好きだ」


 震えるハル様の言葉に頬を染めながら、その赤を隠す為にサッと俯く。
 これ以上のキザなセリフは身が持たない。手の中にあったハート型の石を強引に渡すと、ハル様は何を思ったのか顔を真っ赤にして狼狽した。

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