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本編
25.いつか
しおりを挟む「は…?もう、求婚を受け入れた…???」
燦々と昇る太陽が窓越しに見えて気分がスッキリとする。空も晴天、いい日和だ。
そんな中、太陽を背に顔面蒼白する人物が一人…目の下に隈が出来上がったお父様である。
執務机の前にハル様と並んで立ち、頬を染めながらそわそわと身をよじる。そんな僕とは裏腹に、ハル様は言わずもがないつも通り無表情でツーンと立っていた。
ちなみに後ろのソファにはお兄様も座っている。
「いや…待て、待つんだ。今少し混乱していて…少し整理させてくれ」
昨夜あんなことがあったばかりなのに、その翌朝こんな早くに騒いで申し訳ない…。額を押えるお父様にじわじわと罪悪感が湧いた。
昨夜はお兄様と和解して、求婚を受けたことを報告して…その後、お父様ともきちんと話をしてお互いの齟齬を解決することが出来た。
そしてお父様にもハル様とのことを話そうと思ったのだが、それは色々あって翌朝に持ち越しになってしまった。
というのも、僕が何気なく語った「最初の頃はいつお父様の閨を任せられるのかと不安でした」という言葉にお父様が泡を吹いて倒れてしまったのだ。
余程衝撃的だったらしい。確かに実の子に閨を仄めかす発言をされたら理解が追いつかなくなるのも無理はないか。
ロクはそういう価値観が少しズレているから普通に語ってしまった。
「シュ、シュネー…流石に少し早すぎるんじゃないかい?その…もう少し大人になってからでも…」
「公爵。ご子息は現在十三歳です」
「は…」
「帝国法では齢十三からの婚姻が認められています」
ハル様が淡々と語ると、お父様は「ぐっ、そ、それは…っ」と顔を歪めた。
確かにそうだと頷く。忘れていたけれど、帝国では事実上十三歳から結婚が認められているんだった。
と言っても大体は十八を超えてから結婚するのが殆どで、ぎりぎり認められる十三歳で結婚を決めるのは珍しい。珍しいからと言って、その常識をハル様が理解するとは思えないけど…。
「…?何か問題がありましたか」
「ありまくりだよ」
何故お父様が渋っているのか心底理解出来ない様子でハル様が首を傾げる。やっぱりか…。
いつの間にソファから立ち上がったのか、背後からお兄様がぬるりと現れ満面の笑みでピシッとツッコんだ。心なしかにこにこ笑顔の額に青筋が浮かんでいるような気がする。
「考えてごらんよハロルド。お前今何歳?」
「二十二だが」
「シュネーは?」
「十三」
「どう思う?」
「…?特に何も」
「倫理観ッ…!!」
お兄様の必死の誘導も虚しく、ハル様はいつも通り我が道を行く感じで真っ直ぐだった。
ハル様の中では女性も男性も関係無いし、もちろん年齢なんてものもどれだけの幅であろうと誤差の範囲。嘆くお兄様は不憫だけれど、ハル様にはそもそも倫理観という概念が無いのだ。
「確かに二人は婚約しているけれど、シュネーはまだ子供なんだよ。いくら何でも早過ぎる。ただでさえシュネーは戻って来たばかりなのに…」
焦れったい口調で語るお兄様の言葉にハッとした。
チラリと視線を移すと、案の定お父様も哀しそうに表情を眉を下げている。
二人が昨日のことを聞いて、どうしてずっと浮かない顔をしていたのかようやく理解した。ただ単に年齢のことだけじゃなく、僕のことを心配してくれていたんだ。
ほんの一ヶ月前に公爵家に戻って来たのに、もう結婚して家を出る。それが二人は不安だったんだろう。
やっと再会出来たお父様やお兄様の元から完全に離れる、なんて…確かに考えてみればとても怖い。
「ハ…ハル様…」
隣に立つハル様の裾をきゅっと握ると、赤い瞳が淡々と見下ろしてきた。僕の手の震えに気付くと、何かを察した様子でひとつ頷く。
「分かった。では俺がアーレント家に婿入りする」
「え…?」
「そういうことじゃない」
予想外の言葉に固まる僕とバシッと切り捨てるお兄様。お父様は昨日の疲労が溜まっているのか額を辛そうに押さえていた。
唯一いつも通りのハル様がまたかと言うように肩を竦める。何を言っても良い返事をされないことに困惑しているのだろう。
僕を見下ろして「すまない…また何か間違えたようだ」と申し訳なさそうに吐き出すハル様に首を振って微笑む。ハル様が間違っているわけじゃない。ただ、人とは少し考え方が違うだけだ。
「確かにハル様が来れば皆一緒だし、寂しくないね」
「…ん」
落ち込むハル様に語り掛けると、無表情は少しだけ和らいだ。
「シュネーはハロルドに甘い…」
ムスッと唇を尖らせたお兄様が呟く。「そんなことないですよ」と苦笑しながらお兄様の手を握ると、暗い表情は直ぐに機嫌良さそうに晴れた。
和やかな今の雰囲気のまま纏めても良かったけれど…それだとどの道あとでまたすれ違いが起きてしまう。そう考えてハル様に向き直った。
「ハル様。さっきの話なんだけどね」
無表情だけれど、どこか思い詰めた表情のハル様にそう切り出す。
僕はハル様が好きだ。結婚するならハル様以外あり得ないと思っているし、それはハル様も同じように思っているだろう。
そしてハル様が僕を深く理解しているように、僕もハル様のことを理解している。ハル様が今、何故か少し焦っているということも。
「僕とハル様はもう婚約しているし、結婚することも決まってる。だから急がなくても…って思うんだけど、ハル様は何だか焦っているよね。それはどうして?」
ハル様の表情が一瞬だけ曇った。
気まずそうに逸らされた視線が余計確信を強くする。
「シュネーを…取られたくない」
「……うん?」
ボソッと呟かれたそれにきょとんと固まる。
ハル様はそわそわと瞳を揺らしながら、眉をへにゃりと下げて俯いた。らしくないその姿に僕だけじゃなくお兄様やお父様まで驚愕を顕に硬直している。
そんな周囲の反応を気にする様子もなく、ハル様は肩を落として答えた。
「…俺は…シュネーを守れなかったから。愛想を尽かされても仕方ない。婚約はいつでも破棄出来る。だから…いつでも、シュネーは俺から離れられる」
言葉を紡ぐ度、ハル様の表情は暗く曇っていく。その言葉が現実になったらと考えて、それで落ち込んでいるのだろうか。
婚約破棄と離縁は大きく違う。帝国法では、婚約の破棄の場合片方が望めば直ぐにでも実行できるけれど、離縁となると話は別だ。離縁は双方の合意が無ければ認められない。
ハル様が恐れているのはつまり、僕が望めばいつでも解消される今の関係…?僕が婚約を破棄するかもってこと…?
「シュネーは誰にも渡さない。シュネーが逃げたら俺は何をするか分からない。それこそ既成事実を作ってでもシュネーを縛ってしまう。だから、シュネーの為にも早く関係を確かなものにしたい」
「…?」
「何かおかしくない??」
ハル様、そんなにも僕のことを…なんて少し感動していたら、暗い声音が突然決意の籠ったものに変わった。お兄様もこのおかしな変化を前に冷静にツッコんでいる。
お父様はサラッと飛び出た"既成事実"の言葉に困惑していた。確かに婚約者の父親の前で言う言葉ではない。僕もびっくりだ。
しかし、周囲の反応は眼中に無いらしいハル様の表情は至って真面目だった。
「…うーん…どうしよう、困ったな…」
苦笑を浮かべて呟くと、ハル様はあからさまにズーン…と落ち込んだ。
それに慌てて首を振って「嫌な意味じゃなくてね…!」と訂正する。困惑と混乱で今にも倒れそうなお父様と、仇でも見るような目でハル様を睨むお兄様は今は置いておく。
「僕、逃げる気なんて無いからさ。ハル様のこと大好きだし…。でも…この気持ちをどうしたら伝えられるかなぁって」
正直、助けてくれなかったこととか、助けが遅かったことに対する恨みとかはよく分からない。僕は恨みなんて無いと言い切れるけれど、他でもないハル様たちが罪悪感を捨てきれずにいるのが問題だ。
それに、引け目や負い目というなら僕の方が沢山ある。一番大きなもので言うなら例えば…十年で随分穢れてしまった、この体とか。
けれど、ここに来てから誰一人としてその話題を口にしたことがなかった。それこそが、彼らの罪悪感と僕の負い目を表している。
昨夜痛感したことだけれど、話し合うことはまだまだ山積みだ。なんせ積まれた問題は十年分あるのだから。
「色んなことたくさん話して、全部理解出来れば…いつかちゃんと伝わるかな」
眉を下げて微笑むと、三人とも同じような顔をした。泣きそうだけれど、何だか眩しいものを見るような。
「だから、その…ね、ハル様」
「…あぁ」
「僕はまだ十三歳だし、たくさん時間はあるわけで…お互いに話をしてからでも遅くない、と思うんだけど…」
どうかな…?と恐る恐る表情を窺う。ハル様は仕方なそうに小さく笑んで「…わかった」と頷いた。これは決して納得したわけじゃなくて、僕の我儘に折れる時によく言う言葉だ。
でもそれでいい。少なくとも今は。ハル様が僕に甘くてよかったなんて思って笑ってしまった。
「…既成事実…」
「父上、流石にそれは冗談ですよ。冗談のはずです」
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