奴隷上がりの公爵家次男は今日も溺愛に気付かない

上総啓

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本編

16.再会

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 馬車の窓に顔を近付けて、食い入るように外の景色を眺める。
 瞳を輝かせる僕を見て何を思ったのか、向かいに座るお兄様が嬉しそうにくすくす笑った。


「楽しそうだね、シュネー」

「っは、はい!とっても…!」


 声をかけられて慌てて視線を移し、笑みを浮かべるお兄様の言葉にこくこくと頷く。
 横からぬっと腕が伸びてきて、忙しなく窓にへばりついたり足を揺らす僕をひょいっと抱き上げた。
 すとん、と下ろされた先は隣に座っていたお父様の膝の上。むぎゅっと抱き締められて大人しく縮こまると、大きな手が優しく僕の頭を撫でた。


「あまり動くと危ないよ。万が一にも椅子から落ちないようにお父様が抱っこしていてあげようね」


 顔を上げると、そこにあるのは美形のキラキラ笑顔。眩しくて「ひぇ…」と変な声を上げてしまった。

 カチコチに固まる僕を抱いたまま、お父様はさっきまで僕が座っていた位置にズレる。どうやら外を眺めたい僕の為に、わざわざ窓際に移動してくれたらしい。
 さりげない優しさに心がぽかぽかと温まる。そんな僕を横目に微笑みながら、お父様はふと正面を見上げた。
 正面…つまり向かいに座っているのは、さっきまで優しい笑みを浮かべていたお兄様だ。

 さっきと違い、今のお兄様は貼り付けた笑みが少し冷たい。お父様にぎゅっとされているから曖昧だけれど、心なしか馬車の中に冷気が漂っているような気すらした。


「…父上、私への嫌がらせが過ぎるのでは?」

「おや、何のことかな」


 お父様もお兄様に劣らずのにこにこ笑顔だ。どちらもなぜか笑顔に見えないのはきっと気のせいだと思う。


「今回の外出…危うく抜け駆けされそうになったこと、忘れていませんからね」

「抜け駆けとは心外だ。そもそもお前もそのつもりだったじゃないか、ミハエル?」


 やれやれと言ったように首を振るお父様。
 どういう話をしているのかいまいち分からないけれど、お父様の言葉を聞いたお兄様が一瞬ぐっと押し黙ったのを見て凍てつく空気を察した。


「あの…?」


 眉を下げてお父様の腕の中から顔を出すと、二人はハッとしたように僕を見ておろおろと慌て出した。
「何でもないよ!」とあたふたするお父様と「お出掛け楽しみだね!」とあからさまに話を逸らすお兄様…何が何だかわからないけれど、二人が仲良しならそれでいいのだ。

 頭上で繰り広げられる無言の争いに気付くことはなく、重苦しさの消えた空気の中窓の外を覗く。
 流れる景色の中、よくすれ違うのはドレスを着た貴族ではなく、動きやすさを重視したような服装の平民ばかりだった。
 そこは貴族街のような華やかさはあまり無く、どちらかというと"活気がある"といった印象だ。出店が多く、沢山の人が食材の置かれた店の前に集まっている。


「さぁシュネー、そろそろ着くからお兄様の方に移ろうね」

「ミハエル、お前…」


 はわ…と外の光景に夢中になっていた僕を、お兄様がお父様の腕の中から奪うように抱き上げた。
 揺れる馬車の中でも不安定な動きを一切せず僕を抱くと、お兄様はご機嫌そうに笑って頬を擦り寄らせてくる。
 ちょうどいい抱き枕が無くなってしまったのが不快だったのか、お父様は馬車が停まるまでにこにこ笑顔を歪めていた。





 * * * 





 三店舗めの宝飾店。
 緊張したように壁際に待機する店員さん達は、お父様とお兄様が指示する度新たな宝石を持ってくる。



「シュネーには紫も似合うよ」


 お父様のその言葉で、目の前にあるアメジストの首飾りの購入が決まった。

 既にルビーのピアスや真珠のネックレスなどの購入が済んでいる。
 ちなみにその時のセリフも似たようなもので「シュネーには赤も似合うよ」「シュネーには白も似合うよ」というものだった。その理論なら何色でも似合うことになってしまう。
 横で別の宝石を物色していたお兄様が「シュネーには黒も似合うよね」と何やら高価そうな品を手に取ったところで流石に震えが止まらなくなった。


「あ、あの…っ!これ、二十個めです、よ…?」


 ついさっき購入が決まったアメジストの首飾りを指差すと、二人は一瞬黙りこくって瞬いた。
 顔を見合わせると、僕に視線を戻してにこっと笑みを浮かべながら首を傾げる。


「…?うん、まだ二十個だね」

「欲しい物があれば言ってごらん?何でも用意させよう」


 唖然とする僕には気付かなかったのか、二人はそう答えてまた商品の購入を再開し始めた。
 奴隷からすると有り得ないこの状況に、思わずふらりと眩暈すら起こす。額を押さえた僕を見たお兄様がこの世の終わりのような蒼白顔で駆け寄ってきて、思わず苦笑してしまった。


「どうしたの!?どこか痛い?どこが痛むの…!?」 

「だ、大丈夫ですお兄様。少し疲れてしまったみたいで…」


 それだけなので、と続くはずだった言葉は遮られた。心配そうな表情を浮かべるお父様が僕を抱き上げたからだ。

 ぎゅっと抱えられて額に大きな手が当てられる。温もりが心地よくて擦り寄ると、その手は額から頭に移動して、その後は髪を梳くように優しく撫でられた。
「熱は無いみたいだね」と安堵の滲む声が降ってきたかと思うと、今度は目の前から不安そうに揺れる声が届く。


「沢山歩いて疲労が溜まったのかもしれません。今日は帰って休ませた方が…」

「へ…あの、あのっ!僕本当に大丈夫…――」


 慌てて紡がれた言葉はまたもや遮られて、にこっと浮かぶ二つの笑顔に声ごと搔き消される。何もかも見透かされているような瞳に凄まれて「はい…」と正直に頷いてしまった。
 確かに疲れていたのは本当だ。初めの靴屋もそうだけれど、二店舗めの仕立屋で十着目の洋服を試着した辺りから疲労が溜まり始めていた。
 僕が色んな服を着る度嬉しそうにする二人を見ると何だか胸が温かくなって、思わず疲労も忘れてはしゃいでしまった僕の自業自得だ。

 しょんぼりと肩を落とす僕を見て優しく目を細めたお父様は、そのまま店の出口へ向かって歩き始める。肩越しに顔を出すと、店員さんと何やら話すお兄様が見えた。
「あと十個程適当に見繕って…――」と始まった会話がどことなく不穏に感じたので、二度目の眩暈を起こす前に目を逸らした。


「帰ったら一緒にデザートを食べて一休みしようか」


 お父様の穏やかな声に微笑みを返しながら店を出る。
 あと数歩で馬車に着くというその時、通りの方から聞き慣れた声が聞こえた気がした。

 帝都のショッピング街ということもあり人通りが多く、その分周囲に響く喧騒も大きい。その中でも明確に聞こえたのは、それほど僕にとって大事な人の声だったからだ。
 談笑をやめてピタリと固まると、僕の様子に気付いたお父様も足を止める。「シュネー…?」という呼びかけが遠くに聞こえて、最早僕の耳には喧騒に混ざるその声しか届かなかった。

 なぜなら、その名前の方が耳に馴染んだから。




「――…?」




 久々に呼ばれたその名前。懐かしさすら感じる六番の渾名。
 その瞬間だけ時が止まったかのような、そんな奇妙な感覚を抱いて振り返った先で初めに目に映ったのは、柔らかく揺れる茶髪。



『ちゃんと戻ってこいよ』



 あの日交わした口約束が静かに蘇った。

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