奴隷上がりの公爵家次男は今日も溺愛に気付かない

上総啓

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本編

5.アーレント公爵

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 どうやら、僕の新しい主人はユルゲン様ではなかったらしい。

 馬車で話を聞いていると、その中に『アーレント公爵』という名前が何度か出てきた。僕の主人は、そのアーレント公爵様のようだ。
 ユルゲン様は、騎士団所属であると共に公爵様に仕える騎士らしい。つまり、これから僕の主人が公爵様になるのと同様に、ユルゲン様の主人もまた、アーレント公爵様であるということだ。

 ニコに一度聞いたことがあるが、公爵というのは貴族の爵位の中で最も高い位なのだとか。そんな大物に買われるとは思っていなかったが、買われたからにはどんな任務も全うしなければならない。
 そう思い、僕に与えられる任務とはどんなものなのかと考えていたのだが、ユルゲン様の話の中に、それらしい話題が出ることは無かった。

 ただ、「公爵様はあなたのことをずっと待っていた」とだけ。なんだかすごく感激したような、感動したような、とても嬉しそうに語るものだから、口を挟むことが出来なかった。
 涙すら流しそうな勢いで何やら喜んでいる騎士に、「僕の任務はなんですか」なんて聞けない。それに、奴隷が話を遮るなどあってはならないことだから。
 もしかすると、任務の内容はまだ言えないのかもしれない。主人から直々に聞け、ということだろうか。それなら今はまだ、焦らないでおこう。

 …と、そんなことを思ってみたが、実はそもそもの問題として、気になっていることがひとつある。

 それは、何故僕が選ばれたのかということ。他の奴隷の皆は全員保護されて、これから普通の生活を送るというのに、何故僕だけ?
 いや、不満とかは無い。元々拒否権なんて持たない人生だったし、どんな理不尽があっても耐えられる。僕が疑問なのはそこじゃなくて、どうして僕みたいな役立たずを選んだのかということ。
 仲間達にもよく言われたが、僕はパッと見『のろま』らしい。実際のろまだ。体格のいい奴隷みたいに体力もそんなに無いし、ニコみたいに頭が良いわけでもない。なのにどうして。

 公爵様という大物が、僕を選ぶ理由はなんだ。
 考えつくものとしては…


「――…夜伽…かな」

「今、何と?」


 ボソッと声に出してしまった。
 ほんの小さな呟きだったが、ユルゲン様には聞こえてしまったらしい。ハッと我に返ると、青ざめた顔で震えるユルゲン様と目が合った。


「シュ、シュネー様はっ…夜伽の経験がおありで…??」

「…?…はい…ありますけど…?」

「ッッ…!!」


 な…何その反応…。
 衝撃的なものを見たような反応だ。目がカッ開いて、口も開き切って、とにかくすごく驚いたような、そんな顔。

 夜伽の経験…そりゃあ経験はある。
 というか、これは奴隷なら殆どが確実に通る道だ。少年少女は大抵、そういう知識を得てから主人に買われることが多い。ゲイル様とは最後までしたことが無いが、前の主人には何度か閨を命じられたことがある。
 そう言うと、ユルゲン様は「何ということだ…」と生気を抜き取られたような顔で項垂れた。


「え、あの…ユルゲン様…?」


 いきなりどうしたんだろう、と考えてハッとする。
 もしかして、僕のことを処女と勘違いしていたのだろうか?

 この反応を見る限りそれ以外考えられない…となると、公爵様が僕を選んだ理由はやはり、閨の相手にするためか。
 たとえ乱暴にしても文句も抵抗もしない、奴隷の処女を探していたのだろう。あの場にはニナやニコも居たが、二人を選ばなかったということは、公爵様は少女ではなく少年がお好きで、その中でも小柄な者を好む…ということだろうか。


「…ユルゲン様。今ならまだ、公爵様に知られずに済むのでは…?」


 今なら、僕じゃなく他の処女の奴隷を買えば、公爵様にバレずに済むんじゃないだろうか。
 そうすればユルゲン様のミスも隠せるはず。そう心配しての発言だったが、ユルゲン様にとっては不快だったらしい。
 顔を顰めて返す彼の雰囲気は、何処かピリついていた。


「知られずに…?何を仰いますか、このことは全て公爵様に報告致します」

「……そう、ですか」


 責任感の強い人なんだなぁ…。
 まだ隠し通せるであろうミスを、しっかり主人に打ち明けるなんて。

 ユルゲン様の様子を窺う限り、買い替えはしないようだ。処女かどうかはそれほど重要な条件じゃないのかも。
 小柄な少年なら誰でもいいってことかな、あわよくば未経験だったらってくらいで。

 目当ての奴隷なら奴隷市場に行けば絶対に見つかるだろうけど、少しの証拠も残したくないと考えれば、市場で買いづらいのも納得だ。
 奴隷購入の履歴が裏で残る市場とは違い、騎士団の任務中に拾った奴隷なら証拠も何も残らない。たまたま条件に合う僕を見つけて拾ったというところだろう。


「公爵様は…お怒りになるでしょうか」


 小さく問いかける。この質問は図々しかっただろうかと身を縮めたが、ユルゲン様は苦しそうに目を瞑っただけで、苛立ったような様子は無かった。


「それは勿論…激怒なさるでしょうね。制裁は酷いでしょうが…まぁ当然のことです、自業自得ですよ」

「………そう…ですよね」


 遠回しの忠告に、返す声は掠れた。

 確かにそうだ、その通りだ。自業自得でしかない。
 僕が処女かどうかなんて見る限りでは分かるはずないし、初めに伝えなかった僕のミスだ。
 公爵様が激怒して、例えば痛いことや苦しいことをされたとしても、それはそもそも僕の所為だから、抵抗なんてしちゃいけない。

 僕はただ、奴隷として主人の命令を受け入れていればいいのだ。

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