奴隷上がりの公爵家次男は今日も溺愛に気付かない

上総啓

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本編

4.新しい主人

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「ロク!!」


 突如、届いた声にハッとする。
 隊長さんの腕の中から顔を出し、辺りを見渡すと、視界の端に見慣れた茶髪が揺れた。
 安堵した様子で息を吐いて、その少年は真っ先に僕の元へ駆け寄って来た。


「ニコ!よかった、無事だったんだね」

「それはこっちのセリフだ!!」


 僕が手を伸ばして地面に降りようとすると、隊長さんがやんわりとそれを阻止してくる。不思議に思ったが直ぐにニコに向き直って、抱えられたまま笑いかけた。
 呆れたように返してくるニコだったが、ふと隊長さんに視線を移すと険しく眉を顰めてしまう。どうしたのかと瞬くと、ニコは硬い声で言った。


「…あんた、いつまでロクを抱いてんだ。奴隷はあっちに集まるんだろ。そいつは奴隷だ、こっちに寄越せ」


 奴隷はあっちに集まる。その言葉が気になって、ニコの指さす方向を向いた。確かにいつもの仲間達がみんな同じ場所に集まっている。

 見たところ、みんな騎士達に保護されているらしい。暴力とかを振るわれている様子は無いが、騎士団はみんなをどうするつもりなんだろう?
 眉を下げた僕を見下ろした隊長さんが、やけに優しい態度で語ってくれた。


「保護した子供達は皆、これからは修道院や孤児院で暮らすことになります。勿論、平民として」

「奴隷じゃなくて…?」

「えぇ。本来奴隷という身分が存在すること自体、帝国では認められておりませんから」

「な、なるほど…?」


 ていうか、いきなりなんで敬語なんだ…。

 さっきまで威厳溢れる感じの言葉遣いだったのに、今は礼儀正しいというか、謙っているというか、そんな感じの話し方だ。
 人格が二つあるのかと疑うくらいのキャラの変わりようだった。

 困惑する僕をやけに大事そうに抱え直した隊長さんは、そのままスタスタと歩き始める。それを見て「はぁ!?」と苛立った様子で声を上げたのは、さっきから機嫌悪そうに仁王立ちしていたニコだ。
 走って隊長さんの前に転がり込むと、両腕を広げて道を塞ぐ。ここから先は行かせないとでも言うような形相だ。


「なぁーにシレッと無視してんだ!!てかそいつ今裸だろ!?あんたもロクを襲うつもりじゃねーだろうな!!」

「ちょっ…ニコ…!失礼だよ!」

「返せ!ロクを返せー!!」


 いっそ態とらしいくらいの大騒ぎだ。目を丸くして呆然と固まっていると、少し離れた場所にいた奴隷の皆がなんだなんだと駆け寄って来た。
 突然動き出すみんなを見て、騎士達も驚いたように追ってくる。あっという間に周囲には人集りが出来てしまった。

 ニコの言う通り僕は今裸だから、周りに人が集まるのはかなり恥ずかしい。頬を染めて俯くが、ニコの大騒ぎは止まる気配が無い。


「騎士のくせにか弱い子供を手篭めにするつもりか!?ただでさえロクはクソジジイに襲われて傷付いてんだぞ!!人の心とかねーのかよ!!」


 そんな大声で状況説明しないで…!

 ぽっ、どころではない。ぼっ、くらいの勢いで全身が真っ赤に染まった。ぷしゅーと頭から湯気が出そうな感覚だ。
 視線をうろうろ彷徨わせると、周りに集まった人達がみんな痛ましい目でこっちを窺っていることに気がついた。同情が胸に刺さる…。

 あんな小さな体で…とか、なんと哀れな…とか言いたい放題だ。頼むから視線を逸らしてくれ、恥ずかしい。


「っ…!申し訳ございません、気遣いが足らず…」

「えっ?あ、いえいえ…そんな…?」


 だからなんで敬語なんだ。

 別に…そんなに辛そうな顔しなくていいのに。奴隷なら、主人の閨くらい熟して当然なのだから。
 体に染み付いているのだ。命令は絶対、主人に従うことこそが存在意義だって。それが自分のあるべき姿なんだって。

 だから僕は傷つかない。
 だって本当に、当然のことをしただけだ。


「――きしさん、ひどいよ…ろくお兄ちゃんをきずつけるの?」


 ふと、奴隷仲間の一人が声を上げた。
 ニコの大仰な言葉に心を動かされたらしい。ひくっと嗚咽を漏らし、涙すら流しながら、その少女は小さく呟いた。

 いつも妹のように可愛がっている、二十七番目に来た奴隷のニナだ。ニナはニコと一緒に奴隷市場で買われてここに来たから、ニコによく懐いていた。ニコと仲のいい僕にも、自然と懐くようになった子だ。
 ニナは小さくて心優しくて、僕たちの日々の癒しでもあった。寂しがり屋の甘えん坊だから、僕が消えてもきっと泣いて悲しんでくれる。それくらい、優しい子なのだ。


「ろくお兄ちゃんを、つれてかないで…」


 ほろほろと涙を流すニナを見て、周りで放心していた皆が我に返った。
 そうだそうだ!やら、ロクに手を出すな!やらかっこいいセリフばっかりだ。

 そしてそんな仲間の便乗を見たニコが、満面の笑みで僕に向かいぐっと親指を立てる。なんでそんなに誇らしげなんだ…。


「…シュ…、…ロク様は君達とは違うのだ。残念だが、この御方を君達と共に行かせることは出来ない」


 難しい顔の隊長さんが低く答えた。ニコは表情を険しく歪めて、ニナも悲しそうに眉を下げる。僕も、隊長さんの言葉の意味が理解出来ず黙り込んだ。

 僕がみんなと違うって、どういうことだろう。これからみんなとまともな暮らしが出来るんじゃなかったの…?
 みんなと仲良く、これからずっと。そうさせる為に、この人たちは僕たちを助けたわけじゃないんだろうか。
 やっぱり、何の意味もなく奴隷を救ったりはしないってこと…?

 少し悩んで、堪えて、顔を上げる。
 いつもの頼り甲斐のある勝気な表情は何処にもない。ニコは眉をへにゃりと下げて、まるで迷子のような顔で立ち尽くしていた。


「ニコ、大丈夫!また会えるよ。今はちょっとだけ、離ればなれになるだけだと思う」


 安心させる為に笑ってそう言うが、ニコは納得し難いとでも言うような顔でぐっと俯いてしまう。他のみんなも、なんだか少し不安そうで、悲しそうだ。

 それを見た隊長さんは気まずそうに視線を揺らしたが、やっぱり僕をみんなと一緒に行かせるつもりは無いらしく、無言で足を踏み出す。
 ニコはもう、僕を引き止めなかった。





 * * *





 ゲイル様に命令されて脱いだ服。騎士から回収してきてくれたらしいそれを受け取り、馬車の中でそそくさと着直す。
 ようやく肌を包む布の感触が戻って、思わずほっと息を吐いた。


「あの…着替え、終わりました」


 馬車のドアを少しだけ開けて恐る恐る報告する。近くで他の騎士と話していた隊長さんがハッと振り向き、会話を中断して駆け寄ってきた。
「入っても?」と聞かれたのでこくこく頷く。この馬車は騎士団のものなのだから、わざわざ聞く必要ないのに。
 馬車に乗り込むと、隊長さんは御者に向かって「出してくれ」と一言指示する。
 この馬車はついさっき慌てて手配したものらしい。僕を乗せるためだけに手配したと知った時は恐縮した。

 どこに連れていかれるかは分からないが、とにかく僕に馬車は必要ないと言っても聞いてくれなかった。
 馬に直接乗るのでもいいのにな、とぼやいたら断固拒否。危ないやらなんやらと言っていたけど、本音は普通に拒否だろう。確かに騎士にとって相棒とも言える馬に、わざわざ奴隷を乗せたくはないはずだ。


「………」


 馬車を囲むように並んで進む、馬に乗った騎士たち。彼らを窓越しに眺めてじっと考え込む。今の状況がさっぱり理解出来ない以上、どういう言動をとるのが正解なのかも分からない。

 とにかく、状況把握が最優先。まずは話を聞かないことには何も分からないままだ。
 一度深呼吸してから顔を上げ、向かいに座る隊長さんに声をかけた。


「…あ、あの…隊長、さん」

「………"隊長さん"…?」


 返ってきた低い声にひぃっと身体を震わせる。ダメ…?失礼な呼び方だった…?

 あわあわしながら言葉を探し、緊張を堪えるために膝の上で握っていた両の拳を、ゆっくり開いたり閉じたりしてみる。してみるが、気が紛れることはない。
 やっぱり何か命令されるまで黙っていた方がいいか…と考えて、聞きたかった沢山の質問を呑み込んだ。

 俯く僕を見て何を思ったのか、隊長さんが小さく呟いた。


「…。…ユルゲンとお呼び下さい。…シュネー様」

「ユルゲン様…?」


 唐突に名乗られたそれを慌てて復唱する。
 その過程は、奴隷として新しい飼い主に買われる時とまるで同じものだった。名を付けられ、主が名乗る。そうして奴隷契約は完了する。


 それを思い返して、ようやく理解した。


 なるほど、隊長さん…いや、ユルゲン様は、僕の次の主人なのか…!
 ゲイル様がいなくなった今、僕の所有者は先に僕を見つけた人間だ。道端に捨てられた玩具が、初めに拾った人間のものになるように。


「………ユルゲン…"様"…」


 ボソッと呟いたユルゲン様は、何故か不満そうな顔をしていた。

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