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六章

閑話.リカルドさまの箱庭

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※諸事情により今回は閑話となります。
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 リカルド様はいつだって本心が読めない。
 正直、周囲の人たちの中では一番相手にする時に緊張する人だ。いつも笑顔が仮面みたいで、尚且つ態度も機嫌も波がなく、まるでロボットみたいに不思議な人だから。
 初期のロキを大人にした、そんな印象が最も正しいだろうか。

 ロキとは仲良しだからよくヴァレンティノ邸にお邪魔するけれど……それはつまり、リカルド様に会う機会も多いってこと。
 いつも挨拶の時に緊張してしまうから、ヴァレンティノ邸に入るまではガクブルだ。リカルド様がお留守だったらほっと一安心しちゃうくらい。

 けれど、そんなリカルド様との距離が、ふと縮まった日がある。
 それはいつも通りロキと遊ぶ為にヴァレンティノ邸へ訪れた、ある日の昼時のことだった。



 ***



「むむぅっ、ロキってばどこに隠れたんだー?」


 今日はロキと一緒にかくれんぼ!ロキは何でもできるスーパーマンだから、当然かくれんぼもとっても上手い。
 どちらの役も上手なロキだけれど、俺が隠れる役をやった時は本当に光の速さで俺を見つけてくる。だから、爆速かくれんぼを防ぐためにも、今回は俺が探す側に回ったのだ。

 とまぁ、そんなこんなでロキを探し始めたはいいものの……これがまったく見つからない。
 いや、探す側も隠れる側も俺よりめちゃんこ得意なロキなのだから、そりゃそうだろうとしか言えないのだが。でもでも、もう三十分だぞ?そろそろ見つかってもいい頃じゃろー。

 なんて、むんむんとちょっぴりぷんすかしながら探していると、ふいに中庭に出た。
 おや、中庭は割とよく来るけれど、ここは初めて来たな……。いつもとルートが違うから、知らない場所に出ちゃったのかも。


「迷うまえに戻らねば……!」


 俺の迷子センサーがビビッと反応。
 いつもと違うルート、初見の場所……ビビビッ!これは迷子五秒前!さっさと来た道を戻るんだぞ!

 そう思い、慌てて踵を返し走り出す……はずだったのだが、俺ってばピタッと立ち止まってしまった。
 視線の先でヒラヒラ飛んでいるのは、見たこともない綺麗な蝶々。それを見た瞬間、瞳がキラキラ輝いて「はわわっ!」と興奮してしまった。


「ちょーちょ!」


 綺麗な蝶々を見つけたことに嬉しくなって、わーいわーいと喜びをあらわに走り出す。
 何も考えずに、ただ綺麗な蝶々を追って走り続け……やがて、ようやくハッと我に返った俺は、周囲をキョロキョロ見渡してサーッと青褪めた。


「どこ、ここ……」


 まったく知らない風景。
 そこはまるで箱庭みたいに他とは独立した、なんだか不思議な場所だった。

 中央にあるのは小さな噴水。その噴水に生えたたくさんの苔と小さな花が、長い年月を想像させてちょっぴり感傷的になる。
 大きな植物は一切咲いていなくて、素朴という言葉が似合う箱庭だ。薔薇が中庭のほとんどを占めているヴァレンティノ邸にしては質素すぎて、一瞬敷地を出てしまったのかと錯覚するほどだった。

 てくてくと奥に進み、物珍しさを隠すことなくそわそわと辺りを見渡す。
 誰も居ない、まるで夢の中みたいな静かな空間。そこに一人ぽつんと取り残されたみたいな感覚がして、俺は思わず涙目になりながらしょんぼりと俯いた。


「うぅ……どーやったら、帰れるんだぁ……」


 情けなくメソメソしていると、ふと背後に人の気配を感じた気がしてハッとした。
 振り返ると同時に、聞き慣れた声が優しく鼓膜を撫でる。


「──おや。私の箱庭に客が来たのはいつぶりかな」


 優雅に歩み寄ってくる一人の男性。ロキと同じ、雪みたいな純白の髪の彼。
 涙ぐむ俺の前まで来ると、その人は穏やかな笑みを浮かべて膝をついた。


「り、りかるどしゃま……!」


 ロキに似た優しい大人、リカルド様。一人ぼっちの空間に現れた二人目、ロキと似ている容姿の人……色々と条件が重なり合って、その時とんでもないほどの安心感が湧いた。

 衝動を堪え切れずむぎゅっ!と抱き着く。うざったいコアラ抱っこをしても、リカルド様は鬱陶しがることなくぎゅっと抱き締め返してくれた。やさしい。
 ふえぇっと涙を溢れさせると、リカルド様が濡れた俺の頬を優しく撫でて拭ってくれる。な、なんてスマートな大人なんだ……!クールすぎるぞ、尊敬しちゃうぞ!


「いい子、ほら、可愛い笑顔を見せてごらん。泣き顔も可愛いけれど、綺麗な目が腫れてしまうからね。可愛いルカちゃんには、一体何があったのかな?」


 なでなで。頭を撫でる大きな手は、ちょっぴり父と似ている。
 そう考えると更に安心感が募って、俺はふにゃっと力を抜きながら答えた。


「ぐすっ……おれ、ちょーちょに会ったんだ。ちょーちょ、きれいだったから……うれしくて、わーいって追っかけたの。そしたら、そしたらっ、迷っちゃったんだぞぉ……!」


 うえぇん!と言葉足らずに説明すると、リカルド様はうんうんと慈愛の表情で頷いた。
 なんなんだ、天使さまなのか?優しすぎて好きだぞ。リカルド様好きですだぞ。


「そっかそっか。蝶々、綺麗だものね。迷っちゃうのも仕方ないさ。ルカちゃんは感受性が豊かでとっても可愛い。素敵な子だね」

「む、むっ。おれ、すてきな子?」

「うん!とっても素敵だよ。蝶々が綺麗で追いかけて、迷子になって、それが寂しくて泣いちゃうんでしょ?可愛すぎるよ。今すぐにでもうちの子にしちゃいたいくらい」


 ゆるゆるーっと頬を緩ませるリカルド様を見て、へにゃんと緊張が解れた。
 なんか、思っていたよりも優しそうな人だな。笑顔が怖いと思っていた時期もあったけれど、こうして近くで見ると、全然そんなことなさそうだ。


「えへ、えへへ。そかぁ。おれ、すてき」

「うんうん。とっても素敵だよ。可愛いよ」


 俺は素敵な子。嬉しくて、えへへぇと身体を揺らしてしまう。
 リカルド様はそんな俺を見下ろして優しく微笑むと、俺をぎゅっと抱っこしながらクールに立ち上がった。


「さぁ、それじゃあ素敵な子を出口まで送ってあげようかな。どうやら死に物狂いで君を探している人間がいるようだからね」


 むん?と首を傾げる。死に物狂いで俺を探す人間とは……と考えて、ハッとした。
 そうだ!俺ってば、今かくれんぼの真っ最中なんだった!



「──ルカちゃぁぁーんッ!」



 その時、ちょうど箱庭の外から聞こえてきた大声にはわわっと肩を揺らす。
 い、いつの間にか探す側と隠れる側が逆転しちゃっているんだぞ……はわ、はわわ。


「ど、どーしよ。ちょーちょ追っかけて迷子になったって言ったら、おこられる……?」

「ふふっ。あいつはそんな事で怒らないから安心して。寧ろ『尊い!』とか言って気絶すると思うから。素直に伝えて大丈夫だよ」

「むん……そ、そか……」


 ぽんぽん、と頭を撫でられ小さく頷く。
 遠ざかる箱庭の風景を見つめて「ここ、また来ていーい?」と聞くと、リカルド様は「もちろん!」と言って優しく頬を緩めた。

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