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六章

閑話.たからもの(アロルド視点)

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※諸事情により今回は閑話となります
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 二人の息子がいる。
 長男は私の後継者に相応しい立派なマフィアとして育ってくれたが、次男の様子は中々にイレギュラーだった。

 憎い女が産んだ子だからと冷遇していた。そんな昔の己を、今は絞め殺したいほどに憎んでいる。
 一体どうすればあの天使を冷遇することができるのか。今となってはあの子への愛おしさが強すぎて、あの頃の愚かな己の心情を全く思い出せない。
 現在の私の日常は、あの子によって回っていると言っても過言ではない。

 今日も今日とて、血に塗れた鬱屈とした日々を、あの子によって光あるものに変える。
 朝目覚めた瞬間から、愛するルカを中心とした一日は既に始まっているのだ。


「……」


 まだ日が昇る前、酷い眉間の皺と微かな隈と共に目覚める。昔から変わらない目覚めだ。
 軽く支度を整えて寝室を出ると、静寂の広がる邸内に私の足音だけが僅かに響く。向かう先もこれまたいつもと変わらない。次男の寝室だ。

 音を立てずに扉を開き、中を覗く。ふむ、今朝もぐっすりと眠っているようだ。何より。
 そっと忍び込み、ベッドまで無言で近付く。するとこれまた普段通り、ベッドから落ちかけている次男を優しく抱き上げて真ん中まで運んだ。

 愛らしいルカは寝相が少々悪いのか、いつもありえない場所に転がっていることが多い。
 少し前、ベッドにルカが見つからないと焦った日、大きな枕の下に潜り込んでいるのを発見した時はなんとも言えなかった。ただ、なぜそうなったのか、心底不思議である。


「……ルカ、おはよう」


 むにゃむにゃと涎を垂らすルカの額に、口づけを落とす。
 これをしなければ、私の一日は快適に始まらない。眠って気が抜けているためか、日中よりもふにゃっと柔らかい頬をしばらく堪能して、ようやく朝のルーティンは終了だ。



 ***



 日中は機嫌が最低まで落ち切る時間帯だ。
 下らない喧嘩沙汰の報告に、周辺マフィアの抗争によって被害を受けた領地の修復、年頃のルカのもとへ舞い込む求婚状の焼却……苛立たしい執務が多過ぎて毎度吐き気がする。
 しばらくして執務に一段落つくと、空になったカップを下げつつ、側近のリノが待ちに待った言葉を語り掛けてきた。


「休憩がてら、ルカ坊ちゃまにお会いになられてはいかがですか?」


 リノは良くも悪くも冷徹な男だ。執務中の煩悩を絶対に許さない。
 私が少しでもルカのことで仕事の手を緩める度、ルカに会いに行こうと執務室を抜け出そうとする度、鬼のような満面の笑みで私の目的を潰しに来る。
 そのため、私は愛しのルカを解禁してもらうべく、執務を死に物狂いで終わらせるようになった。これはルカに出会ってから、最も大きな変化と呼べるかもしれない。


「うむ。部屋の整理は任せたぞ」


「御意」という返事を背後に執務室を出る。無表情で、だが速足で廊下を進む私を、すれ違う使用人たちはみな何事かと二度見した。

 向かう先は庭園。執務中、少し窓の外を覗いた時に見えたのだ。花と戯れる天使の姿が。
 決して足を止めることなく真っ直ぐ中庭へ向かうと、そこには先程チラリと見えた時と変わらない、花畑の中心に降臨した天使の姿があった。

 丸い頬をふくふくと俯かせながら、熱心に花と花とを繋ぎ合わせる愛らしい姿。何の迷いもなくスタスタと近付くと、足音に気が付いたらしい天使がきょとんと顔を上げた。
 その瞬間、無垢なその顔にふにゃあっと花が綻ぶような笑顔が浮かぶ。


「お父さまっ!」


 その瞬間、全ての穢れが浄化された。一日に数度訪れる、天使による浄化の瞬間である。
 嬉しそうにふにゃふにゃと笑うルカのもとへ歩み寄り、柔らかい髪を梳くようによしよしと撫でてやる。艶やかな髪に反射した光は、まるで天使の輪のようだ。


「何をして遊んでいたのだ、ルカ」


 ルカが慈しむ花を踏まないよう、細心の注意を払って膝をつく。
 以前、配慮もなく花を踏み潰して歩いた時、ルカに大号泣されたことがトラウマになって注意を払うようになった。あれは初めて銃弾を撃ち込まれた時以上のトラウマだ。

 しっかりと雑草の上に膝をつき、問い掛ける。するとルカは、持っていた花々の輪を掲げて楽しそうに答えた。


「花かんむり!いつもおつかれさまなお父さまに、ありがとーを伝えたくて作りました!」


 むへへ、と頬を緩めるルカ。無表情で見下ろしつつ、内心は祭り騒ぎ並みの騒々しさだった。
 今すぐにでも強く抱き締めて撫で回したい衝動をなんとか堪え、必死に冷静な表情を装って手を伸ばす。花冠を受け取ろうとしたのだが、なぜかルカは、それを持った手をひょいっと引っ込めた。

 ……?一体どうしたというのか。出来栄えが案外よかったために、人に差し出すのが惜しくなってしまったのか?
 ならば仕方ないか、と少し残念に思いながら手を下ろした直後、ふと頭にぽすっと何かをのせられた。


「……?」


 頭に手を伸ばす。少しでも力を入れれば、押し花の如く安易に潰れてしまいそうなこの感触は、まさか……。
 ハッと顔を上げると、そこには照れくさそうにもじもじと身体を揺らすルカの姿があった。


「むん……お父さまは、お金もちだから……宝石のかんむりのほうがいいかもだけど。ごめんなさい、おれは、お花のかんむりしか作れないんだぞ」

「──……」

「えへへ。でも、ちょっぴり、喜んでくれたら、うれしーなー、なんて」


 頬を緩めるルカ。あまりに愛おしいその姿を見て、柄にもなく涙が滲みそうになった。

 何を言うか。宝石など石ころ同然に見飽きたものだが、この花冠はどれほど美しい宝石にも劣らないほど希少な宝だ。
 何せこの宝は、腐るほどある金を以てしても手に入れることが出来ないのだから。

 かつて、これ以上に美しい宝石を、私は見たことがない。


「はわっ!お、おとしゃまっ?」


 衝動を堪えることができなかった。
 柔い身体をぎゅうっと抱き締めると、ルカはきょとんとしながらも私の背に腕を伸ばす。

 ぬくぬく、ぽかぽかだなーっと嬉しそうに語るルカを見下ろし、無意識に眦が緩んだ。


「ルカ、ルカ、ありがとう。とても、嬉しい」


 そう言ってふわりと微笑むと、ルカはぱっと花が咲くように、嬉しそうに笑った。

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