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五章
177.救出
しおりを挟む「ルカ!こっちへ!」
後頭部から血を流したチェレスが倒れ伏せたところで、ふと焦りの滲んだ声が響き渡った。
その声に、呆然としていた頭がハッと我に返り動き出す。ぐったりと倒れるチェレスの身体を押しのけてぽふぽふっとベッドの上を転がるように進んだ。
服を脱がされる時に幸運にも足首の拘束も外されていたので、そのままぽふっとベッドから下りる。
同時にシーツで全裸の身体をくるりと巻き付けられ、誰かにひょいっと抱き上げられた。
「助けが来ました、早く逃げましょう」
耳元でぽそっと囁かれ、そのセリフの意味を理解した途端ふっと身体から力が抜ける。
俺を抱っこしたその人に縋るように抱き着くと、彼も抱っこの力をぎゅうっと強めてくれた。
「はおらん、ありがと……」
チェレスを花瓶でぶん殴り、こうして俺のことを今抱っこしてくれているその人に掠れた声でお礼の言葉を呟く。すると彼は……ハオランは、ピクッと肩を揺らして一瞬俯いた。
「何を……礼を言われる資格などありません。全て終わったら、どんな糾弾も罰も甘んじて受け入れる覚悟です……」
どこか震えたその声と共に、ハオランは俺を抱えて勢いよく走り出した。
視界の端でチェレスがゆっくりと起き上がったところが見えた気がしたが、すぐにふいっと視線を逸らして見なかったフリをする。大丈夫、俺は何も見ていない、だいじょーぶ。
部屋を飛び出したハオランはなんの迷いもなく足を進めていて、それだけで、この場所には随分慣れているのだろうと悟った。
ここはやっぱりガースパレの所有する建物なのかな。そういえば、さっき言っていた助けって?ハオランはどうしてここに?なんて、怒涛の展開に追い付けず、大量の疑問がどんどん湧き上がる。
ひとまず今一番気になる『助け』についてを……と口を開きかけた瞬間、ふいに身体の内側から何かが跳ねて湧き上がるみたいに、鼓動がドクンッと大きく高鳴った。
「ッ!っは、はぁッ、はぁっ……!」
「なッ、ルカ……!?」
まただ。注射をぷつってされたすぐ後に感じたこの酷い熱。
全身が燃えるみたいに熱くなって、触れた箇所から火傷が広がるみたいにジンジンして、擽ったいのか何なのかで痙攣が止まらなくなるあの感覚。
シーツが擦れたところから、ハオランに触れられたところから、一気に熱が広がり全身に行き渡る。
身体をぐっと丸めて荒く呼吸すると、ハオランは何かを察したように息を呑み、顔を歪めた。
「まさか……!っ……大丈夫ですよルカ、すぐにロキ様と合流出来ますからね」
どうして急にロキの名前が出たんだ?と不思議に思ったけれど、言葉を自在に操れないほど力が抜けていたから、結局一言も発すことが出来なかった。
ものすごい速さで廊下を走り抜けるハオランにぎゅっと抱き着き目を瞑る。
視界に広がる景色が流れるだけで眩暈が酷くなりそうだから、目を開けるだけでも億劫だった。さっきよりもこの熱の酷さが悪化しているのが確かに分かる。
「もうすぐです、もうすぐですからね……」
頭を撫でる大きな手に少し癒されて、ほんのちょっぴりだけ瞼を上げてみた。
いつの間にか場所は見慣れないところに移り変わっていて、振り返ると、進行方向に玄関ロビーに続きそうな階段が見えた。
ハオランの言う通り、もうすぐという言葉に嘘はないらしい。
そこへ近付くほど何やら争うような騒音も大きくなっていって、一体この場所で今何が起こっているのかと怖くなる。
ハオランは階段の目前まで走ると、駆け降りるのではなく手摺を越えてそのままロビーへと飛び降りた。ただの熱血ゆるふわお兄さんかと思ったら、意外と運動神経がいいらしい。
「──ルカ!」
一階へと降り立った瞬間、聞き慣れた声が聞こえて思わず涙が滲んだ。
もはや自ら力をいれることも難しい身体を叱咤し、なんとかそろりと振り返る。俺の名前を叫んで駆け寄ってきてくれたのはロキだった。
純白の髪と、綺麗な赤い瞳。それを目にした途端、とてつもないほどの安堵がこみ上げた。
「ろ、きぃ……!」
ぶわぁっと涙が溢れて、号泣しながらロキに手を伸ばす。
シーツでぐるぐる巻きになった俺をハオランから奪い取るように抱き上げたロキは、全身真っ赤で震える俺を見下ろし、何故かとっても辛そうに顔を歪めた。
「遅くなってごめんね……もう大丈夫だからね……全員殺してやるから安心してね……」
なんだか発言の最後ら辺が急に物騒になった気がしたけれど、上手く聞き取れなかったので気のせいということにしておこう。
慣れた温もりに安堵してスリスリと頬擦りすると、ロキはふにゃっと微笑んで俺のほっぺを軽く撫でた。その瞬間、またもやビクッと身体が痙攣し始める。
それを見たロキが驚いたように手を離して「ルカちゃん……?」と呼びかけてきたけれど、こうして震えているうちは頭がぼやけるから何も返せない。
黙りこくりながらぷるぷる痙攣する頭上で、何やらハオランとロキがぽそぽそと会話をしているのが辛うじて聞こえた。
「……どういうこと?どうしてこんなに苦しそうなの?」
「申し訳ありません、どうやら即効性の媚薬を打たれたようで……」
「媚薬?まさか……犯されたの?」
「いえ!未遂で止めたのでそれはありません!ただ、使用された媚薬が恐らく違法性のある強力な薬ですので、症状は想定より重くなっているかと──」
なんだなんだ、俺をほっぽって、二人して一体何を話しているんだ?
こんなにふにゃふにゃになっているのにスルーか?スルーなのか?とちょっぴりムッとなって、ロキにむぎゅーっと強く抱き着いた。
更に身体が熱くなって痙攣も増すけれど……同時に、得体の知れない快感のようなものも増していくからやめられない。半ば身体を擦り付けるように抱き着くと、ロキはハッとしたように俺を見下ろした。
「ルカちゃん?ルカちゃん、大丈夫?」
「うぅーっ……」
どうしてか凶暴な感覚が湧き上がって、思わず目の前にあるロキの首にがぶっと齧りついてしまった。歯型が出来るくらいがぶがぶと食らいついてしまい、すぐにハっと我に返る。
「うぅッ、う……うぁ、っ、ごめ……ごめん、しゃっ……」
充血した肌を見てぷるぷると震える。
齧りついてしまったところをぺろっと舐めると、ロキが慰めるみたいに頭をよしよし撫でてくれた。
「大丈夫、いいんだよ。あむってしたら、苦しいのちょっとなくなる?」
「ぅ、うん……なくなる……」
「そっかそっか。それじゃ、あむってしていいよ。血が出ても痛くないから、大丈夫。あとで楽にしてあげるから、今だけ熱いの我慢ね」
優しい声音が緊張と硬直を解す。こくこくと頷くと、よくできましたとばかりに頭を撫で回された。
「よし、それじゃ俺はルカちゃんの熱を冷ましてあげないといけないから、この辺で帰るね。外でベルナルディの奴らがドンパチやってるから、君はそこで合流して、あと自分で何とかして」
「え、は、ロキ様……!?」
ふいに振動が強くなり、伏せていた顔をそろりと上げた。どうやらロキが突然走り出したらしい。
よく分からないけれど、ロキの表情にほんのちょっぴり焦りが見られるから、俺は黙って伏せていよう。
そう思い、上げた顔を再びロキの肩にぽすっと埋めた。時折首をがぶがぶと食らうのも忘れずに。
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