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五章
170.ロキともぐもぐ
しおりを挟む「我が家門の夜会にご参加いただきありがとうございます!」
そう言ってきっちり九十度の角度でお辞儀をしたのは、お久しぶりな気がするチャイナ服男子のハオランだ。
相変わらずこの人は熱血なんだか真面目なんだか分からない。日や時によってキャラというか人格が変わる上に、切り替えがそれはもうものすっごく早いから……。
今日は熱血さんの方なのかな?と思いつつぽけーっと挨拶の場を眺める。
何やら父やアンドレアがハオランと会話を始めた様子だ。俺も混じった方がいいのかなそわそわ……と忙しなく身体を揺らしていると、ふいにロキと繋いだ手にぎゅっと力が籠った。
ハッと我に返って見上げると、そこには優しさの滲んだ赤い瞳が弧を描いて俺を見つめていた。
「いこっかルカちゃん。さっさと入場済ませて、ルカちゃんの好きなお菓子食べよう」
「むっ!おかしっ!」
究極の誘い文句にぱあぁっと表情を輝かせる。
夜会のお菓子はどこに行っても大抵絶品だ。それが飲食系の商売もしているハオランが属するガースパレ家なら、尚更とてつもない極上スイーツと出会えるに違いない。
わくわくっと浮かれた空気を纏い始める俺に、ロキはふにゃっと微笑みながら語り掛けた。
「プリンあるといいね。クッキーとか、マドレーヌとかも」
「ぷりん、ぷりん。くっきー。まどれーぬっ」
具体的なお菓子の名前を出されて更に想像が膨らむ。
プリンにクッキーにマドレーヌにケーキに……それを全部ぱくっと食らっている光景を想像して、今からふへへと涎を垂らしてしまった。
***
よくある舞踏会などとは違い、夜会の挨拶回りというのは結構単純だ。
礼儀に重点を置いた仰々しいものでもないので、会場へ入る時もサラーッと流れるような感じだった。おかげでこうして、入場してすぐにお菓子をもぐもぐ食べることが出来ている。もぐもぐ。
「よかったねルカちゃん。プリンもクッキーも全部あったね」
甘いスイーツに食らいつく俺の隣で、ロキはというと一切飲み食いせずに俺の頭を撫でるだけだった。このご馳走の山を前にして涎すら垂らさないなんて……とちょっぴりドン引いてしまう。
もぐもぐしながら片手でクッキーを一つ差し出すと、ロキは嬉しそうにふにゃっと笑った。
「なぁに?あーんしてくれるの?」
「クッキーおいしいから、一個も食べないのは損だぞ。ロキもほれ、ひとつ食べてみろ」
屈んだロキの口元にクッキーをむぐむぐと押し付ける。
ロキはぱくっとクッキーを食らうと、どうだどうだっ?とワクワク期待を籠めた目を向ける俺に緩い笑みを向けた。
「ん、ふふ。おいしい。とっても美味しいね」
よしよし、と頭を撫でられながらぱあぁっと瞳を輝かせる。
こんなに胸がぽかぽかするのは、ロキと一緒に同じ感情を共有出来たからだ。それが『おいしい』って気持ちなら、尚更嬉しくてむふふと笑みが零れてしまう。
「えへへ、そか、そかぁ。よかったぞ」とゆるゆるに赤面した顔で言うと、ロキは堪え切れないとばかりに俺をむぎゅっと抱き締めた。
公衆の面前で恥ずかしいぞっ!と抵抗したことですぐに解放されたからよかったけれど……周りの視線を集めてしまったことには変わりないので、更にほっぺが真っ赤になってしまった。
「む、むん、むぅ……急にぎゅーはやめろって、いつも言ってるのにぃ」
「ごめんねルカちゃん。分かってはいるんだけど、どうしても堪え切れなくて」
いつもその言い訳ばっかり!とぷんすかする俺をなでなでするロキ。ロキってば俺のこと、なでなですれば簡単に許すようなチョロい奴だとか思っているんじゃないか?
撫でられたってこのぷんすか!は簡単には収まらないんだぞ、とムッキーしていたが、やがてほっぺを捏ねるようにムニュムニュされて力が抜けた。ほっぺむにゅむにゅはズルいんだぞ……。
ふにゃあっとなる俺を抱っこしたロキがスタスタと歩き出す。
ぐったりする俺をなんだなんだどうしたどうしたと遠巻きに見つめてくる外野を見渡し、ロキはわざとらしく大きな声で呟いた。
「おっと、ルカちゃんってば人酔いしちゃったみたいだね。少し風に当たって休もうか」
そう言ってロキがバルコニーに向かうと、途端に人並みが道を作るみたいにザァーッと退いた。
正直とっくにふにゃふにゃな感覚は解けていたから普通に歩けるのだが、こうなってしまっては大勢の視線を浴びることの方が辛いのでそのままロキにしがみつくことに。
バルコニーに出てすぐに抱っこからぴょんっと抜け出し、しゅぴっと振り返ってロキを睨み付けた。
「もう、もうっ、ロキのばかばかっ!もっとプリンもクッキーもたくさん食べたかったのにぃ!」
ていやっと襲い掛かってロキをぽかぽかぶん殴る。
ロキはごめんごめんと甘んじて俺のパンチを受け入れているけれど、浮かぶ表情はニコニコ笑顔だから救いようがない。本当に反省しているのだろうか。
ふんすふんすとほっぺぷくーする俺を撫で回し、なんとか機嫌を取ろうとするロキをチラリと見上げる。むーん、まぁ反省はしているようだし、ここらでぷんすかを収めてやってもいいかな。ふん。
「あとでプリンとクッキー、もっかい食べにいくぞ。いいな、わかったなっ!」
「はい!分かりましたっ!」
ピシッと敬礼するロキにうむうむと頷く。それならもういい、許してやろうぞ。
ふんすな勢いを収めた俺を見下ろし、ロキがほっとしたように息を吐く。
油断も隙もなく俺をなでなでしようとしてくる手がスルッと逃れ、とてとてっと柵の近くに走り寄った。せっかくバルコニーに出たわけだし、色々と落ち着くまでお花鑑賞でもしようかね。
「ルカちゃん、ルカちゃん、まだ怒ってる……?怒ってなかったら、こっち見てほしいなー……」
「おれはいまお花を見てるんだ。忙しいからむり」
「ルカちゃーんっ」
柵をぴとっと両手で掴み、下に広がる庭園を見下ろす。
ヴァレンティノ家のバルコニーから見える薔薇園や、ベルナルディ家の色とりどりな庭園と比べるとちょっぴり素朴だけれど……ガースパレ家の夫人が異国出身だからだろうか。あまり見ない花々が多くてとっても素敵だ。
小川を横切るちっちゃな橋も、西洋風というよりは木造りの赤色をしているし……前世の感覚を思い出したら、正直ガースパレ家の庭園が一番懐かしさを感じるかも。
「……何だか、やけに熱心に眺めているね。そんなにここの庭園が気に入った?」
庭園をじーっと眺めていると、ふいに背後から不貞腐れた声が聞こえて振り向いた。
案の定そこにはほっぺを膨らませたロキの姿が。ロキはガースパレ家の庭園を親の仇を見るみたいに睨み付けると、ボソッと物騒なことを呟いた。
「ここは燃やして、同じような庭をうちの邸に作ろうかな。そうすればルカちゃんのキラキラした視線を独占できるはず」
「むぅっ!?だめに決まってるぞおばかっ!」
何を言うとるんじゃおばかっとお説教しながら、柵から離れてロキをぺちっとぶん殴る。
すると直後にむぎゅっと捕獲され、しまった!と自分のポカを恨んだ。ロキの誘導にまんまと乗ってしまった……。
「むぅ……」
「んふふ、チョロかわルカちゃんゲットー」
「ちょろい言うなっ!むぅーっ」
ぷりぷりおこ!な俺を撫で回して頬擦りしまくって堪能しまくるロキ。
何がそんなに楽しいんだ……と揉みくちゃにされながら、とっても楽しそうにうふふあははと俺をむぎゅむぎゅするロキを見上げる。
鬼の形相をしたアンドレアがロキを襲撃しにくるまで、むぎゅむぎゅ攻撃が止むことはなかった。
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