上 下
172 / 240
五章

170.ロキともぐもぐ

しおりを挟む
 

「我が家門の夜会にご参加いただきありがとうございます!」


 そう言ってきっちり九十度の角度でお辞儀をしたのは、お久しぶりな気がするチャイナ服男子のハオランだ。
 相変わらずこの人は熱血なんだか真面目なんだか分からない。日や時によってキャラというか人格が変わる上に、切り替えがそれはもうものすっごく早いから……。

 今日は熱血さんの方なのかな?と思いつつぽけーっと挨拶の場を眺める。
 何やら父やアンドレアがハオランと会話を始めた様子だ。俺も混じった方がいいのかなそわそわ……と忙しなく身体を揺らしていると、ふいにロキと繋いだ手にぎゅっと力が籠った。
 ハッと我に返って見上げると、そこには優しさの滲んだ赤い瞳が弧を描いて俺を見つめていた。


「いこっかルカちゃん。さっさと入場済ませて、ルカちゃんの好きなお菓子食べよう」

「むっ!おかしっ!」


 究極の誘い文句にぱあぁっと表情を輝かせる。
 夜会のお菓子はどこに行っても大抵絶品だ。それが飲食系の商売もしているハオランが属するガースパレ家なら、尚更とてつもない極上スイーツと出会えるに違いない。
 わくわくっと浮かれた空気を纏い始める俺に、ロキはふにゃっと微笑みながら語り掛けた。


「プリンあるといいね。クッキーとか、マドレーヌとかも」

「ぷりん、ぷりん。くっきー。まどれーぬっ」


 具体的なお菓子の名前を出されて更に想像が膨らむ。
 プリンにクッキーにマドレーヌにケーキに……それを全部ぱくっと食らっている光景を想像して、今からふへへと涎を垂らしてしまった。



 ***



 よくある舞踏会などとは違い、夜会の挨拶回りというのは結構単純だ。
 礼儀に重点を置いた仰々しいものでもないので、会場へ入る時もサラーッと流れるような感じだった。おかげでこうして、入場してすぐにお菓子をもぐもぐ食べることが出来ている。もぐもぐ。


「よかったねルカちゃん。プリンもクッキーも全部あったね」


 甘いスイーツに食らいつく俺の隣で、ロキはというと一切飲み食いせずに俺の頭を撫でるだけだった。このご馳走の山を前にして涎すら垂らさないなんて……とちょっぴりドン引いてしまう。
 もぐもぐしながら片手でクッキーを一つ差し出すと、ロキは嬉しそうにふにゃっと笑った。


「なぁに?あーんしてくれるの?」

「クッキーおいしいから、一個も食べないのは損だぞ。ロキもほれ、ひとつ食べてみろ」


 屈んだロキの口元にクッキーをむぐむぐと押し付ける。
 ロキはぱくっとクッキーを食らうと、どうだどうだっ?とワクワク期待を籠めた目を向ける俺に緩い笑みを向けた。


「ん、ふふ。おいしい。とっても美味しいね」


 よしよし、と頭を撫でられながらぱあぁっと瞳を輝かせる。
 こんなに胸がぽかぽかするのは、ロキと一緒に同じ感情を共有出来たからだ。それが『おいしい』って気持ちなら、尚更嬉しくてむふふと笑みが零れてしまう。
「えへへ、そか、そかぁ。よかったぞ」とゆるゆるに赤面した顔で言うと、ロキは堪え切れないとばかりに俺をむぎゅっと抱き締めた。

 公衆の面前で恥ずかしいぞっ!と抵抗したことですぐに解放されたからよかったけれど……周りの視線を集めてしまったことには変わりないので、更にほっぺが真っ赤になってしまった。


「む、むん、むぅ……急にぎゅーはやめろって、いつも言ってるのにぃ」

「ごめんねルカちゃん。分かってはいるんだけど、どうしても堪え切れなくて」


 いつもその言い訳ばっかり!とぷんすかする俺をなでなでするロキ。ロキってば俺のこと、なでなですれば簡単に許すようなチョロい奴だとか思っているんじゃないか?
 撫でられたってこのぷんすか!は簡単には収まらないんだぞ、とムッキーしていたが、やがてほっぺを捏ねるようにムニュムニュされて力が抜けた。ほっぺむにゅむにゅはズルいんだぞ……。

 ふにゃあっとなる俺を抱っこしたロキがスタスタと歩き出す。
 ぐったりする俺をなんだなんだどうしたどうしたと遠巻きに見つめてくる外野を見渡し、ロキはわざとらしく大きな声で呟いた。


「おっと、ルカちゃんってば人酔いしちゃったみたいだね。少し風に当たって休もうか」


 そう言ってロキがバルコニーに向かうと、途端に人並みが道を作るみたいにザァーッと退いた。
 正直とっくにふにゃふにゃな感覚は解けていたから普通に歩けるのだが、こうなってしまっては大勢の視線を浴びることの方が辛いのでそのままロキにしがみつくことに。

 バルコニーに出てすぐに抱っこからぴょんっと抜け出し、しゅぴっと振り返ってロキを睨み付けた。


「もう、もうっ、ロキのばかばかっ!もっとプリンもクッキーもたくさん食べたかったのにぃ!」


 ていやっと襲い掛かってロキをぽかぽかぶん殴る。
 ロキはごめんごめんと甘んじて俺のパンチを受け入れているけれど、浮かぶ表情はニコニコ笑顔だから救いようがない。本当に反省しているのだろうか。

 ふんすふんすとほっぺぷくーする俺を撫で回し、なんとか機嫌を取ろうとするロキをチラリと見上げる。むーん、まぁ反省はしているようだし、ここらでぷんすかを収めてやってもいいかな。ふん。


「あとでプリンとクッキー、もっかい食べにいくぞ。いいな、わかったなっ!」

「はい!分かりましたっ!」


 ピシッと敬礼するロキにうむうむと頷く。それならもういい、許してやろうぞ。

 ふんすな勢いを収めた俺を見下ろし、ロキがほっとしたように息を吐く。
 油断も隙もなく俺をなでなでしようとしてくる手がスルッと逃れ、とてとてっと柵の近くに走り寄った。せっかくバルコニーに出たわけだし、色々と落ち着くまでお花鑑賞でもしようかね。


「ルカちゃん、ルカちゃん、まだ怒ってる……?怒ってなかったら、こっち見てほしいなー……」

「おれはいまお花を見てるんだ。忙しいからむり」

「ルカちゃーんっ」


 柵をぴとっと両手で掴み、下に広がる庭園を見下ろす。
 ヴァレンティノ家のバルコニーから見える薔薇園や、ベルナルディ家の色とりどりな庭園と比べるとちょっぴり素朴だけれど……ガースパレ家の夫人が異国出身だからだろうか。あまり見ない花々が多くてとっても素敵だ。

 小川を横切るちっちゃな橋も、西洋風というよりは木造りの赤色をしているし……前世の感覚を思い出したら、正直ガースパレ家の庭園が一番懐かしさを感じるかも。


「……何だか、やけに熱心に眺めているね。そんなにここの庭園が気に入った?」


 庭園をじーっと眺めていると、ふいに背後から不貞腐れた声が聞こえて振り向いた。
 案の定そこにはほっぺを膨らませたロキの姿が。ロキはガースパレ家の庭園を親の仇を見るみたいに睨み付けると、ボソッと物騒なことを呟いた。


「ここは燃やして、同じような庭をうちの邸に作ろうかな。そうすればルカちゃんのキラキラした視線を独占できるはず」

「むぅっ!?だめに決まってるぞおばかっ!」


 何を言うとるんじゃおばかっとお説教しながら、柵から離れてロキをぺちっとぶん殴る。
 すると直後にむぎゅっと捕獲され、しまった!と自分のポカを恨んだ。ロキの誘導にまんまと乗ってしまった……。


「むぅ……」

「んふふ、チョロかわルカちゃんゲットー」

「ちょろい言うなっ!むぅーっ」


 ぷりぷりおこ!な俺を撫で回して頬擦りしまくって堪能しまくるロキ。
 何がそんなに楽しいんだ……と揉みくちゃにされながら、とっても楽しそうにうふふあははと俺をむぎゅむぎゅするロキを見上げる。

 鬼の形相をしたアンドレアがロキを襲撃しにくるまで、むぎゅむぎゅ攻撃が止むことはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと

糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。 前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!? 「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」 激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。 注※微エロ、エロエロ ・初めはそんなエロくないです。 ・初心者注意 ・ちょいちょい細かな訂正入ります。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

お助けキャラに転生したのに主人公に嫌われているのはなんで!?

菟圃(うさぎはたけ)
BL
事故で死んで気がつけば俺はよく遊んでいた18禁BLゲームのお助けキャラに転生していた! 主人公の幼馴染で主人公に必要なものがあればお助けアイテムをくれたり、テストの範囲を教えてくれたりする何でも屋みたいなお助けキャラだ。 お助けキャラだから最後までストーリーを楽しめると思っていたのに…。 優しい主人公が悪役みたいになっていたり!? なんでみんなストーリー通りに動いてくれないの!? 残酷な描写や、無理矢理の表現があります。 苦手な方はご注意ください。 偶に寝ぼけて2話同じ時間帯に投稿してる時があります。 その時は寝惚けてるんだと思って生暖かく見守ってください…

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】猫さんはアイを求めています

ねぎ塩
BL
気がついたら異世界にいた。 ここはどこか、どうやって来たか、何を考える暇もなく俺は麗しき銀色の猫と出会った。  「おいあんた死ぬぞ!」  「・・・え?」  「いいから走れ!死にたいならここじゃないどっかで死ね!」 いやいや口わっる。 日本からやってきた大学生×見た目は天使、口調は不良な銀色獣人の克服ばなし。 2021.5.18【完結しました】

俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ
BL
【女神の愛の呪い】  この世界の根源となる物語の悪役を割り当てられたエドワードに、女神が与えた独自スキル。  鍛錬を怠らなければ人類最強になれる剣術・魔法の才、運命を改変するにあたって優位になりそうな前世の記憶を思い出すことができる能力が、生まれながらに備わっている。(ただし前世の記憶をどこまで思い出せるかは、女神の判断による)  しかし、どれほど強くなっても、どれだけ前世の記憶を駆使しても、アストルディア・セネバを倒すことはできない。  性別・種族を問わず孕ませられるが故に、獣人が人間から忌み嫌われている世界。  獣人国セネーバとの国境に位置する辺境伯領嫡男エドワードは、八歳のある日、自分が生きる世界が近親相姦好き暗黒腐女子の前世妹が書いたBL小説の世界だと思い出す。  このままでは自分は戦争に敗れて[回避したい未来その①]性奴隷化後に闇堕ち[回避したい未来その②]、実子の主人公(受け)に性的虐待を加えて暗殺者として育てた末[回避したい未来その③]、かつての友でもある獣人王アストルディア(攻)に殺される[回避したい未来その④]虐待悪役親父と化してしまう……!  悲惨な未来を回避しようと、なぜか備わっている【女神の愛の呪い】スキルを駆使して戦争回避のために奔走した結果、受けが生まれる前に原作攻め様の番になる話。 ※悪役転生 男性妊娠 獣人 幼少期からの領政チートが書きたくて始めた話 ※近親相姦は原作のみで本編には回避要素としてしか出てきません(ブラコンはいる) 

貞操観念のぶっ壊れた異世界で、男娼の俺が純愛を目指すのは無謀だろうか

BL
男子大学生のハルトが転移した異世界は誰とでもセックスするのが当たり前という貞操観念がぶっ壊れた世界だった。ハルトは番だと言う侯爵ヴァルターに出会い心を通わせるも、異世界の価値観に馴染めずヴァルターの元を去り紆余曲折を経て男娼となる。二人の常連客に翻弄されながらもヴァルターへの想いが忘れられず、純愛を心に抱いて異世界の価値観に孤独を覚えながら日々を送るハルトの顛末。(それほどシリアスはなく、さくさく進みます) エロの習作として書いてみました。最初から致してますし、予告なくそういうシーンが入ります。ご注意ください。 主人公総受け総愛されで、複数人と致してますが、最後は一応一人とくっつきます。 男性同士の結婚も普通に存在します。また、直接的な描写はないですが、番においては男体妊娠もできる世界です。 全18話。その後のんびり番外編とかを書いていくかもしれません。 ※番外編では主人公の妊娠・出産に関する直接的な描写があります。苦手な方はご注意ください。

【完結】王子の婚約者をやめて厄介者同士で婚約するんで、そっちはそっちでやってくれ

天冨七緒
BL
頭に強い衝撃を受けた瞬間、前世の記憶が甦ったのか転生したのか今現在異世界にいる。 俺が王子の婚約者? 隣に他の男の肩を抱きながら宣言されても、俺お前の事覚えてねぇし。 てか、俺よりデカイ男抱く気はねぇし抱かれるなんて考えたことねぇから。 婚約は解消の方向で。 あっ、好みの奴みぃっけた。 えっ?俺とは犬猿の仲? そんなもんは過去の話だろ? 俺と王子の仲の悪さに付け入って、王子の婚約者の座を狙ってた? あんな浮気野郎はほっといて俺にしろよ。 BL大賞に応募したく急いでしまった為に荒い部分がありますが、ちょこちょこ直しながら公開していきます。 そういうシーンも早い段階でありますのでご注意ください。 同時に「王子を追いかけていた人に転生?ごめんなさい僕は違う人が気になってます」も公開してます、そちらもよろしくお願いします。

処理中です...