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五章

165.夜会のパートナー

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 まるで、夜空をそのまま詰め込んだかのような夜会服だった。

 ほんのり紫がかった黒のブラウスと、漆黒のジャケット。ジャケットには淡く星みたいなラメが散らされていて、よくよく見れば、それはどうやら目視するのも難しい宝石のようだった。
 釦は全てが貝殻で出来ていて、天の川みたいな自然なマーブル色になっている。
 ハーフパンツはジャケットと同じ生地、靴もピカピカに磨かれた黒色で、どこまでも拘って作られたのが分かる夜会服になっていた。

 これを、父が俺のために用意してくれた?
 ジャックの背からそろりそろりと身体を覗かせ、ゆっくりとトルソーの前まで進む。
 何やら胡散臭い笑顔をやめて穏やかな笑みを浮かべているリノからはふんっと目を逸らし、芸術品みたいな服をじーっと見つめた。


「……お父さまがおれのために?」

「えぇ。そうですよ」

「……それって、つまり」


 期待の籠った瞳をチラッと向けると、リノは明確に頷くことはせずとも、深く微笑んで眦を緩めた。
 その反応を見てぱぁっと表情を輝かせる。やっぱりそうなのか、と嬉しくなって、俺はもう一度夜会服をじーっと見上げた。父が俺のために作ってくれた、世界に一着しかない特別な正装を。


「おとうさま……」


 柔らかな極上の生地に触れながらふにゃあと頬を緩める。
 父は良くも悪くもお堅い人だから、一度だめだと言ったらその意見を変えることは滅多にない。だから、こうして遠回しだけれど、その意見を覆すような行動をしてくるなんて予想外だった。

 この無言の贈り物はつまり、俺が夜会に参加することを全面的に認めたってことだ。
 こんなに素敵な衣装まで贈ってくれるなんて。とっても嬉しいけど……これだけの贈り物があるのなら、父の手からもらいたかったなぁ……。
 無言でこういうことをしてくるのは、父らしいといえばらしいかもだけど。

 おバカだの何だのと言っちゃって以来ギクシャクしているし、このまま服だけ受け取るというのはちょっぴりモヤモヤが募る。


「リノ!お父さま、どこにいるっ?」


 視線をパッとリノに向けて尋ねると、まるでそう問われることを察していたみたいな笑みが返ってきて、思わずむぅっとなった。


「執務室にて坊ちゃまをお待ちです」


 お待ちです、というその言葉だけで、リノだけじゃなく父にも俺の行動を予測されていたのだと気付いて更にぷくっと不貞腐れた顔を浮かべてしまった。
 とは言え、父に俺の動きを見透かされるなんてよくあることだ。すぐに立ち直ってとたとたーっと駆け出し、リノの横をスンッと通り過ぎた。


「お父さまに会いにいくからっ、リノはお洋服きちんと守ってるんだぞっ!」


 御意、とお馴染みの返事を受け取り、ふふんと頬を緩ませながら今度こそ部屋を飛び出した。
 その直前、背後からジャックの「僕もついてくぅ!置いてかないでご主人様ぁ!」という駄々っ子みたいな声が届いたけれど、構わずとてとてっと走り去った。
 子供みたいなジャックを置いていくのはちょっぴり心配だけれど、子守り役が得意そうなリノがいるから大丈夫だろう。きっと良い遊び相手になってくれるはずだ。うむうむ。



 ***



「おとしゃまっ!」と荒い息を吐きながら駆け込んだ執務室には先客がいた。
 何やら机に顔を伏せてズーン……とどんよりオーラを纏う父の他に、それを呆れの滲んだ目で見下ろしたアンドレアが佇んでいたのだ。
 どうしてアンドレアもいるんだ?とぱちくり瞬きながら、駆け込んだ時の勢いをしおしお……と萎めて静かに近付く。

 こちらを振り返ったアンドレアにひょいっと手を振りながら、父のもとにとてとてと歩み寄った。


「お、おとしゃま……おとうさま?」


 俺が来たことに気付いていないのかな、としょんぼり眉尻を下げつつ再び声を掛けると、その瞬間父が光の速さでシュパッと飛び起きた。
 それに思わず「うおぉっ」とびっくらこいた声を上げる。めちゃビビったぞ。


「ル、ルカ……?ルカなのか……?」


 有り得ないものを見るような目を向けてくる父の顔は、なぜかゾンビみたいにやつれていた。
 酷い隈や青白い肌、ストレスのせいと思われるパサパサの髪とか色々。全体的にシュン……って感じになっちゃっている父を見てあんぐりと間抜けな表情を晒してしまった。

 そ、そんな、まるで生き別れの子供にでも会ったみたいな大袈裟な反応はなんなんだ……。


「あぁルカ……!ルカが私に会いに来てくれた……!」


 感動映画のクライマックスみたいにガタッと立ち上がった父が、きょとんとする俺を捕まえてむぎゅーっと抱き締める。ちょ、ちょっぴり苦しいぞ……。

 むぐぅっと抱っこから顔を出し息を整えたところで、ふいに視線に気が付いて「む?」と首を傾げた。視線の元を辿ってピタッと硬直する。
 こちらをじーっと見つめていたのはアンドレアだった。さっきまでの呆れの色はなくなり、今度は父のことを羨ましそうにジトッと睨んでいる。

 そういえばアンドレアはどうしてここにいるんだっけ?と考えたと同時に、ちょうどアンドレアがスタスタと近付いてきた。


「……父上。先程の話の許可を頂きたいのですが」


 ちょっぴり拗ねた様子で語られたそれにナヌッと瞬く。
 俺ってば、もしかして先客であるアンドレアの前に割って入っちゃったのか……!?とガクガクブルブル。慌てて父の抱っこから抜け出そうとするが、その前に父が淡々と振り向いて答えた。
 つい数秒前まで情けない感じの雰囲気だったのに、相変わらず切り替えが早い人だなぁ……。


「その話は既に終わったはずだが。ルカのパートナーは私だ」

「……むん?」

「ですから、夜会では親が子のパートナーになることはタブーだと言ったでしょう。父上の代わりに俺がルカのパートナーになると言っているのです。さっさと許可をください」

「むぅ……?」

「くどい。許可しないと言っている。暗黙の了解が何だ。私が良いと言えば良いのだ」


 何やら俺様対決みたいな親子喧嘩をしている二人の間で、俺だけバカみたいにむぅむぅ?と困惑の声を上げる。

 二人が睨み合う中、ぐぬぅっとこの状況について考え、やがて理解してハッと息を呑んだ。
 なるほどなるほど。二人は今、夜会での俺のパートナーの座を巡る言い争いをしているのか。
 確かに一人で入場するのって嫌だよね。三人だから誰か一人は絶対ハブられちゃうし……と嫌な想像をしながら、ふと今までの夜会の記憶を思い返して首を傾げた。


「あのぅ、でも今までは、みんなでおててつないで行った気がするぞ……?」


 ちょいっと手を挙げて呟くと、二人は睨み合いをやめて俺に視線を向けた。
 ぱちくりと瞬く俺を見てスゥッと瞳を細めた二人が、何やら猫可愛がりするみたいに俺の頭をよしよしと撫で始める。なんだなんだ、急になんなのだ、ふんすふんす。


「……今回の夜会は通常のものとは異なる。だからこそ、父上はお前の参加を渋っていたんだ」

「む?いままでと、ちがう?」


 アンドレアの発言にどういうこっちゃ、と眉を寄せる。
 むぅっと唇を尖らせる俺をなでなでしながら、今度は父が“通常とは異なる夜会”について答えてくれた。


「ルカが普段参加しているような談笑の場ではなく、“深い交流”を求める場が今回の夜会なのだ」

「ほほう、ふむふむ。むーん……つまり、どゆこと?」

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