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五章
140.ロキ、恋人疑惑?
しおりを挟むファッションショーかな?と思うくらいの試着を終えた時には、もう身体はヘトヘトだった。
アンドレアが審査員になって購入する服を決めてくれたが、結局八割くらいはそのまま買うことになった。残りの二割は『露出が多い』という理由で脱落……うむ、実にアンドレアらしい。
アンドレアは俺が露出の多い服を着ることを昔から嫌がるから素直に納得だ。まぁ俺も寒い日にペラペラの服を着るのはちょっとアレだし、アンドレアの審査に文句はないけども。
「お兄さま!見てください、もこもこですっ!」
「あぁ、もこもこだな。これは分厚いから、雪が降ってから着ような」
「むん……はい、そうします……」
もっこもこのコートを着てくるりと回ると、アンドレアは眩しいものを見るみたいに目を細めた。
すごくクールなコートだから、正直言って今すぐこれで街を歩きたいけれど……仕方ない。確かに今着るにはちょっぴり暑すぎるものね。
素直にコートを脱いで包装してもらい、最初の恰好に戻ってとことことアンドレアのもとへ。
アンドレアは俺の頭をぽんと撫でると、ふいにぱちくりと瞬いた。
「汗を掻いているな、何度も着替えて身体が火照ってしまったか」
そう言って俺の額にぴとっと貼りついた前髪を撫でる。
おっきな手くすぐったいなーと思いながら目を細めると、アンドレアはなぜかふわっと優しく微笑んだ。特におかしなことはなかったと思うけれど……どうして突然ニコニコに?
きょとんとしていると、やがて店の奥から店員さんが駆け寄ってきた。腕にオシャンティーな恰好をしたサメさんを抱いて。
「はっ!サメさんっ!お兄さま、サメさんが戻ってきました!」
ぴょんぴょん跳ねて手を伸ばす。
笑顔の店員さんから「お待たせしました、サメさまのおめかしが終わりましたよ」と手渡されたサメさんをぎゅっと抱き締めて覗き込んだ。
「かっ、かわいい!サメさんってば、とってもかわいいぞ!きゅーとだぞ!」
くるりとケープを巻き、ヒレの部分にぴったりハマる手袋をつけたサメさん。
冬仕様のとってもキュートなサメさんに、俺は思わずデレデレと頬擦りしてしまった。
いつものサメさんもクールでかっちょいいけれど、もこもこに包まれたサメさんはキュートで最高だ。控えめなレースのついた白いケープが、サメさんの青い身体に映えてとってもすてき。
「ありあとっ!ありがとうごじゃいますっ!サメさんかわいくしてくれて、ありがとっ!」
えへへっと飛び跳ねながらお礼を言うと、店員さん達は全員にへらぁっと嬉しそうに笑って頷いた。
他にもいくつかのサメさん用ケープやコートを包装してもらい、サメさんの冬服も無事ゲット。ルンルン気分でアンドレアと手を繋ぎ、店員さんに「ありあとー」とお礼を言って店を出た。
「えへへ、えへへ。サメさんかわいい、かわいーぞっ」
「……あぁ、可愛いな。すごく可愛い」
「ふふんっ、そうだろー。かわいーだろー」
おしゃれなサメさんをもふもふっと抱き締めながら、アンドレアとにぎにぎ手を繋いで街を歩く。
流石のアンドレアもサメさんのキュートさを前にすると感情を取り戻せるのか、無表情をふにゃんと緩めていた。えっへん、アンドレアの心をも溶かすサメさんキュートすぎるぜ。
「かわいいサメさん、ロキにも見せたいぞ。きっとかわいーって、言ってくれるんだぞっ」
サメさんをドヤァと自慢した時の、ロキの『ほんとだ!すごく可愛いね!』という褒め言葉がありありと想像できて口角が上がる。
ロキは褒め上手だからなぁ。サメさんも手放しの褒め言葉をもらったらきっと嬉しいはず……なんてにこにこしながら考えていると、ふいに真面目な顔をしたアンドレアが呟いた。
「……ルカ。ルカはまさか、クソ野郎……ロキのことが好きなのか?」
「ほぇっ?」
突然の衝撃発言にピタッと立ち止まる。な、なんだって?いまなんていった?
お、俺がロキのことす、すきかだって!?急に何を言うんだ。確かにロキのことは友達として大好きだけどやましい意味は全然なんにも一つだってないじょごにょごにょ……。
真っ赤な顔でブツブツと否定の言葉を吐く俺を見下ろし、アンドレアがへにゃんと眉を下げて微笑む。なんだか寂しそうな表情だ。
「最近、ロキのことばかり気にしているだろ。今もそうだ。ロキに会いたいって、そればかりだろ。てっきり好意を抱いているのかと思ったが」
「こっ、ここ、こーいって……!いやっ、おれはべつにそんなんじゃっ……!」
とんでもないことを言われてあわわっと瞳を揺らす。
アンドレアってば急にどうしたんだ。まるで俺がロキに好意を抱いていると確信しているみたいな……アンドレアにしては珍しい圧を感じて思わず縮こまる。
寂しげな、複雑そうな顔をするアンドレアを見てうぅむ……と悩むこと数秒。やがてハッと息を呑み、サーッと青褪めた。
──ま、まさかアンドレアってば、やっぱりロキのことが……!
「いつもクソ野郎のことばかり。ルカが奪われそうで最近は夜も眠れない。あのクソ野郎、もう殺して構わないと思うのだがどうだ」
アッ、じぇんじぇんそういうわけじゃなさそうだぞ……。
「それはだめだとおもうじょ……」と震えながら返しつつ、心なしか一緒にぷるぷるしているように見えるサメさんをぎゅっと抱き締める。
とりあえず、アンドレアがロキに微塵の恋愛感情も抱いていないことだけは理解できた。この心の底から忌々しいとばかりに歪んだ表情を見れば流石に察する……。
なんて考えてほっと息を吐いた瞬間、ふいにアレ?と瞬いた。
俺、今なんでほっとしたんだ……?アンドレアが恋心を抱いていないって、その思考にほっとするところなんて何も……。
「っ……!ち、ちがあぁうっ!」
「ルカ!?どうした、どこか痛いのか……っ?」
なにか、なにかとんでもないことを自覚しそうになった気がして思わず叫び声を上げてしまった。
ちがうぞ、これは違う……そう、なんかとにかく、ちがうのだっ!
ロキは大切なお友達で、アンドレアは大好きなお兄様で、二人は仲良しな腐れ縁で、俺はそんな二人をほのぼの見守る元モブ悪役次男でしかないのだ!
ただでさえ今はまだ原作の本編にあたる時間軸……これ以上相関図をごちゃごちゃにしたり、ストーリーをぐちゃぐちゃにしては本当に大変なことになってしまう。
原作で読んだ覚えのない黒幕まで登場してしまっているのだから、今は下手な動きをしないこと。そう、しちゃいけないのだ。しちゃいけないっ!
「お兄さまっ!おれはお兄さまもロキも大好きですっ!おんなじくらい、だーいすきですっ!」
「あ、あぁ……そうか……?」
「そーでしゅっ!大好きなだけですっ!それだけなんですっ!」
むんっ!と言い切ってゼェゼェ息を吐く。はふぅ、よし、言い聞かせヨシッだぞ。
額の汗を拭って息切れを整える俺を、アンドレアがちょっぴり困惑したような顔で見下ろす。しょん……と下がった眉が戸惑いを盛大に表していて少し申し訳なくなった。暴走してごめんよ……。
アンドレアの困惑顔を見たおかげか、スンッと落ち着きが戻ってきて冷静になる。
やめよう。今日はとにかくロキのことは考えず、というか忘れて、アンドレアと楽しい一日を過ごすのだ。そうと決まれば今度はカフェにでも……なんて。
たった今、まさに切り替えようとしたその時。俺は絶望的なタイミングの遭遇を果たしてしまった。
「──……ロキ?」
大通りを挟んで向かい側に見えた綺麗な純白。雪みたいに儚い印象の髪が見えて息を呑んだ。
ぽつりと零した呟きに反応してアンドレアも振り返る。
いつもなら迷わず名前を呼んだり手を振ったりしているところだが、今回はそれが出来なかった。
なぜなら、いつもは見慣れた構成員や側近を連れて歩いているロキが、今日は全く見覚えのない女性を連れていたから。
「だ、だれだよぅ……ロキのおばか……なにしてるんだよぅ……」
思わずサメさんを抱く腕に力を籠る。
いやっ、これは別にそういう類のアレじゃないぞ。そう、ただ困惑しているだけだ。困惑でぷるぷる震えちゃっているだけなのだ。
決してロキの隣に立つ超絶美形のお姉さんにムッキーッ!となっているわけじゃない。そう、そういうわけじゃないのだ。うむ、うむ。
「ル、ルカ……泣いているのか……?」
アンドレアの声が聞こえてハッと我に返る。
ぎゅぎゅっと潰す勢いで抱き締めてしまっていたサメさんにごめんなさいをしつつ、聞こえたセリフにはて?と首を傾げた。アンドレアってば、今なんて……?
視線を上げた先。アンドレアの表情に更に焦燥が滲む。
じっと見つめて気が付いた。アンドレアの瞳に映った俺は、なぜかぽろぽろと涙を流していたのだ。
「ちがう……な、ないてなんか、ないじょ……」
そうだ、どうして泣く必要がある?ただお友達の“デート現場”を目撃しちゃっただけなのに。
そう、そう思うのに、どうして……どうして涙が止まらないんだ。ぷるぷる震えて、顔も真っ赤になって。ほっぺもふにゃんって力を無くして、俺ってば急にどうしちゃったんだ……。
「う、うぅー……っ」
アンドレアがあわあわと焦った様子で俺を抱き上げる。
ぽんぽんと背中を撫でられながら、肩越しに大通りの向かいを見て唇を引き結んだ。
「ぅ、うぐっ……ぶえぇっ……!」
綺麗なお姉さんを連れたロキは、とっくにいなくなっていた。
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