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五章

135.攻め主人公の愛の対象

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 双方のパパ組に相談した結果、ひとまず婚姻の件は保留、ということになった。
 とは言えガウの腕をくっつけてもらった件で、ヴァレンティノに対する大きな恩を俺が抱えたことは事実。そっちについては、父がヴァレンティノに交渉して家業での任務の方で借りを返すという話で落ち着いた。
 俺の貸し借りなのに、それを父に押し付けるような結果となってしまって大変無念である……。

 ロキはちょっぴり不満げだったけれど、すぐに「まぁいいか。方法なんていくらでもあるし」と不穏なことを呟いて機嫌を戻していた。
 相変わらずヤンデレの余韻を残す攻め主人公の素質がありすぎてガクブルだ。読者目線だとおいしいキャラでしかなかったが、当事者となった今はただただ恐怖でしかない。


 というか、流石にここまでくればおバカの俺でも分かる。
 ロキのアレは本気だ。こうして長年俺との婚姻やら何やらに執着してきた様子を見るに、流石にアレは本気なのだろうと俺でも察した。
 それじゃあ、一体どうしてこんなことになった?だってつまりこれは、原作での相関図に大きな変化が起きたってこと。これじゃあ今の状況はロキアンじゃなく、ロキルカだ。

 受け主人公の立場がアンドレアから俺に変わった……これは非常に由々しき事態である。
 まぁ確かに、原作と比べて現実のアンドレアは受けっぽさが微塵もない。原作ではツンツンクーデレ受けって感じだったが、現実はただひたすらにツンツンクーギレ!って感じだからな。

 今のアンドレアは受けというよりも圧倒的に攻めだし、何より一番は……。


「お兄さまとロキは、おたがいに恋をしているようにはみえないんだぞ……」

「えっどうしたのルカちゃん。急に不気味なこと言っちゃって」


『俺への恩がたくさんあるでしょ?』の脅し文句で今日も訪れたヴァレンティノ邸。
 おいしいクッキーをむしゃむしゃ食べながら、俺は最近の憂いを溜め息と共に吐き出した。

 そう、一番の懸念はそこだ。肝心の主人公組にまったく恋の進展が見られない!
 見る限りロキがアンドレアに執着している様子はないし、もちろんアンドレアの方もロキに恋心を抱いている様子がない。というか、どちらかというと仲良しってよりは腐れ縁って感じの関係だ。

 ムムゥ……と眉を寄せて考えるも、一向にこの件の答えには辿り着かない。
 一体どこでルートを間違ってしまったのか……なんて、そんなことを言い始めたら俺がザマァエンドを迎えていないこと自体がバグであり、ある種のルート選択ミスだ。
 思えばここに来るまで原作無視の展開はいくらでもあったし、これくらいの変化があってもなんらおかしくない。そう、おかしくないのだが……。

 なんというかその、ちょっぴり複雑だ。だから、シンプルに考えることができない。
 だって本来なら、ロキは生まれつき抱えていた孤独をアンドレアとの恋路によって癒していく。アンドレアも、唯一全てを曝け出せる存在という絶対的な癒しをロキからもらう。
 二人はそんな関係になるはずだった。共に孤独を持つ二人だからこそ、お互いの存在が唯一無二のものになるのだ。

 そんな関係を、俺が起こした数々のバグのせいで壊してしまったのなら……。
 そう考えると途端に怖くなる。俺は二人にとっての癒しを永遠に奪ってしまったんじゃないかって。


「……なぁロキ。ロキはいま、さみしくないか?ここがぽっかりあいた感覚とか、ないか?」

「うん?急になんの話……」


 唐突な問いを投げ掛けると、ロキは一度おかしそうにクスクスと笑いかけた。
 けれどすぐに、俺の顔に浮かんだ真剣な色を察したらしく口を噤む。やがてうぅむと悩む様子を見せたかと思うと、ふにゃっと穏やかに微笑んで答えた。


「うーん、そうだね……昔はあったかも。寂しくて、心がぽっかり空いたみたいな感覚?一人ぼっちだなぁって感じていた時は、確かにあったよ」

「っ……!そ、それっていまも」


 原作の回想でロキが語っていた内容、それと完全に一致している。
 寂しくて、心がぽっかり空いたみたいな感覚。ひとりぼっちでいた時は、毎日のように感じていたと。原作のロキもそう語っていた。

 途端にヒュッと青褪めて、湧き上がる罪悪感を胸に俯く。
 突然ガクブルし始めた俺にきょとんとしながらも、ロキは俺の頭をよしよしと撫でて首を振った。


「ううん。今は全然ないよ。なんたって、今の俺にはルカちゃんがいるからね」

「…………ほぇ?」

「ルカちゃんがいるでしょ?ルカちゃんが、俺を救ってくれたんだよ。もしかして自覚なかった?」


 返ってきたのは予想外すぎる回答。
 思わずポカンと目も口もあんぐり空いた間抜けな顔を晒すと、ロキはクスクス笑いながら距離を詰めてきた。
 いくら隣同士で座っているといっても、流石にそこまでくっつかなくてもいいんじゃないかってくれいの至近距離。そんな距離でロキは更に顔を近付けてきて、俺の髪に頬擦りしながら語った。
 なんだかとっても穏やかで、けれどものすごく恍惚とした声音で。


「ルカちゃんはいつだって決して獣人を否定しなかった。俺の赤い瞳をヒーローの色だと言ってくれたし、実際に獣化した俺を見ても侮蔑の目を向けなかった。よりにもよって赤い瞳の狼なのに」

「な、なにを……色がちょっとかわってるってだけで嫌うのは、へんだぞ。おおかみだって、すごくかっこいい。そうおもってるヤツは、きっといっぱい……」

「いない。いないよ。実際、今までそんな天使みたいな子と出会ったことはなかった。仮に今後そういう人間が現れたとしてもなんの興味もない。だって俺にはもうルカちゃんがいるからね」


 そう言って俺の髪に唇を埋めるみたいにちゅっちゅと何度も口付けるロキ。
 その直後、まるで愛おしいものに向けるような声で、トドメをさすようなことを言うから。


「何度も言っているでしょ?ルカちゃんが好き。大好きだよって。ほんとだよ?愛してる」


 ロキに抱え込まれるような体勢で、俺はあまりのドキドキでかぁーっと顔を真っ赤に染めた。というか顔だけじゃない、全身が赤くなっているような気がする……。


「ぁ……あ、ぁう……うぅ」

「ルカちゃん……?」


 身体がぷるぷると震える。きっと顔は今リンゴみたいに真っ赤に染まっているはず。
 羞恥からなのか何なのか分からないけれど、なぜか瞳も潤んでいるし……きっと、いや絶対、今の俺ってば変な顔をしている。

 だと言うのに、その“変な顔”をロキに見られてしまった。
 俺が震えながら嗚咽を漏らしていることに心配してくれたらしい。俺のほっぺをふにゅっと持ち上げて顔を覗き込んだロキが、その瞬間ピタッと硬直した。
 時が止まったかのような、そんな動きで。


「──……ッは」


 ロキの口から、震えを帯びた吐息が零れる。
 瞳が潤んでいるせいで視界が霞む。ピリッと張り詰めた空気から察するに、きっとロキは今何かしらの感情が籠った表情を浮かべているのだろうけれど……如何せん視界がぼやけているせいで、残念ながらそれを見ることは叶わなかった。

 けれどその代わり、直後にすぐ異変を感じて首を傾げる。


「……?ろ、ろき……なんか、かお、ちか──」


 ぼやけた視界の中、ロキの顔がスッと近付いてきたことだけは何となく察した。
 それを疑問に思って口に出した瞬間。

 “唇”にふにゅっと柔らかい何かが触れて、俺はピシッと固まった。


「…………ふ、へ?」


 ポカンと開いた唇をここぞとばかりに割って入ってくる、少し湿った生温かい何か。
『食べられる』だなんて、そんなことを本気で思ってしまいそうなくらいの感覚だった。上から抑え込まれるみたいにソファに押し倒されて、逃げ場を失った俺を更に強く“それ”が襲う。

 捕食五秒前みたいな危うい空気が確かにあった。
 舌やら歯列やらをやたら丁寧になぞっていたそれが、やがてようやく口内から抜けて離れていく。

 その瞬間、詰まっていた息が思いっきり外へと吐き出された。


「っ……!?ぷはっ!は、ぁ……はっ、う……?」


 なにがなんだか状況が掴めないまま、とにかく大きく息を吸って吐く。
 ぐるぐると目を回して大混乱。ふいに焦点が定まった先、視界の真ん中に見えたロキが、なぜか涎が伝って濡れている唇をぺろっと舌で舐めた。その妖艶な仕草に、また顔が火照っていく。



「──……甘いね」



 べ、と舌を出すロキを見て、完全に顔がかぁーっと赤く染まった。
 蘇る数秒前の衝撃的な展開。走馬灯みたいに思い出してぷるぷる震え始める。ロキの妖艶に濡れた舌から目を離そうにも、離せない。

 数分前まで食べていた甘いクッキーやらジュースやらといった甘味。
 それをたった今、ロキは俺の口の中を通して共有し、甘ったるいその味を堪能したのだと。
 そう冷静に悟った瞬間、ぶわわぁーっ!と途轍もないほどの羞恥が襲ってきた。
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