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三章

94.責任を果たして

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 むにゅむにゅっとほっぺを揉みくちゃにされてあわわーっとなる俺をそのままに、アンドレアがロキを鋭く睨み付ける。


「兎も角、貴様の戯言を受け入れるつもりは毛頭ない。ルカを道連れにした罪は償ってもらうぞ、クソ野郎」

「もう……道連れだなんて大袈裟だなぁ。結果的にルカちゃんは敵の標的になってしまった訳だし、素直にヴァレンティノを頼ればいいのに」


 むにゅむにゅの刑が終わり、真っ赤なほっぺをぷにゅんとさせて涙目になる俺を、アンドレアがひょいっと軽く抱き上げた。
 どうやらここを離れるらしい。ロキを射殺す勢いで睨みつけながら立ち上がるアンドレアの姿に、原作でのツンデレ受けの気配は微塵も感じられない。
 困ったな……なんだか主人公二人の恋路が、原作の流れからどんどんかけ離れていっている気がする……。

 今のアンドレアはロキに何か甘い感情を抱いているようには見えないし、ツンデレというより普通にツンギレだ。
 一方のロキも、原作でアンドレアを執着溺愛していた面影が全く見られない。なんでかアンドレアじゃなく俺にプロポーズ紛いのことをしてきたし、完全に展開がバグってしまっているらしい。


「ていうか、そこまで聞いてたなら俺が何か言う前に出てくればよかったじゃないか。敵が現れて直ぐの辺りで、君は既に駆け付けていたでしょ?」


 ロキがアンドレアの背に掛けた言葉に、思わずなぬっ!と目を丸くした。
 状況把握がやけに早いから、俺が気付くより少し前に来ていたんだろうなぁとは思っていたけれど。まさかそんなに初めの段階から駆け付けていたなんて。
 びっくり仰天な顔で見上げると、アンドレアは呆れたように溜め息を吐いて呟いた。


「……ルカのことだ、どうせ言い付けを破ってフラフラ居なくなるだろうとは思っていたからな。案の定だった」

「がーんッッ!」


 いやっ、たしかに俺が全面的に悪いけども!
 でもでも、初めから信用すらされていなかったなんて悲しすぎる……アンドレアってば、俺のこといい子いい子って言いながら全然信じてなかったんだな……。
 まぁたしかに、たしかに俺が全部悪いんだけども……!と複雑な心情でシクシクする俺を撫でながら、アンドレアはロキに視線を向けて語った。


「俺はお前を信用していない。あの場でルカの生殺与奪の権を握っていたのはお前だった。敵を制圧したところで、お前がルカを利用しない確信など無かっただろう」

「うわ、酷いよアンドレア。俺がルカちゃんを人質に君を脅したとでも?流石にそんな外道なことはしないって」

「……現状を見ろクソ野郎。結果的にお前はルカを人質にした。ルカがお前の脅しを拒めないことを予想していたんだろう、この腹黒狸」


 脅しただとか生殺与奪だとか人質だとか。何やら物騒な会話をしている二人を交互にぱちくりと見つめる。
 何が何だかわけわかめだ。一体二人はさっきからなんの話をしているんだ?と困惑の表情を浮かべるが、どっちも俺のハテナを華麗にスルーして睨み合っている。
 いや、睨んでいるのは主にアンドレアだけだけれど。


「まぁとにかく!今は父上達に奇襲の件を報告するのが先だ。君のことだし、さっき逃げた敵はちゃんと追っているんでしょ?それなら、今からだってどうとでもなると思うけど」

「……」

「俺の策にまんまと嵌りたくないのなら、あの敵を逃がさなければいい。さっきの俺の嘘を、敵のボスに報告させなければいいだけじゃないか」


 にこやかに何やら語るロキを、アンドレアが相変わらず鋭く射殺すように睨み付ける。
 よく分からないけれど、とりあえずアンドレアがロキにぶち切れていることだけは確かに察した。ロキってば、どうやらアンドレアの地雷を踏んでしまったみたいだ。

 あわわっ……と一人混乱と不安を胸に抱いていると、ふいに茂みから黒服の男が数人現れ、こちらに駆け寄ってきた。
 また敵か!と身構える俺とは異なり、二人は至って冷静にその黒服達を受け入れた。なんだ、どうやら敵ではないらしい。


「申し訳ございません、若様……敵を取り逃がしました」


 頭を下げる彼らを見下ろすアンドレアの眉が、一瞬だがピクッと不快そうに痙攣した。
 おこ?おこなの?そわそわ……と理解の追い付かない展開を黙って見守る。やがてニコニコ笑顔のロキが、アンドレアの肩をポンッと叩いて「どんまい」と声を掛けた。


「逃げられちゃったみたいだね、残念」


 射殺す勢いというか、惨殺五秒前みたいな目でロキを睨み付けるアンドレアにあわわっと焦燥が滲んだ。


「お、おにいさまっ!さむいので、あったかいところに行きたいですっ!」


 今にも拳銃を取り出しそうなアンドレアにむぎゅっと抱き着く。
 慌てて叫ぶと、アンドレアはハッとしたように息を呑み、せっせと速足で歩き出した。


「中へ入るぞ、風邪を引いては大変だ。ルカはただでさえ儚く虚弱なのだから」


 だれが虚弱じゃ!なめんなこらー!と激おこしたいのは山々だけれど、アンドレアの様子がちょっぴり危うげなのでグッと堪えた。
 これ以上刺激しちゃいけない。怒りの糸をぷっちんさせてしまった瞬間、アンドレアの手によってロキが八つ裂きにされてしまう可能性がある……。

 アンドレアの肩越しにロキが見えて、慌てて指でばってんを作り首を振る。
『よけいなこと言うな!』という訴えはしっかり伝わったらしい。ロキが任せろ!とばかりにグーサインしたのを見てほっと息を吐いた。
 でも正直、あんまり信用できないけど……。



 ***



 夜会の会場となっていた広間に戻ると、そこには父とリカルド様、そしてヴァレンティノ家の使用人や構成員達しかいなかった。
 どうやら騒ぎが原因で夜会は中止になったらしい。お客さんは全員帰ってしまったのかな?とぱちくり瞬いていると、ふいに俺達の存在に気が付いたらしい父が焦燥を滲ませて駆け寄ってきた。


「ルカ……!!」


 いつものクールな無表情はどこへやら。
 父は髪を乱して駆け寄ると、アンドレアの腕の中から俺をひょいっと奪い取った。不満げなアンドレアの顔が見えて思わず苦笑する。


「あぁ、ルカ……!怪我はないのか……?一体何があったのだ、誰に何をされたのだ?全員殺してやるから父に説明してくれ」

「お、おち、おちついて」

「アンドレア!ルカに手を出した輩は皆殺しにしたのだろうな?それとも捕らえたのか?ならば私が直々に……!」


 だめだこりゃ、じぇーじぇんきいてないぞ。

 混乱する父を宥めようと思ったが、どうやらそれどころでは止められないくらいの錯乱っぷりらしく聞く耳すら持ってくれない。
 これは困ったぜ……と眉尻を下げて他人事な空気を纏っていると、アンドレアが微かに悔し気な表情を浮かべながら小さく答えた。


「……申し訳ございません父上。敵は取り逃がしました。それだけでなく……このクソ野郎の所為で、今後ルカは敵の標的になるかもしれません」

「何……?それはどういうことだ」


 アンドレアの不穏な報告によって、父の表情が鋭く顰められた。
 こわいよぅ……とカタカタ震えてしまうが、父に抱っこされているのでこの場から逃げ出すことも出来ない。
 仕方なくシュンと縮こまっていると、ふいにリカルド様がゆったりと歩み寄ってきて首を傾げた。


「どういうことだい?ロキ、お前……また何かやらかしたの?」


 仕方なさそうに微笑みながら、ロキの頭をわしゃわしゃと撫でるリカルド様。
 ロキはリカルド様の問いに困ったような笑みを浮かべて、曖昧にこくりと頷いた。


「えぇ、実は少し……。ルカちゃんと戯れていたところを敵に目撃されてしまい、加えてどうやら誤解も生んでしまったようで……」

「誤解?」

「はい……ルカちゃんと俺が愛し合っている仲なのではないか、と」


 申し訳なさそうに、けれど少し照れた様子で。赤く頬を染めたロキがそう語る。
 その瞬間、俺を抱く父の手がピクッと揺れた。小さな動きだったけれど、何やらとんでもない激情を湧き上がらせてしまったらしいと流石の俺も静かに悟る。


「否定しようとしたのですが、すぐに敵が逃げてしまって……ですので恐らく、ルカちゃんはこれから俺の“恋人”として敵に狙われるのではないかと……」

「あぁ、なんということだ……ロキ、あまり気を病まないで。想定外のことで、お前も驚いただろう……」

「いえ、いえ……っ!全て俺のせいです、俺がもっとしっかりしていれば、ルカちゃんが巻き込まれるようなことにはッ……!」

「あぁロキ……!私もヴァレンティノの当主として、お前の罪をしっかり償うよ……」


 シクシク、と互いに涙を流し合うヴァレンティノ親子。
 傍から見たらなんだかとっても感動する場面だけれど、正直な心情としては『なにをしとるんじゃコイツらは……』である。ちょっぴり白々しすぎるってばよ。

 唖然とする俺達ベルナルディ家を散々放って茶番劇を繰り広げた二人だったが、やがてリカルド様がスッと顔を上げて、ニコニコ笑顔でグッと親指を立てた。


「という訳で、この責任はヴァレンティノがしっかり果たすから安心してくれ。手始めに、ロキは責任を取ってルカちゃんを妻に娶ろうか、いいね?」

「はい!もちろんです父上!しっかり責任果たします!」


 キラキラッとした輝きを放つヴァレンティノ親子は、到底ついさっきまで責任を謳ってシクシクしていた人達には見えない。

 呆然と立ち尽くす俺達を置いて、何やら二人はキャッキャと楽しそうに結婚式の段取りを語り始めた。
 アンドレアとロキではなく、俺とロキの結婚式についての話である。なんでだよ。
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