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三章
84.ヴァレンティノ家の夜会
しおりを挟む「ぐぬぬ……」
その日、俺は悶々としていた。
サメさんと一緒に、いつも朝に訪れる庭園のベンチに座っていたのだが……いつまで経っても、一向に“やつ”が現れないのである。
しかもこれは今日だけの出来事ではない。こうして一人むむっと不貞腐れながら待つのも、今日で約二週間目だ。
「なんで来ないんだよぅ、ロキのやつ……!」
ぷくぅーっとほっぺを膨らませ、怒りをなんとか発散する為に足をぷらんぷらーんと揺らす。心なしか腕の中のサメさんもご立腹だ。
最後にロキと会った日を思い返す。
あの日はロキの発言にムッとなって、思わず酷い言葉を浴びせてしまった。ヘタレだとか腑抜けだとか、完全に特大ブーメランでしかない。
でもでも、いずれアンドレアを一途に愛する予定のロキがあんなことを言ったものだから……この先の展開を知っている身としても、当然アンドレアの弟としても、ロキの嘘は到底見過ごせなかったのだ。
そう、これは全部ロキのせい!ロキがおバカなのが悪いのだ。
ぜんぶ、ぜんぶ、ロキの……
「う、うぅっ……!」
サメさんをぎゅっと抱え込んで俯く。涙目でぷるぷると震えながら、精一杯むぐっと唇を噛み締めた。泣いちゃダメ、泣いちゃダメ……。
俺ってばどうしてこうビビりで情けないのだろう。全部相手のせいだなんて、そんなわけないのに。俺だってロキに酷いことを言ってしまったのに。
ロキだけが悪いんじゃない。俺も悪いことを言ったのだから、お互いさまだ。
言い訳はできない。だって俺は原作を知っていて……つまり、ロキの事情を普通の他人よりも深く知っているから。
薄っぺらいニコニコの笑顔にだって理由があることを、俺は知っていたのに。
アンドレアとの交流で改善するロキの歪んだ人格。けれどそれはあくまでまだまだ先のこと。今のロキは、物語序盤での成長前の人格なのだ。
だからまだ、ああいう捻くれたやり方しか知らない。それを俺は知っていた。
知っていたのに、怒りに任せて偉そうなことを言ってしまった……。
「ぐすっ……謝らないと……ごめんなさい、しないと」
しないとダメだよな?とサメさんに問い掛ける。言葉は返ってこないけれど、サメさんはもふもふっと頷いて俺の背を押してくれたような気がした。
サメさんのキリッとした表情で覚悟を決め、ぴょんっ!と勢いよく立ち上がる。とてとてーっと全速力で駆け出した。
ちょうど今夜はヴァレンティノ家で夜会が催される日だ。
ヴァレンティノ家は周辺ファミリーとの交流を深めるべく、定期的に今夜のような夜会を開く。そして今日は、その夜会に初めてベルナルディ家の人間が参加する記念すべき日なのである。
とはいえ今回もいつも通り、俺はお留守番の予定だったのだが……しかし、俺にも大切な目的が出来てしまったので、大人しくお留守番をしているわけにはいかないのだ!
というわけで、向かった先は父の執務室。
サメさんをぎゅっと抱えたままコンコンッと扉をノックすると、すぐに中から低い声が聞こえてきた。
「……入れ」
夕食での談笑で聞く柔らかい声でも、子守歌を聴かせてくれる時の甘い声でもない。
淡々とした重苦しい低音ボイスにちょっぴり怯えながら、俺は震える身体を叱咤してそろーりと扉を開いた。
「お、おとうさま……ルカです……」
「……ルカ?」
勢いで来てしまったけれど、仕事中に突撃はまずかったよなぁ……!とここに来て我に返った。とはいえ、もう後戻りは出来ないのだが。
とほほっと涙目になりながら顔を覗かせると、か細い声をしっかり拾ってくれたらしい父がガタッと勢いよく席を立った。険しい顔がたちまち柔らかくなったのを見て、ちょっぴり安堵し息を吐く。
「ルカ、どうしたのだ。私に会いたかったのか。寂しかったのか」
執務が長引いてすまない……!となんだか先走ったことを口にする父。
別に会いたかったわけでも寂しかったわけでもないが、とりあえず曖昧に頷いて中に入らせてもらった。とことこ。
お行儀よくソファに腰掛けようとしたところで父に捕獲され、ひょいっと膝にのせられる。
リノの存在に気が付いてハッとすると、リノはすぐに眼鏡の奥にある瞳を緩ませて「こんにちは」と声を掛けてくれた。
慌ててお辞儀をして「こんにちわっ」と返す。父が悶絶しているのを華麗にスルーして早速本題に移った。
「お父さま、とつぜんうかがってごめんなさいです」
コツコツと家庭教師から習っていた敬語の成果を発揮しつつ語り始める。
またもや「ぐぅッ」と低く呻いた父に、ふんすっと息巻いて会いに来た目的を説明した。
「今夜、お父さまは夜会にいくとききましたっ」
「ん……?あぁ、そうだな。ルカは留守番になるが、一人寝が怖いのなら私のベッドで寝ていなさい。枕に私の匂いを沁み込ませておこう」
「主様。その発言は普通にキショいです」
おれも連れてってください!と言おうとしたのを遮られ、何やら父がよく分からないことを言い出した。枕に匂いをなんだって?
きょとんと瞬きながらも再びふんすっと息巻く。父の謎発言で出鼻をくじかれてしまったが、すぐに立て直してお願いをしないと。
「お父さま、お父さまっ!おれも夜会に行きたいですっ!」
「ん?駄目だが」
「がーーんッッ!」
光の速さで却下されるという予想だにしない緊急事態。
おもわずサーッと青褪めてガックシすると、父はそれを見てあわあわっと慌て始めた。
「何だ?何か嫌なことを言ってしまったか?どうして落胆しているのだ?」
ぎゅぎゅっと抱き締められたり背中をさすさす撫でられたりしても、この悲しみがチーンと消え去ることはない。
せめて理由くらい聞いてよぅ、としょんぼりする俺の頭上で、何やら父とリノがコソコソと会話を始めた。もう何を話しているのか聞き取ることすら億劫である……。
「主様。“何でもかんでも即否定!”と『育児NG行為100連発』に記載されております」
「なっ!何だと……!」
むぅ……と己の無力を嘆いていると、ふいに父がそわそわ……とこちらの様子を窺う様子を見せ始めた。
なんだなんだ?と顔を上げる。父は数十秒の間『ぐぬぬ……』と悩みこむような仕草を見せて、やがて迷いを吹っ切るように首を振って宣言した。
「──……分かった。夜会への参加を許可する」
一瞬、聞き間違いか?と耳を疑った。
けれど、ぱちぱちと瞬きながら見つめた先の父が、不服や決心といった複雑な色を表情に滲ませていることに気付き頬を緩める。聞き間違いではないと確信したのだ。
それを悟った俺は、おもわずむぎゅーっ!と父に抱き着いてうりうり頬擦りしてしまった。
「お父さまっ!ありがとですっ!だいすきですっ!」
「ぐぅッ」
「あぁルカ坊ちゃんっ、主様が尊死してしまうのでお手柔らかに……!」
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