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三章
80.腹黒パパはたぶん優しい
しおりを挟む「──不器用なんですね。もっと分かりやすくすればいいのに」
うとうと、と眠気の波にゆったりと揺られていると、ふいにハオランの声が聞こえた。
身体が怠くて瞼も重いから、残念ながら起き上がることは出来ない。眠った後も傍にいてくれるなんて優しい人だなぁ……と思いお礼を言いたかったけれど、身体が動かないからダメだった。
俺の手を包む大きく無骨な手はガウのものだろうか。すぅすぅと小さく聞こえる俺の寝息に合わせるように、ガウの指が俺の手の甲を撫でている。
ふと、そういえばさっきのハオランの言葉は、一体誰に向けて告げたものなのだろうと気になった。
相変わらず気怠い身体をそのままに耳を澄ませると、やがて特徴的な口調で語られる声音が聞こえてはっとした。
「……何の話だァ?こう見えて結構器用だとか言われる方なんだがなァ」
「不器用と言わず何と例えれば良いのです?初めから、我々が用意したものを彼の口に含ませる気はなかったのでしょう」
毒なんて入れてませんよ、と続くハオランの声音。
一体なんの話をしているんだ?寝惚けて頭が回らないからか、会話の意味を上手く理解することができない。
「……ガースパレの坊ちゃん。今回の会合、二大ファミリーがただ信頼だけでアンタらに仲介を頼んだとか……本気で信じてんのかァ?」
喉が鳴る音……息を呑む気配は、ハオランのものだろうか。
再び酷い眠気に襲われて意識が遠のく。深い眠りにつく寸前、荒っぽい口調を僅かに抑えて、真剣な色を滲ませたダグラスの声が聞こえた気がした。
「これは警告だ。媚びる相手は精々選べよ?“自称”でも中立謳ってんならなァ」
***
「むにゃむにゃ……はっ!」
身体が暖かい何かに包まれている。微かに振動を感じてハッと目が覚めた。
なんだか現実味のある夢をみていた気がするけれど……うーむ、内容をまったく思い出せない。まぁいっか!どうせ夢だし。
なんてのほほんと考えながらぱちくりと瞬く。とりあえず重い瞼をなんとか本調子に戻して、この揺れの正体を確かめて……って。
「ぴえぇっ!お兄さまっ!」
「……?あぁ、目が覚めたか。熱が下がったようで安心したぞ」
見上げてすぐに揺れの正体を悟った。
俺の身体をぎゅっと包み込んでいたのはお兄様ことアンドレア。この揺れはアンドレアの抱っこが原因だったらしい。
何やらとことこと廊下を歩いてどこかへ向かっている様子。ちらりと窓の外を見ると、空は赤く色づき始めていた。どうやら俺ってば、夕方になるまでぐーすかと眠っていたようだ。
大事な会合当日になんてポカをやらしてしまったんだ……と頭を抱えると、それを見たアンドレアが心配そうにそわそわと俺の頭を撫で始めた。
「どうした?痛いのか?熱の痛みがまだ引いていないのだろうか……辛いなら眠っていろ、邸に着いたら起こしてやるから」
「だ、だいじょぶです……!ぜんぜん、いたくないですっ!」
アンドレア、やさしい……きゅん。
病み上がりに人に優しくされるのってドキドキしちゃうよね、なんてアホみたいなことを考えつつ頬を火照らせる。それを見たアンドレアが更に心配性な表情を歪めたので、慌ててぱたぱたと真っ赤なほっぺを手で扇いだ。
こうして見ると、アンドレアってば本当に変わったなぁ。
原作だと絶対に弟殺すマンだったのに……と感慨深くうんうんと頷く。俺も本当によく頑張った。この結果を見る限り、アンドレアへの媚売り作戦は無事に成功したと言っていいだろう。
よきかなと抱っこの中でぬくぬくしていると、アンドレアがふいにピタリと立ち止まった。
なにごとかね、とそろーり顔を出す。ついた先は玄関ロビー……なるほど帰りの途中だったのかな?ロビーに談笑する父達とガースパレ家の二人が見えてぱちくり瞬いた。
どうやら会合はとっくに終わったらしい。この様子だと、アンドレアは帰路につくために俺をお迎えに来てくれたみたいだ。
「父上、ルカを回収しました」
そんな死体みたいな……とアンドレアの突然の衝撃発言に表情を引き攣らせつつ、報告を聞いて駆け寄ってきた父にへらりと笑顔を向けた。
「ルカ、熱は下がったのか。もう起きて構わないのか?」
「ぜんぜんだいじょぶで──」
「火照りは大分引きましたが、まだ頭が少し痛むようです」
「む、そうか……リノ、先に邸へ戻って医者を呼べ」
「御意」
えっへんと元気な姿を見せて答えようとした俺の言葉をバッサリ遮り、アンドレアが淡々と大袈裟すぎる答えを紡ぐ。
いやいや本当にぜんぜん大丈夫なんだが……と困惑気味の当人を差し置いて、二人は重い空気を纏いながら俺を見下ろした。
えぇ……そんな、今から死んじゃうわけじゃあるまいし……。
「おや、お姫様のご帰還かい?」
心配性な二人にぐぬぬ……と眉を寄せていると、ふいにリカルド様の声が聞こえてハッとした。
辺りをきょろきょろするより先に、父の肩越しにひょいっとリカルドさまが現れる。ニコッと向けられる笑顔に愛想笑いを返し、ぷるぷる震える身体をなんとか抑えた。
やっぱりヴァレンティノの人間は総じてちょっぴり怖い。原作でのヤンデレイメージやら腹黒イメージやらが抜けないからだろうか。
「うちのロキも心配していたよ。とりあえずは熱が引いたようで何より」
「あ、ご、ごめんなさい……だいじな会合の途中に、たおれちゃって」
「そんな!謝る必要なんてないんだよ?君が病弱だという噂を知っていながら、配慮の足りなかった私達の責任だ」
怯えながら謝罪の言葉を口にしたけれど、予想に反して返ってきたのは優しい言葉だった。
思えばアンドレアも父も原作とは大分キャラが変わったし……リカルド様の人格だって原作での腹黒キャラとは違うものになっていたとしても、今となってはなんらおかしくない。
やっぱり偏見ってよくない。ヴァレンティノは優しいファミリーだったんだなぁと警戒心を完全に緩めて、リカルド様にふにゃふにゃっとした笑顔を向けた。
「りかるどさま、やさしい。すき」
「えぇ……なにこの子、チョロ可愛い……うちの子にしたい……」
優しい人はみんな大好きだ。特にこのマフィアの世界ではなおさら。
ほくほくと笑顔を浮かべると、何やらボソッと呟きを零したリカルド様が俺を猫可愛がりするみたいに撫で回した。ちょっぴり雑だけど、撫でられるのは好きだからよし。
「ねぇだめ?うちの嫁にしちゃだめ?」
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「えぇーでもでも、ロキ優秀だよ?ちょっと執着的で色々重くて頭のネジ吹っ飛んでるけど、その辺の輩よりよっぽど賢いよ?」
「もっと駄目だろう。何故その進言で行けると思ったのか理解に苦しむのだが」
何やらパパ組がコソコソ話をしているようだったけれど、なでなでの気持ちよさにふにゃあとなって聞き取ることが出来なかった。
顎を撫でられほっぺをむにゅられ、髪を梳くように撫でられ……むぅ、どうやらリカルド様はなでなでの手練れらしい……。
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