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三章

68.二大ファミリーの会合

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 ジャックとカルロの復讐は幕を閉じ、ジャックは無事に俺のもとへ戻ってきた。

 暗殺ギルドはリーダーさん……ギルドマスターが死亡したことにより解体されるかと思われたが、なんとジャックが新たなマスターとなり、暗殺ギルドを率いることとなった。
 これはジャックの意思で、曰く『どうせ使い捨ての駒が余ってるならリサイクルした方がよくない?』ということだった。ジャックらしいというかなんというか……。

 何はともあれ、俺の側近であるジャックが暗殺ギルドのマスターとなったため、必然的に不干渉を貫いていた暗殺ギルドはベルナルディの配下となることが決まったのである。
 とは言え体制的にはギルドではなくなったので、名目上は暗殺ギルドから生き残りのメンバーをベルナルディが引き抜き、ジャックを隊長としたベルナルディ直属の『暗殺部隊』が新たに創設された、という構図になった。

 幸いと言うべきかは分からないが、ギルドのメンバーはマスターに各々個人的な情を抱いている訳でもなかったらしく、ジャックという強者が纏め役になることに異論を唱える者はいなかった。
 良くも悪くも暗殺者というのは淡白な関係性を構築することが常なので、復讐心やら何やらというものは抱かないようだ。

 ただ“強い者”に着いていくだけ。
 “強い者”に着いていけば、必然的に“強い敵”と戦うことが出来るから。

 俺みたいな平和ボケしたちんちくりんには到底理解出来ない思考だが、まぁとにかくジャックが恨まれる結果にならなくて何よりである。

 そんなこんなで慌ただしく過ぎ去った今回の件。
 俺は人が死ぬ瞬間を目の当たりにして思わずぐったり意識を飛ばしてしまったわけだが……邸に帰って目を覚ました時、待っていたのはやっぱり平穏ではなかった。



「──……ルカ、何故俺も誘わなかった……」



 ぱちっと目が覚めた時、そこは本館にある自室のベッドの上だった。
 安心してぬくぬくもうひと眠りしようとしたのだが、そこで何故か隣に寄り添うように眠っていた誰かさんも目覚めてしまい……。
 そうして今、見ての通りうりうりと息苦しいくらいに抱き締められているというわけである。誰かさんというのはお察しの通り、クールな受け主人公アンドレアのことだ。


「むぐっ、そ、そんな……だって、あぶないから……ぐぅ」

「……酷い。俺だけ除け者にするとは。俺も誘ってほしかった」


 なんか遠足とかお出掛けのテンションで話してるけど、殺し合いの場所だからね?誘ってほしかったふすふすって拗ねるような空気のアレじゃないからね?

 それにしても抱擁がいつにも増して強いな、苦しいな、むぐぅ……と呻きつつ手足をぱたぱた。やがて必死の抵抗に気付いてくれたらしいアンドレアが、不貞腐れた表情を浮かべながらも力を弱めてくれた。


「むぐぅ……おにいさま、そういえば、どうしてここに?ここ、おれのお部屋……」

「……何だ、俺が居たら嫌なのか。俺と一緒に寝るのは嫌なのか」

「いっ、いぃいやじゃないですっ!お兄さまのことだいすきなので、うれしいですっ!」


 サーッと青褪め、慌ててアンドレアにむぎゅーっと抱き着く。
 コアラみたいに手足を絡めて全身で抱き締めると、それがお気に召したのかアンドレアは満足気に深く頷いた。


「好き……そうか、そんなに俺が好きか。可愛い奴め」


 はは……と乾いた笑いを零すことしか出来ない。なんだろう、アンドレアってば原作と態度が違い過ぎるから、純粋な喜びより困惑の方が勝ってしまう……。
 なんにせよ機嫌が直ったようで良かった。アンドレアにふすふす激おこされるのは命の危険すらあるから、とりあえずクールダウンしてもらわないとな。

 むぎゅむぎゅっと抱きついて機嫌を取ること数分。
 やがて完全に機嫌を直したらしいアンドレアは、ゆるゆるの頬をそのままに起き上がった。


「腹が減っただろう。朝食にしよう、俺と」


 ごはん!と一瞬キラキラ輝いた瞳は、語尾に追加された『俺と』という言葉でどよーんと光を失った。アンドレアとごはんを一緒にするとか、緊張しすぎて味を楽しめないよぅ……。
 とはいえそんなことを言えるはずもないので、にっこにこの笑顔を浮かべつつ「わぁい!」と跳ねてやった。プライドなんて知ったこっちゃねぇ!である。



 ***



「──ほぇっ?か、会合?」


 朝ごはんをもぐもぐし終えた後。
 散歩に無言でついてくるアンドレアを背後に、まさか「お兄様がいると集中できないのでどっかいってください」なんて言えるはずもなくとぼとぼ歩いていた時だった。
 ふと隣に並んだアンドレアは、俺を見下ろして迷いの表情を浮かべた末にあることを語った。どうやら無言の時間は躊躇の間だったらしい。


「あぁ。ルカが俺を置いていった例の件、どうやら二大ファミリーに関わりがあるようでな」


 なんとなく嫌味を含んだ言葉にへらぁっと愛想笑いを浮かべる。澄ました顔して、実はまだ根に持っていたのか……。


「か、関わりってどういうことでしょう?あれはジャックと暗殺ギルドの問題、だったはずじゃあ……」


 言葉を選んで慎重に問う。内心は混乱と困惑で大焦りだ。
 ジャックとカルロの復讐劇に二大ファミリーが関わっているなんて、そんな話は原作でも出てきたことがない。って……最近こういう予想外が多い気がする。
 やっぱり、俺のザマァエンドがなくなったことでバグが生じているのかな。いくら何でも、俺が知らない真実や展開が多すぎるような……。

 そんなメタ思考を悟られないよう、ただのおバカさんを演じて尋ねる。アンドレアはこくりと小さく頷き、真剣な表情で答えた。


「俺もまだ詳しくは聞いていないが、奴らの問題とやらに第三者の介入が見られたらしい。その第三者が、強大な力を手に二大ファミリーを狙っているとか」

「なるほど……だから、会合ですか」



 ジャック達と暗殺ギルド。完全に二つの陣営が対立したよくある構図だと思い込んでいたけれど……これにも原作とのバグが生じているというのか。
 よくある復讐劇だと思われていたそれは、実際は大きな陰謀が隠れた嵐の序章だった。そういうことなら、これから行われる“会合”にも納得がいく。

 アンドレアの言う会合。
 それは、本来であれば不干渉を貫いているはずのベルナルディとヴァレンティノが、まだ見ぬ謎の敵について調査すべく、特例で決まった二大ファミリーだけの会合のことだ。

 つまり、その会合にはベルナルディとヴァレンティノの主要人物が全て集結する。
 受け主人公であるアンドレアも、攻め主人公であるロキも。主人公二人はもちろん、その周辺の側近たちだって。
 当事者であるジャックとカルロも参加する予定らしいので、つまりそれは俺も──!


「……言っておくが、お前は留守番だ」

「がーんッ!!」


 小説のキャラ達が大集合……!とファンの人格が顔を出して瞳をキラキラ輝かせる。
 それに気付いたのかどうなのか、アンドレアはふと困ったように眉尻を下げると、念を押すような低い声でそう呟いた。


「どうしてっ!おれも!おれもいきたいっ!」


 みんな会合に参加するってのに、なぜか俺だけ留守番。
 到底納得できるわけもなく、ぴょんぴょんと激しく飛び跳ねて全力の抗議をする。ふんすふんす!と不服を訴えると、アンドレアは小さく溜め息を吐いて俺を抱き上げた。
 ぴょんぴょんがぎゅっと抱き締められたことで完全に封じられる。不服にも動けなくなってしまったので、仕方なくぷくぅっと頬を膨らませるだけで留めた。


「意地悪ではない。お前が心配なんだ。頭のイカれた野郎共ばかりの場に、可愛いルカを放り込む訳にはいかないだろう」

「おれ、おれっ、平気だもん……つよいもん……っ」


 よしよし、と頭を撫でられ反射的に涙が滲む。
 頭ぽんぽんは涙腺に響くから無闇にやらないでほしい。ぐすぐす、めそめそ。


「あぁ、ルカは強い子だ。家族の為に身体を張れる、とても強い子だ」

「ぐすっ、うぅ……それじゃあ……!」

「だが、駄目だ。万が一、その場で抗争でも起きたら?人が死んだら?俺は……ルカの疲弊した様子をもう見たくない」


 苦しそうに歪められた表情で語られた、その言葉にハッと息を呑む。
 マフィアの人間からしたら日常茶飯事。そんな“死”の瞬間を目の当たりにして、俺はぐったり気を失ってしまった。その後の疲弊した姿を、アンドレアはその目で見たんだ。

 家族が苦しんでいる状況を見て、もう一度その様子を見てみたいだなんて言う人はいない。


「あ……ご、ごめんなさい……おれ……」

「謝るな。ルカは何も悪くない。そもそも、本館から遠ざけてルカをマフィアの世界の外に追いやっていたのは俺達だ。誰だって、初めて“死”を目の当たりにした時は混乱する」


 そう語るアンドレアの声は、どこか空虚な色が籠められているように感じた。
 違和感を悟って顔を上げるけれど、そこにあるのはいつもと同じ淡々とした無表情。けれど、その奥に隠れた本当の色を、微かだけれど俺は察したから。


「……お兄さま」


 アンドレアのほっぺを両手でぺちっと包み込む。
 ここじゃないどこか遠くを見据えていたアンドレアは、その衝撃でハッとしたようにこっち側へ戻ってきた。
 見開いたアメジスト色の瞳が俺を真っ直ぐ見つめ返したのを確認して安堵する。


「それなら、なおさら行きますっ!ぜーったい、行きますっ!」

「…………は?」


 ポカンとした表情が珍しい。ぱちくり瞬いて言葉に迷っているのを良いことに、俺はふんす!と息巻いて強く答えた。


「だっておれはベルナルディだから!お父さまやお兄さまの隣に、恥ずかしくないように立ちたいからっ!」


 躊躇で染まっていたアンドレアの瞳が、その言葉を聞いた瞬間ハッとしたように光を宿した。
 息巻く俺と固まるアンドレアの間に数秒の沈黙が流れる。やがてようやくその静寂が破られた瞬間、アンドレアは降参するみたいに眉尻を下げて微笑んだ。


「──……俺の傍を、離れては駄目だからな」


 今度は俺がピシッと硬直する。
 アンドレアの呟きの意味を理解した直後、花が咲くみたいにぱあぁっ!と表情が輝いた。
 ぶんぶんっと何度も頷き、アンドレアにむぎゅーっと強く抱き着いて叫ぶ。


「ありがとうございますっお兄さま!ぜーったい離れませんっ!」

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