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二章

59.消えた側近

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 家族との誤解も解けて、俺はルンルンッと上機嫌で自室に戻った。
 夜になって一緒にご飯を食べた後も高揚感は続いて、大切な家族と仲良しになれたことへの嬉しさはやまない。と言っても、三人でのご飯はまだ無言ばかりで気まずいままだけれど。
 とにかく、何はともあれ色々と解決してよかった。なんて、ベッドにごろりんちょと寝転がってふいにあっと思い出した。

 そういえば、これって原作の内容はこの先どうなるのだろう。
 いや、これより前から大分改変は始まっていたけれど……それよりも、序盤の悪役ボスである俺のザマァエンドがなくなったってことの方が重要だ。
 なくなった……と思ってもいいんだよな?とちょっぴり不安が湧き上がる。と言ってもいくら不安がってももうどうしようもないので、すぐにスンと切り替えた。

 たぶん、母のザマァエンドは原作と変わらず。転生直後からの目標通り、俺だけザマァエンドから抜け出すことに成功した、ということだろうか。
 母は可哀想だし、罪悪感もかなりあるけれど……正直自業自得なところもあったよなぁ、なんて父やアンドレアと話した後は思えるようになったから、悪いけれど深く同情することは出来ない。
 父とアンドレアを傷付けたのは確かなのだから、そこはしっかりと罪を償ってもらおう。


「──……つかれた」


 母のこと、家族のこと。
 色々あって、色々あったなぁって考えている今の時間。なんだかふいに疲労を感じてしまって、俺はぽとりと頭を枕に沈めた。
 今日はこのままちゃっちゃと寝ちゃいますかね……と襲い来る眠気に逆らわず瞳を閉じようとした瞬間、それは突然現れた。


「主様」

「ぴゃあっ!」


 突然死角からぬっと出てきた大柄な影にびくーんっ!と身体を跳ねる。
 トランポリンかな?と思わずツッコんじゃうくらいのびっくりジャンプに自分で照れてしまった。てれてれ。

 数秒置いて冷静に戻り、聞こえた声が聞き慣れたものであることを思い出して力を抜く。
 のそっと起き上がると、ベッド脇に耳をピクピク生やした巨体が立っていることに気付いて首を傾げた。


「ガウ。こんな時間にどうした?珍しいな、おまえが夜にくるなんて」


 現れたのはもふもふ獣人のガウ。
 ガウは基本的には常識人なやつだから、夜に来るなんていつもなら絶対にありえない。ジャックならともかく……なんて思いながらベッドからのそのそ抜け出して両腕を広げた。


「こわい夢でもみたのか?おいで、ぎゅーしてやる」

「グゥッ!かっこかわいらしい……!」


 正直とっても眠いけれど、がんばってむにゃむにゃ言いながら腕の中に誘った。
 ガウが夜にも関わらず、自分の常識を破ってでもやって来たくらいなのだから……それはもう、怖い夢を見てうえーん!となった以外考えられない。
 という訳でよーしよしと慰めてやるために腕を広げたはいいものの、ガウはコホンッと咳払いして姿勢を正し、俺の胸に飛び込んでくることはなかった。ぬーん、むねん。

 それじゃあ一体なんなのか。怖い夢を見たんじゃないなら何の用なんだ?と問うと、ガウは微かに躊躇う様子を見せてからスッと床に膝をついた。
 なにごと?と瞬く俺の足元に跪いたガウは、初めに「申し訳ございません」と深く頭を下げてとんでもない一言を語った。


「ジャックが……昼から姿を消したきり戻って来ていません」


 数秒遅れて「へ?」と反応を零す。
 まさかの報告で途端に頭がぐるぐる混乱する中、そういうことか、とひとつ納得もした。ガウが明日の朝じゃなく、無礼を承知で夜にやってきた理由がようやく出来た。


「報告する機会を窺っていたのですが……本日は一日中ご家族とお過ごしになっておられるご様子でしたので……」


 申し訳なさそうに語るガウにぶんぶんっと首を横に振る。
 確かに今日は二人と話し合ってからずっと一緒に過ごしていた。今まで家族として一緒に過ごせなかった時間を埋めるように。
 だから、ガウの言う通り報告をゆっくり聞く暇はなかったかも。もともとガウを責めるつもりはなかったけれど、むしろ完全に俺が悪かったと気付いてあわわっと頭を下げた。


「俺の方こそごめんよ……ガウ、今日ずっとそわそわしてたんだな。俺が全然時間作ってやれなかったから……」


 ごめんよーとむぎゅむぎゅしてやると、ガウはぽふっと頬を染めて首を振った。
 耳をへにゃんと伏せてかわいいやつだ。かわいいからはむはむもしてやろう、とご褒美感覚でケモ耳はむはむ。うーむ、ガウの耳はいつはむはむしてもすばらしいものだな。


「それで、ジャックはどうして消えたんだ?何か、ジャックから聞いてるか?」


 はむはむの合間に問うと、ガウは微かに荒れた息と赤い顔を通常のものに戻しながらこくっと頷いた。


「“ケジメをつけてくる”と、それだけ言い残して何処かへ」


 返ってきた答えにピタッと動きを止める。
 何となく、既視感のあるセリフのように感じた。なんだっけ?ケジメ、けじめ……。
 ガウをむぎゅーしながら悶々と考えることを数秒。しばらくして、俺はようやくその既視感の正体を思い出し息を呑んだ。


「そうだ、暗殺ギルド……!」


 思わずガウからぱっと手を離して立ち上がる。俺のハッとしたような呟きを聞いたガウは「暗殺ギルド……?」と俺の言葉を繰り返して首を傾げた。
 説明を求めている様子のガウには悪いけれど、俺もちょっぴり混乱……というよりは焦っているのであわわっと部屋を歩き回ることしか出来ない。

 忙しなく身体を動かしつつ、俺は予想外の展開にどうしようどうしようと目を回した。
 このシナリオがいずれ訪れるとは思っていたけれど、まさかこんなタイミングでだなんて。一体何がジャックのきっかけとなったのだろう……。大切な家族なのに、しっかり注視してあげられなかった自分をぽかぽかぶん殴りたい気分になる。

 まぁでも、なってしまったものは仕方ない。とにかくジャックが無事に帰ってきてくれることを祈らないと。


「おれには、何もできないし……」


 ぶつぶつと呟きながら、忙しなく動いていた身体をやがてソファにぽすっと投げ出した。
 湧き上がるのは無力感とか不安とか、後ろ向きな感情が色々。ストーリーを分かっている立場だからこそ、俺は自分が何もすべきじゃないってことを知っている。それが酷く無力だ。


「主様……?そこで寝てはお風邪を召されてしまいますよ」


 ぐでーんとソファに伏せる俺に近付いてきたガウは、どこからか持ってきたらしいもこもこのブランケットを俺の身体をひょいっと掛けてくれた。
 それに「ありがと……」とお礼を言いつつ、短い溜め息を何度も零す。あぁだめだ、不安で心配でたまらない……でも、俺が手を出すシナリオじゃないんだよなぁ……。

 原作でもあった展開だけれど、その時いまの俺の立場だったアンドレアは決して手を出さなかった。賢い主人公がそうしたということは、それが最適解だったということ。
 ここは現実。俺の独りよがりな判断で無理に手を出してしまえば、それこそジャックの邪魔にすらなってしまいかねない。下手に首を突っ込むのはやめた方がいいだろう。


「むぅーっ、うぅーっ」


 突如始まったこのシナリオは、『暗華』の作中でもかなり上位に入る悲劇が起因だ。
 今までジャックの過去については知らないフリをしていたけれど……そろそろ、向き合う時が来たのかもしれない。


「ガウ」

「はい」

「ジャック、帰ったらお疲れだろうから……あったかいご飯、用意しとこうな」

「……御意」


 これから起こるのは、切り裂きジャックによる残酷な“復讐劇”だ。
 無力な主の俺に出来るのは、全てを終えて帰ってきたジャックに、きちんと居場所を用意しておくことだけだろう。
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