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一章

27.しじみとかわはぎ

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 ぴーぽーぴーぽー!みなのもの、緊急事態である!

 例の手紙を受けて父に会いに行くことになった俺は今日、ついに敵陣である本館へ訪れた。
 てくてくっとクールに邸内を進み、腹黒眼鏡の誘導に従ってこれまたクールに部屋へ入ったところまでは完璧だった。だったのだが……。

 間近で目の当たりにした父の貫禄があんまりにもすごすぎて、俺ってばカッチコチにド緊張してしまったのである。
 ロボットみたいにピーッガシャンッと父の前に進んだ俺は、クールに挨拶をするつもりが勢い余ってすってんころりんと転んでしまった。
 いや、すってんころりんと言うよりは、ぽっすんころころ、の方が正しいかもしれない……。

 って、違う違うっ!擬音とか今はどうでもいいのだ。あわわとなるべきはこの状況。そう、ぽっすんころころしてしまった現状をどう誤魔化すか、という問題一択のみ!
 ダンゴムシみたいに丸まっているこの姿勢から、どう立ち上がって持ち直すか、それだけが問題なのである……。


「ご主人様、大丈夫ぅ!?てかなに今の!本気ぃ!?本気なのぉ!?」

「主様ッ!あぁ主様ッ!お怪我はありませんかッ!?」


 シーンと静寂が広がっていた空間を切り裂く二人の慌ただしい声。
 そんなに騒ぐな恥ずかしいだろ……!とぷるぷるぷしゅーっと顔を真っ赤にするが、二人はそんな俺にまったく気づく様子もなくドタバタと騒がしく駆け寄ってきた。

 ガウが丸まった俺の身体をひょいっと抱き上げ、その傍でジャックがシュッシュッと俊敏に動き回って俺の全身を確認する。
 ちょっと転んだくらいで血なんて出るわけないのに、まったく二人とも心配性だな。


「よかったぁ……怪我はないみたいだね。もしご主人様の身体に傷なんて出来てたら、この部屋の床全部ぶち抜いてるとこだったよぉ」


 なんか物騒なこと言ってる……とがくぶるしながらジャックから離れ、ちょうど傍にいたガウにむぎゅーっと抱き着く。
 よく分からんけどなんか怖いからぎゅーしてくれガウ。


「ガウ、ガウ、こわいよぉ。ジャックもここも全部こわいよぉ」

「ッ……主様、なんとお可愛らしい……私が傍におりますのでご心配なさらず。どんな困難が起ころうと、必ずやお守りしてみせます……!」


 ジャックの物騒な発言が引き金となってしまったのか、周囲をきょろきょろと見渡すほど、隠していた恐怖心や不安が湧き上がってくる。
 思わずぽろりと弱音を零しながらガウに抱き着くと、ガウはそんな俺を面倒くさがることなくヒシッ!と抱き締め返してくれた。流石、安心と信頼のガウといったところである。


「──怖い、だと……ここが、怖い……なぜ……」

「主様、鼻血を垂らしながら蒼白するのはおやめくださいキモいです。というか逆に何故怖がられないと高を括っていたのです?普通に考えて怖いに決まっているでしょうに」


 ガウとぎゅーをして精神を安定させた後、ふと振り返るとそこには絶望した様子で項垂れる父の姿が。部屋に入った時に見た厳格な貫禄はどこへやら、といった面持ちである。

 呆れ顔の腹黒眼鏡に何やら言われたようで、父は更にガーンと絶望を深めている様子。
 何が何だか分からないけれど、とにかく父が元に戻ってもらわないと話も何もできないので、ここは俺がクールに一肌脱いでやろうではないか!とてくてく父に駆け寄った。


「お父さま、お父さま」


 かの有名な銅像『考える人』のごとく背を丸めている父。
 その父の膝をつんつんっと軽く突っつき呼びかけると、アンドレアによく似た冷徹な印象の美形が、俯いた姿勢から視線を上げたことでひょいっと現れた。
 吸い込まれそうなくらい綺麗な、それこそ宝石のアメジストみたいに輝かしい瞳。それにギロッと射抜かれて涙目になりながらも、気丈に背筋を伸ばして口を開く。


「どっか、いたいいたい、なのですか?いたいのいたいの、とんでけぇー!なんて……」


 アンドレアに似た顔が絶望を滲ませていることに何故だか胸が痛んで、湧き上がる心配のままにそっと手を伸ばして父の頭をよしよしと撫でた。
 その手をやがて胸元に引っ込めて、痛みを全部閉じ込めるみたいにむぐぅーっとぷるぷる震えながら力を籠める。ぱっ!と勢いよく手のひらを開いて、父に纏わりついていただろう痛い痛いパワーを全部飛ばしてあげた。

 痛みをさり気なく払ってあげるなんて、俺ってば超クール。
 でも父に触れてしまったことをすぐに後悔して、ぶたれる恐怖を感じながらへらぁっと誤魔化しの笑顔を浮かべた。

 呑気によしよしなんてしちゃったけれど、これってよく考えたら『貴様如きがこの私に触れるとは何事か!死刑だ!ザマァエンドだ!』と父が怒り狂う展開では……?
 なんて青褪めながらむぐっと俯いてパンチの衝撃に耐えること数秒。中々父の反応がないことを不思議に思って顔を上げ、そこにあった父の表情にぎょっと固まった。


「──か、かわっ……ッぐ……」


 かわ?かわ……かわはぎ?カワハギがどうとか言って何やら顔を真っ赤にしている父。
 口元を覆って声を塞いでいる様子だが、別にそんなことをしなくても父がカワハギ好きという事実を外部に流したりなんてしないのに。
 というか、カワハギ好きって隠すくらい恥ずべきものなのかな。別にいいじゃんね、カワハギ好きでも。カワハギ美味しいじゃんね、食べたことないけど。

 なんにせよ、どうやら父は俺をぶとうとしたわけではなく、自己紹介をしてくれようとしたらしい。それで好きな食べ物の話になって、カワハギのところで噛んじゃったっぽい。
 なるへそ、そういうことなら俺も父に合わせて魚好きだとか言っておこうじゃないか。

 ……あ、でも俺、別に魚好きじゃないんだよなぁ。むしろ生臭いから嫌いな部類だ。


「うぅーん、ごめんなさいお父さま。ぼく、魚は苦手なんです。カワハギもたぶん苦手です」

「……?……そうか。魚は苦手なのか」

「はいっ!食べられる魚介類といったら、それこそシジミくらいで……」


 シジミ美味しいよね、とうんうん頷きながら語る。
 けれど何だか父の様子がおかしい。魚の話題を最初に始めたのは父だってのに、何やら父は『急にどうしたんコイツ』みたいな困惑顔を浮かべていた。なんでやねーん。


「……おや?ですがルカ坊ちゃま、確かエビが大好物と仰っていた気がするのですが」

「む?エビ?べつにエビなんて好きじゃな……──はっ!」


 父と仲良く自己紹介をしていた時、ふいに何かが気になった様子の腹黒眼鏡が声を上げた。
 探るような視線を気まずく思いながら普通に言葉を返そうとしてハッとする。息を吞むと同時に、腹黒眼鏡が眼鏡の奥で瞳をキラリンッ!と光らせたのが見えた。

 ──そうだ、そういえば俺、エビが大好物って設定なんだった。
 エビアレルギーのアンドレアを救うためについた例の嘘。その嘘がここに来て俺を嵌めるなんて……やっぱり嘘なんて吐くもんじゃない。
 噓を吐くってことは、その嘘を死ぬまで吐き続けなければならないってことだから。俺にそんな高度なことが出来るわけなかった、がっくし……。


「い、いや、ちがっ!エビはほんとに大好きでっ……!」

「おや?おやおや?先程食せる魚介類はシジミのみと仰っていましたよね?エビなんて好きじゃない、とも仰っていましたよね?おやおやおや?」


 怒涛のおやおや攻撃にむぐーっ!と口を噤む。
 俺が立て直そうと思ったタイミングで浮かんだ腹黒眼鏡のニヤッとした笑み。眼鏡の奥に隠されてはいるが、あの爛々とした視線はきっと見間違いなんかじゃないはずだ。

 くそぅ、腹黒眼鏡めっ!俺が嘘を吐いたって事実をザマァエンドの口実に加えるつもりかっ……!
 なんて焦りを感じた直後、ふいに視界の端でふらりと動いた父に視線を移して息を呑んだ。


「お、おとうさま……?」

「──……まさか」

「ひゃっ、ひゃいっ!」


 そこにあったのはこれ以上ないくらい真ん丸に見開かれたアメジストの瞳。
 クワッ!とした鋭い眼光に射抜かれ、思わず涙目で震えながらもなんとか声を返す。肩をガシィッ!と鷲掴みされた時にはもう終わったと思った。わりとほんとに。


「本当に、アンドレアを救う為だけに動いたのか……?嫌いなエビを、大好物だなどと嘘を吐いてまで……?」

「ごごごっ、ごめんなさいぃっ!これからはエビもカワハギもしっかり食べますぅっ!」


 どうしよう、なんかよく分からんけどめっちゃ怒ってる。
 何やら激おこな父を見てぽろぽろ滂沱の涙が溢れ出す。反省の意を籠めて深くふかーく頭を下げたが、すぐに父に抱き起されてきょとんと首を傾げた。
 ……あれれ?怒っているわけじゃないのかな?


「……もういい……エビはこの国から排除する。お前は好きなだけシジミを食べていればいい……」

「……!シ、シジミをくれるのですかっ!ありがとうございますっ!ぼくも、お父さまのためにカワハギ釣ってきますっ!」

「私の為……私の為の行動をしてくれるというのか……そうか、そうか……」


 もう何が何だかわけわかめだが、とりあえずシジミをくれるそうなのでありがたく頷いた。
 突然の好意を手放しで受け取るのも失礼なので、俺からもカワハギをお返しすることを一応告げておく。感極まったように頷いているから、どうやらお返しの選択はばっちり大正解だったようだ。

 というかこの人、そんなにカワハギ大好きだったんだなぁ……。
 原作にもなかったプチ設定。それを思わぬ形で知れたことに、俺はちょっぴり嬉しくなってむふふと頬を緩めた。

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