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一章

11.いざ敵陣へ!〜ほっぺぷくーっの巻〜

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 ベルナルディ家の本館には、ファミリーの当主である父アロルド、俺の実母である後妻の母ディアナ、そして『暗華』の受け主人公である兄アンドレアが住んでいる。
 その他にも、ファミリーの幹部である強キャラが数人、父と兄の側近も暮らしているため、まさに原作の主人公サイド大集合な邸というわけである。母を除いてね。

 そうして、そんな主人公サイド大集合な本館に招待された俺、悪役のルカ……ここまで言えば分かるよな?誕生日パーティーの主役である俺が、まったく歓迎されていないということ、そして……。
 俺が今、スンと浮かべた無表情の下にぷるぷると泣き顔を隠しているということに──!


「此方でございます。既にご家族お揃いで、ルカ坊ちゃまを心待ちにしておりますよ」


 広間の大きな扉の前でなんとか震えを宥める。
 ずっと別館に冷遇放置されていた俺にサラッと皮肉っぽい言葉を掛けた眼鏡を、後ろに控えているガウとジャックが鋭く睨み付けた。
 いつもの俺なら二人と一緒にクールに睨んでいたところだが、なにせちょっぴり怯えて……いや、武者震いしているものだからそんな余裕はなかった。
 ごめんよ二人とも、俺の分までしっかり眼鏡を視線で射殺してくれ。

 無言の圧を向ける二人を意外そうに見つめ返した腹黒眼鏡だったが、すぐに驚きの色を表情から消して、一言笑顔で紡いだ。


「……ご案内致します。どうぞ中へ」


 その一言で雰囲気がピリッと切り替わる。扉の両脇に控えていた二人の黒服がサッと扉を開くと、中からたくさんの暗い感情が渦巻く凍て付いた空気が漂ってきた。

 初めに視界に映ったのは、何十人も座れそうな長テーブル。
 眉間に皺を刻んだとてつもない貫禄の美丈夫が上座に腰掛け、そこから順に、美丈夫と同じ髪と瞳の色を持った長髪の美少年、いかにも性格悪そうな華やかな美女が続いている。

 強張る体をなんとか解し、腹黒眼鏡を追うようにてくてくと歩き出す。
 案内された席につくまで、広間は静寂に包まれたままだった。肌を突き刺すような微かな悪意と嫌な視線で、居心地は最悪と言えるだろう。

 もはや堪えることの出来ない緊張と恐怖で声を発することが出来ない。
 無表情だけはなんとか気丈に保ちつつ、永遠にも感じる数秒の沈黙をなんとか耐える。

 目の前に置かれたミシュラン三つ星という感じの高そうな料理を見つめながら俯くこと数秒、やがて初めに声を上げたのは母のディアナだった。


「大きくなったわねルカ。久々に顔を見ることができてとても嬉しいわぁ」


 にこやかにそう語る母だが、扇子の下に隠された口元はきっと嘲りで醜く歪んでいることだろう。
 家族の誰とも被っていない金髪と橙の瞳が鮮やかに輝く。それになんとか笑顔を作って、力の入らない腹から声を絞り出した。


「……ぼくも嬉しいです。お母さま」


 慣れない一人称と敬語を必死に紡ぐ。
 お母様、という言葉に母が不快そうな表情をしたことには気付かないフリをした。そんな顔わざわざ見せなくても分かってるよ、あんたが俺を愛していないことくらい。
 俺だって母のことを……いや、ここにいる誰のことも家族だとは思っていない。ここは俺にとって戦場にすぎなくて、それ以上は何も……


「っ……!」


 柄にもなく気が沈みかけたその時、ふいにほんの一瞬だけ首元に人肌を感じて息を呑んだ。
 位置的に、恐らく俺の後ろに控えているガウかジャックのどちらかが首に触れたのだろうけれど……その温もりを感じた瞬間、つい数秒前まで芽生えていたネガティブな思考が霧散した。

 そうだ、この場にいるのは敵だけじゃない。俺には家族がついている。
 血の繋がりなんてものはないけれど、それでも、血の繋がった他人以上に信頼し合えると胸を張って言える家族が。


「──……」


 俯いた顔を微かに綻ばせる。
 ありがとう、と心の中で二人に告げ、戻ってきた自信を胸に俺は顔を上げた。

 切り替えよう。この日のためにたくさん努力した今までの日々を思い出すんだ。
 作戦もたくさん練った。小説のストーリーも紙に書き出して、いつどんなハプニングが起こり、それにどう対応すべきか。ゼロから全部準備してきたのだから。
 大丈夫。俺はこんなところで退場なんてしない。どんな手を使ってでも生き残るんだ。

 この悪意渦巻くマフィアの世界で。


「──無駄話は控えろ。これ以上は料理が冷める」


 ふいに、室内の空気を全て凍り付かせるような絶対零度の声が静かに響いた。
 ちらりと見上げた先には、ゾッとするような光の無い瞳を微かに伏せた当主の姿がある。嫌いな妻と俺の声を同時に聞いたからか、途端に機嫌を損ねてしまったようだ。

 この場が一応俺の誕生日を祝うパーティーであることすら、この分だと忘れていそうだな。
 まぁ呑気にサプライズを期待していたわけじゃないのでそれは構わない。そんなことより……今はアンドレアだ。


「……」


 流石の母も口を閉ざして扇子を置く。
 居心地の悪い空気の中、全員が無言で料理を食べ始めるのをカトラリーを扱いながらこっそり流し見た。

 その視線の最後をアンドレアに向け、視界をぴたっと固定する。
 今のところ彼の様子に特に異常は見られない。“あの”展開はまだ先だったっけ……と慎重に思考を巡らせ始めた直後、それは起こった。


「っ……」


 視界の端で、アンドレアがふと顔を強張らせたのが見えた。
 本当に微細な変化だったから、たぶんそれに気が付いたのは俺だけだ。広間へ入ってからずっとアンドレアを注視していた俺だけが、今のほんの僅かな反応を察した。

 目を凝らしてアンドレアのスープを覗く。そこに入っているとある具材を見て溜め息を吐いた。


 ……ついに、ザマァエンドへのストーリーが動き出したらしい。


 原作のストーリーを思い返す。
 母が実家の力を使いながら父を説得し、六年かけてようやく起こした俺の誕生日パーティー。このパーティーの中で、悪役であるルカは主人公であるアンドレアと当主の父から完全に敵認定される。
 原作では、このパーティー中に母が起こすアンドレアへの嫌がらせに、ルカも積極的に手を出して悪役ムーブを展開する。
 それによってアンドレアと父は、母だけでなく俺も報復の対象に入れるのだ。

 つまり、ここでの行動の全てが、俺のザマァエンドが実行されるか回避されるかを決めるということ。

 そうして、たった今起こった出来事こそが、母によるアンドレアへの陰湿な嫌がらせ。
 アンドレアが無言で食べるのを躊躇しているスープ。その中には、重大な“アレルギー”反応を引き起こすとある具材が入っているのだ。


「あら?どうしたのアンドレア。スープが冷めてしまうわよ」


 ふと声を上げた母は心配そうに眉尻を下げているが、愉快そうに上がった口角の歪みを隠し切れていない。

 母の言葉を聞いて、アンドレアは恐らく悟ったはずだ。
 アレルギー反応を引き起こす具材が自分のスープのみに都合よく入っていること、そしてそれが、シェフによる単なるミスではないことに。


「まぁどうしましょう!アンドレアったら、嫌いな料理でもあったのかしら?」


 わざとらしく声を上げる母。ちらりと父に視線を向ける母を見れば、この後の狙いなんて簡単に想像がつく。
 当主である父も普段なら目敏く気付いていただろうが、嫌いな母と俺を同時に視界に入れて疲労やストレスが溜まっていたのだろう。
 父は苛立った様子を見せながら、アンドレアに視線も向けず言い放った。


「……アンドレア、子供のような真似はよせ。好き嫌いをするなど情けない」


 明確な苛立ちが籠った声に、アンドレアがぴくっと肩を揺らす。
 この冷え切った空気では、もう言い出すことなど出来ないと諦観したのだろう。アンドレアは無言でスプーンを手に持った。

 ……本来のストーリーであれば、このあとアンドレアは具材を口にしてアレルギー反応を引き起こす。
 意識を朦朧とさせながら倒れ込み、視界の端に移った意地の悪い笑みを浮かべる弟……つまり俺を見て決意するのだ。

 母だけじゃない。力を付けた暁には、弟も排除しようと。


「──……ずるい」


 ザマァエンドへの道を着々と歩んでいる。
 その危機感に体を強張らせながら、俺は思い切り腹に力を入れて声を絞り出した。

 蚊の鳴くような声だったが、静寂の広間にはよく響いた。
 三人だけでなく、父と兄の背後にそれぞれ控える側近達までもが俺に視線を向ける。父の側近らしいあの腹黒眼鏡も同様に。

 この場にいる役者全員の視線が俺に向いている。その事実に怯みながらも、少しだけわくわくした。
 俺は今からザマァエンドをぶっ壊す。本来のストーリーを捻じ曲げるのだ。


「お兄さまだけ、ずるいです!」


 無知な子供を演じて叫ぶ。
 ぷくーっ!とリスの如くほっぺを膨らませて、ガクガク震える足を叱咤してなんとか立ち上がった。
 そして再び叫ぶ。この一言で、アンドレアの危機と異常を全員に悟らせるために。

 食事中に立つなんて無礼だぞ!なんて言われて殺されませんように……!と祈りながら、俺は大きく声を上げた。



「ぼくのだいすきな"エビ"を独り占めするなんて!」


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