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一章
10.いざ敵陣へ!〜ニコニコ腹黒眼鏡の巻〜
しおりを挟むこそこそひそひそと三人で秘密の会議を行った数日後。
ついに訪れた六歳の誕生日パーティー当日。最大限着飾って準備万端!となった俺は、ガウとジャックを背後に連れて最後の確認をしていた。
ちなみにガウとジャックも、俺の側近として本館へ行くということでビシッとした黒スーツ姿だ。
普段は無造作に下ろしている金髪を後ろに撫でつけたガウも、肩までの赤髪をくるりとお団子に結わえたジャックも、二人ともとってもカッコいい。
胸ポケットに手を当てて、用意した“それ”が確かに入っていることを確認する。
第一の作戦、『兄に恩と媚を売ろう作戦』に使う大切なものだから、忘れていないかしっかり確認してから行かないと。
堅苦しいジャケットの襟を正してぽすっと胸を叩く。気合を入れるおまじないだ。
最後にぺちぺちっと両頬を叩いて今度こそ準備万端!てくてくと玄関ロビーへ向かい、そこに並んでいた別館付きの構成員達を見てきょとんと目を丸くした。
「お前たち、いったいなにを……?」
階段で足を止め、ぱちくりと瞬く。そんな俺を見上げた彼らは、何かを決意したように背筋を張って、突如一斉にバッ……!と頭を下げた。
「──いってらっしゃいませ!!坊ちゃん!!」
その姿は紛れもなく、原作で読んだマフィアの構成員そのもの。
玄関ロビーで花道を作るように並び、頭を下げる彼ら。その光景を見下ろすと、本当に自分は巨大なファミリーの人間なのだと嫌でも実感する。
それと同時に、思い知る。
彼らの命を握っているのは紛れもなく自分なのだと。俺のヘマ一つで同時に皆の命も吹き飛ぶ。別館付きの構成員ということは、俺に忠誠を誓った部下ということだから。
……俺は、これだけの数の命を抱えている。
前世は平穏平凡で、なおかつ病弱な日本人でしかなかったから、正直この事実と状況はとっても怖い。すぐにでも意識を手放してしまいそうなくらい。
けれど、それは出来ない。俺の一挙手一投足に何十もの命がかかっているのだ。怖いからと、小心者の本性を表に出すことは出来ない。
覚悟を決めないと。自分が生き残るためだけじゃない。今まで俺を支えてくれた“ファミリー”達を守るためにも。
「……うん。いってきます」
お帰りをお待ちしております、と野太い声が続く。
その言葉に籠った温もりに思わず涙が零れそうになったけれど、必死で耐えた。泣くのは全部終わらせた後だ。
それまでは、どんな時でも気丈でクールな『ルカ・ベルナルディ』でいなければ。
* * *
「──お待ちしておりました。ルカ坊ちゃま」
嘘つけ、と零しそうになった悪態を寸前で堪える。
ベルナルディ家の敷地内で生まれて六年。初めて訪れた本館は、別館とは非にならないくらい大きなお邸だった。
もはや城と呼べそうな本館を目の当たりにしてしまうと、ずっと豪邸だと思っていた別館が本館に付属した物置小屋みたいに感じてしまう。
それでも俺にとって、あの別館が大切な我が家であることに変わりないけれど。
「さぁどうぞ広間へ。当主様達がお待ちです」
淡々とした口調の男。
別館のガチムチ達と比べると随分細身だ。きっちりと黒服を着込んだ眼鏡の男は、だが恐らくれっきとした構成員の一人なのだろう。
曲がりなりにも俺もマフィアの子。武器を隠しているのだろう裾の膨らみくらいには当然気付く。
にこやかに笑みを貼り付けて俺を誘うものの、眼鏡の奥にある瞳は微塵も笑っていない。
頭のてっぺんから足の爪先まで。隠すことなく俺を観察しているであろう視線が中々に不愉快だ。
あんまりにも不快だったものだから、思わずぽつりと呟いてしまった。
「……おいお前、礼儀のなっていない瞳は閉じるか抉るかしろ。不愉快だ」
アンドレアの俺様クールなセリフは小説で何度も読んだ。アンドレアの罵倒レパートリーも全て記憶している。
俺のオリジナルだと『ばか』やら『あほ』やらしか出てこないので、この口が達者そうな眼鏡にはアンドレア流罵倒集から抜粋したセリフをお見舞いしてやった。
精々メンタルをやられて泣きわめけ!と内心ふふんと鼻で笑う。表はしっかり無表情を保っているけれど。
さぁ泣くか!泣くのか!とわくわく待つこと数秒。
ぽかんと目を丸くした眼鏡は、やがてむぐっと口元を覆って俯いた。何やら肩がぷるぷると震えている。
……え、え。そ、そんなに傷ついた?うそ、ごめんよ……とおろおろ謝罪を口にした直後、眼鏡は突然ぶはっ!と笑い声を吹き出した。
……む?笑い声?
「っふ、くくッ……」
「……おい。わらうな。何がおかしい。ばか、あほ」
「ッくは!ばかって、あほって……っ、さっきの罵倒はキレッキレだったのに……!」
笑いを精一杯堪えてお腹を抱えるニコニコ眼鏡。
せっかくアンドレア流の俺様セリフが決まったのに、とほっぺぷくーをして怒りを表現するが、それを見た眼鏡はハッと背筋を伸ばすどころか更に爆笑しやがった。
やがてはーはーと苦しそうに息を整え、やっぱりニコニコッと爽やか笑顔で俺を見下ろす。さっきと唯一違ったのは、俺を値踏みするような不快な視線だ。
今はあまり不快さは感じない。瞳にはさっきと違い、なんだか愉快気な色や温かな色が微かに宿っている。
「先程は大変失礼致しました。まさか坊ちゃまがこんなにも愛らしいお方だとは思わず。真逆の性格であると予想しておりましたので」
真逆の性格……それってどんな性格?なんてのはもちろん聞けるわけがない。
ここは分かってるフリして神妙に頷いておこう。何事も第一印象はクールでいかないとね。
そんな俺のクールな頷きすらも笑いを堪えて見下ろす眼鏡を軽く睨んで、いい加減中に入れろと無言の圧をかける。
流石の眼鏡も時間が押していることを気にしたのか、爆笑を潜めてにこやかな笑顔で先を進んだ。
その道中、眼鏡はちらりと振り返って俺の背後に視線を向ける。この視線は……ジャックに向けられているのか。
「巷で噂の切り裂きジャックを引き入れたというのは、本当だったのですね」
「……それがどうかしたか」
ま、まさか、やっぱり本館の連中はジャックを狙っているのか……!?
あわあわとした焦りは表に出さず、感情を消して無表情で尋ねる。すると眼鏡はニコリと笑って「いえいえ」と首を振った。
「今のところ、坊ちゃまの実力が全く読めないなと驚きまして。大抵は“見る”だけで大体のレベルは分かるのですが……非常に愉快で目が離せませんね」
弧を描いた瞳が爛々と輝く。
相手を丸ごと捕食するかのようなマフィアの視線。そろりとその視線から逃げつつ、死角でこっそりジャックの手を握った。
ジャックは俺のだよな、と暗に確認する為に。
間を置かずぎゅっと握り返された感触で、そんな不安はすぐに掻き消えたが。
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