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一章
8.切り札は愛の逃避行
しおりを挟む目が覚めて初めに視界に映ったのは、血のような朱殷色の髪だった。
そういえばガウと初めて会った日も同じような経験をしたな……とデジャヴを感じながら起き上がる。
ガウや他の構成員達が俺のベッドに他人が潜り込むことを良しとするはずがないから……恐らく、ジャックが勝手に部屋に忍び込んだのだろう。
普通ならベルナルディ家の敷地内で自由に動くことなんか出来ないが、暗殺のプロであるジャックなら侵入やら何やらは朝飯前だろうから大して驚きはない。
「起きろジャック。お前、見つかったらみんなに殺されちゃうぞ」
ゆらゆらと肩を揺らしてジャックを目覚めさせる。
ジャックは起きているのかいないのか、ぺたんと座り込む俺の腰にぎゅうっと抱き着いて、「うぅーん」と言いながらお腹にうりうりと顔を埋めた。少し擽ったいけれど、まぁいいか。
ぐずる姿がまるで子供みたいで、反射的にジャックの頭をぽんぽんと撫でてしまった。
よしよし、いつまでも甘えてないで早く起きようなー。
「おはよぉ、ご主人様」
やがて俺の膝の上でころんと仰向けになったジャックは、やけに爛々とスッキリした目で囁いた。さてはこいつ、最初から起きてたな……。
額をぶすっと指先で刺してメッをする。「ご主人様の鬼ぃー」と喚くジャックにごめんごめんと頬を緩めた。
「おはようジャック。俺、もしかして倒れた?」
「うん、倒れたよぉ。本当に僕、すぅっごく心配したんだからねぇ?」
そう言って、ジャックはぷくーっと頬を膨らませる。妖艶な印象の美形だけれど、中身はそれに反してかなり子供っぽい性格をしているらしい。
……こうして俺に甘えている男が、今まではスラム街の“クズ達”を殺して回っていたのか。
ジャックの過去を思い出してスッと目を細めると、その微かな気の沈みを敏感に察したのか、ジャックを取り巻く空気が俊敏に切り替わった。
今目の前にいるのは甘えん坊な男じゃなく、スラム街を騒がせた『切り裂きジャック』だ。切り替わった重苦しい空気が、その事実を嫌でも突き付けてくる。
恐怖心はひた隠し、とにかく気丈な態度を装ってジャックの瞳を真っ直ぐ見つめ返す。
じーっと見つめ合うこと数秒。やがてふわっと微笑んだジャックが、淡々とした声で言葉を紡いだ。
「……それで?ご主人様は……僕に何かしてほしいことがあるんだよねぇ?」
ここからが作戦の本番だ。それを悟る。
ここでジャックを堕とせなければ、今までの苦労が無駄になる。せっかくジャックを邸に連れ帰るところまでは成功したのだから、最後までしっかりやり遂げないと。
生存ルートのため、何としてでもジャックが敵になるストーリーをぶち壊すのだ。
「うん。もちろん、お前の条件もきちんと呑むよ」
これは対等な取引だと暗に語る。
ジャックはニコッと微笑んで起き上がり、俺を膝の上に乗せて満足気に頷いた。
背中にぴとっとジャックの温もりを感じる。一見懐っこい和やかな動きだけれど、俺には無言の圧としか思えなかった。
お前なんていつでも背後から刺せるんだぞ、という切り裂きジャックの警告が聞こえてくるような気がして、一向に気が休まらない。
「そっかそっかぁ。それじゃあ、早く聞かせて?ご主人様のお願いごと」
髪をくるくると弄られながら問われる。
それにこくりと頷いて、刺されませんように……と祈りながら死を覚悟で答えた。
「──お、俺が死にそうになったら、一緒に逃げてほしいんだ!」
刺すか!?刺さないのか!?と究極の二択を予測しながらきゅっと目を閉じる。
こんな悪役の風上にも置けない腰抜けみたいなセリフ、超強い殺人鬼であるジャックからしたら地雷かもしれない。
まさか原作のストーリーより先にエンドが訪れてしまうなんて。
こんなことなら静かにザマァエンドを受け入れていれば良かったぜ、ぐすん……なんて泣きそうになった頃。ふと俺を抱えたジャックの身体がぷるぷると小刻みに震え始める。
なにごと?と見上げた瞬間、ジャックが涙すら零しながら「ぶはっ!!」と吹き出した。
「アッハッハッハ!!」
「む……?むっ!?」
突然の大爆笑にぱちくりと瞬く。一体どういうことだってばよ。
ぽかんとする俺を背後からぎゅーっと抱き締めたジャックは、涙の滲んだ瞳を拭って「ほんっと最高すぎるよ、ご主人様」と笑い声を震わせた。
「そこは肉壁になれとか、性処理道具になれとか、そういうのを言うところじゃんねぇ」
「んなっ!に、肉壁なんて危ないだろ!痛いだろ!せ、せいしょ……こほんっ、ちょめちょめな道具もだめに決まってる!そういうのは好きな人とするんだぞ!」
「ぶはっ!!ほんと最ッ高!もーっかわいすぎ!ぎゅってしちゃう!」
ぎゅーっと抱き締められた身体をうりうりーっと揺さぶられる。
それにあわわっと耐えて何とか腕の中から抜け出すと、ジャックは火照った頬を隠すことなくにへらぁっと笑った。
再び呆気なくジャックに捕まり、けれど今度はぎゅーで拘束されることなく向かい合った形でお互い座り込む。じーっと俺を見下ろしながら、ジャックはやがて妖しく目を細めて語った。
「死にそうになったら逃げる、って言ってたけど……それって、ご主人様が危険な状況に陥ったら、僕がご主人様を拉致っていい……ってことだよねぇ?」
確認みたいに問われたそれに、ぱぁっと表情を輝かせる。
俺が死にそうになったら連れ去ってくれる?なんだそれ、すっごくありがたいぞ!
ジャックはアンドレアの指示を受けて俺を殺すことはない。仮にアンドレアがジャックじゃない人物に俺の殺害を依頼したとしても、ジャックに勝てる奴はそうそう居ないだろう。
アンドレアへの媚売り作戦が最悪失敗したとしても、超強いジャックが俺をベルナルディ家から連れ去るという切り札の策があるなら……これはもう、怖いものは何もないと言って良いのでは……!?
「うん、うんっ!そういうことだ!俺の状況がやばくなったら、ジャックは俺と一緒にどっか遠いところへ逃げるんだぞ!」
「……ふへ、ふへへ……ご主人様と愛の逃避行……んふふっ」
よかった!よく分からんが、とりあえずジャックを仲間に引き入れる作戦は完全に成功したと思っていいらしい。
ザマァエンドの引き金となる六歳の誕生日パーティー……これで大きな準備は完了したし、自信を持って最初の舞台に立つことが出来そうだ。
切り札のジャックと、原作ではルカにはなかった別館付きの構成員達との絆、そして護衛のガウ。
心配や不安はあるけれど……なんだか上手くいきそうな気がする。
何やらふへへっと頬を緩めるジャックの抱擁を受けながら、俺は確実に湧き上がる希望を感じてよしっ!と拳を上げた。
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