獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

上総啓

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53.再会

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むにゃむにゃ、と涎を零しながらふと目覚めた。
明るいお日様が目元に射しこんで、咄嗟にしゅぱっと毛布を被る。けれどすぐにハッとして、朝は起きなきゃなのよと身体を起こした。


「んむ、ぐぅ……むっ! むぅ、まきちゃ?」


ベッドの上にぺたりと座り込み、そのままぐぅっと眠ってしまいそうになるのをなんとか堪える。
眠る直前にはあった温もりがなくなっていることに今更になって気付き、慌てて辺りをきょろきょろと見渡した。
大好きな三角耳も、ふさふさの尻尾もどこにもない。きれいな青色の瞳も、優しく頭を撫でてくれる大きな手もどこにもなかった。


「マキちゃんたら……また『おはよ』忘れておきちゃったのね。こまった子ねぇ」


朝目が覚めたら、必ず家族に『おはよ』しなきゃだめなのに。マキちゃんったらそれを忘れてすたこらさっさと起きちゃうなんて、本当にこまったせっかちさんなんだから。
初めの頃はぐすんと泣いていたけれど、流石に何日か続くと慣れてしまうものだ。またいつものうっかりさんねと納得して、僕はため息を吐きながらベッドを出た。


「おはようございます、ヒナタ様」

「うむ、おはよ。……むぅ?」


ベッドに向かい合うようにしながら地面に下りて早々、背後からかけられた声に一度はさらりと返事をする。
けれどすぐに我に返り、なにものかねと振り返った。起きた時は部屋に僕しかいなかったはずだけれど、一体この一瞬で誰がどこから入ってきたというのかね。

しゃーっと毛を逆立てるみたいに警戒しながら振り返った先には、マキちゃんに似た無表情を浮かべる黒豹獣人さんがいた。


「まっ!ツバキさん。びっくりねぇ。いつからいたのかねぇ」

「初めからおりました。驚かせてしまい申し訳ございません」


なんと。どうやらツバキさんは最初からベッドの近くにいたようだ。
寝ぼけていたせいで、僕ったらツバキさんをスルーしておはよしてしまったみたい。
わるいことしちゃったのよ、と反省しつつ「ごめんねぇ、おはよするのよ。おはよツバキさん」と言うと、ツバキさんは緩く目を細めて二度目の「おはようございます」を紡いでくれた。

ピンとたった僕の寝癖をよしよしと撫でつつ、ツバキさんが僕をひょいっと抱き上げる。
クローゼットまで向かう足取りがやけに急いでいるように感じたから、きょとんと首を傾げて「どしたの」と尋ねてみた。


「お目覚めになったばかりのところ恐縮ですが、少々面倒事が控えておりますので急ぎ用意を済ませていただければと」

「む、いそぎ? めんどう? なんのことだろねぇ」

「マキシミリアン様が一階の応接室でお客様とお待ちです。お会いになれば分かりますよ」


スラスラと説明を語りつつも、ツバキさんの手はシュパパッと素早く動いて僕の準備を進めている。
話が終わる頃には着替えが済み、まだちょっぴり寝ぼけている僕の顔を濡れタオルでごしごし拭いながら、ツバキさんはすたこらさっさと歩き出した。

急に顔を拭かれたものだから、びっくりしておめめぱっちり目覚めてしまった。むぅ……ちょっぴり不服だけれど、しっかり目が覚めたから結果おーらいね。


「むぐ、むぅ。そだ。そういえば、お客さまってだぁれ?」


濡れタオルに一体どんな魔法の水が染みこまれていたのか。
一瞬でぷるぷるになったお肌にびっくりしてむぐむぐしながらふと尋ねると、ツバキさんは僕を抱えたまま廊下を速足で進みながら答えてくれた。


「聖騎士隊のシュミット隊長です。早朝に邸へ訪れたかと思えば、ヒナタ様と顔を合わせるまで決して帰らないと。今朝からマキシミリアン様が対応なさっています」


まさかの答えに思わず目を見開いた。口もぱっかーんと開いているかもしれない。
なんてこと。どうやら朝早くから遊びにきたのはシューちゃんらしい。そういえば、シューちゃんとはお別れの言葉もなく離ればなれになってそれきりだったな、と今更思い出した。

昨日はおじいさまとお話をするだけで終わってしまい、神殿に行くことはなかった。
シューちゃんに会いにいくことも、あの儀式のことを詳しく聞くこともできなかった。
結局、大きくなれるよというのは嘘だったみたいだし……それも一度シューちゃんに聞きたかったところだ。

一通り脳内での回想を終え、むんっとツバキさんを見上げる。
キリッとした表情を浮かべつつ、ツバキさんの裾を引っ張りながらお願いした。


「お客さまをお待たせするのは、わるいことよ。ツバキさん、ふるすぴーどでむかうのよ」

「御意」


僕のかっこいい『命令』を聞き、ツバキさんはまさに豹のような速さで廊下を駆け抜けた。


***


僕を床に下ろしたツバキさんが、サッと気配を消しつつ後ろへ下がる。
それを見届けてから、僕は目の前の応接室の扉をコンコンと叩いた。


「こんこん。ヒナタです。マキちゃん、シューちゃん、僕もおしゃべりにいれてくださいな」


きらきらおめめで声をかけると、途端に中から慌ただしい音と空気が漂ってきた。
二人だけで楽しくおしゃべりなんて、そんなのうらやましいのよ。僕もマキちゃんとシューちゃんと、楽しくいっぱいおしゃべりしたいのよ。
そう思いながらわくわくと待っていると、すぐに扉がガチャリと開かれた。


「ヒナタ、起きたのか。まだ眠っていてもよかったのに」


現れたのはきっちりとお外用のお洋服に身を包んだマキちゃんだった。
僕みたいに寝癖をピンとたてていないし、寝ぼけまなこでもない。マキちゃんは本当にクールでスマートなお兄さんね、なんて思いながら手を伸ばす。


「マキちゃん、おはよわすれてるのよ。おはよマキちゃん。マキちゃんいないと、さむいのよ。かなしいの。だから、もうおめめぱっちりよ」


僕はかしこいお兄さんなので、しっかりとマキちゃんの忘れものも届けることができる。
忘れものの『おはよ』を届けると、マキちゃんはたちまち無表情を甘く蕩けさせて僕を抱き上げた。


「あぁヒナタ、一人にしてすまない。ヒナタを連れ抱えて動くべきだったな。おはよう」


マキちゃんはそう言いながら応接室に入ると、さっきまで座っていたらしいソファにゆっくりと腰掛けた。
それと同時に背後から声を掛けられ、慌ててマキちゃんと向かい合う体勢からくるりと姿勢を正す。


「ヒナタ様、おはようございます。お会いできて光栄です。今日もお可愛らしいですね」


聞き慣れた甘い声。向かいのソファに音もなく座っていたのは、きれいな笑顔を浮かべたシューちゃんだった。
今日も艶やかな長い銀髪や虹色の瞳が輝いていて、本当に美人さんだ。純白の騎士服も相まって、まるで神殿の大聖堂のガラスに描かれていた天使さまみたい。


「シューちゃん! おはよシューちゃん。とっても早起きねぇ」

「ふふっ。恥ずかしながら、ヒナタ様に会いたくて堪らず早起きしてしまいました」


嬉しい言葉を返され、思わずぽぽっと頬が赤く染まる。
えへへともじもじする僕を、シューちゃんはとっても優しい瞳で見つめてくれた。仮面みたいなあれじゃない、シューちゃんの本当の笑顔だ。
朝からシューちゃんの笑顔を見られたことに僕ったら大満足。るんるんと揺れていると、ふいにシューちゃんが穏やかな声をかけてきた。


「ヒナタ様、今日は早朝から呼び出して申し訳ございません。一昨日から一度も顔を合わせる機会がなく、お身体の具合が気になっていたもので……」


控えめに語られたそれを聞き、さっきまでのぽわぽわオーラが霧散した。
そうだ、そういえばシューちゃんったら、僕に嘘をついたのだ。お水を飲んでいっぱい寝たら大きくなるって言ったのに、だまされたのだ。


「むぅ。シューちゃんたら、ひどいのよ。僕、おこなのよ。とってもおこなの」


全てを思い出し、僕ったらげきおこ。ぷんすかと頬を膨らませると、ぷくっとなったほっぺをマキちゃんにツンツン突っつかれた。
むぅ、マキちゃんもひどいのよ。今はぷにぷにツンツンしている場合じゃないのよ。


「あぁヒナタ様! その節は本当に申し訳ありませんでした……! 私の言葉が足らなかったばかりに、故意でなかったとはいえ騙すような結果になってしまい……」


神様に祈るみたいに両手を組みながら、シューちゃんが泣きそうな顔でそう語る。
それを聞いて思わずぱちくりと瞬いた。今の言葉が本当なら、シューちゃんに僕をだますつもりはなかったってこと。びっくりの事実を知り、僕はたちまち青ざめた。


「まっ! シューちゃん、わざとじゃなかったの。だましたわけじゃ、なかったの?」

「私がヒナタ様を騙すなど滅相もない!全ての行動はヒナタ様の為を想ってのことです。一昨日の件も、私はただヒナタ様のことを想って……うぅっ」


顔を両手で覆ってぐすんぐすんと啜り泣くシューちゃんを見て、僕ったらあわわと慌ててしまった。
マキちゃんの膝からぴょいっと飛びおり、テーブルを回り込んでシューちゃんのもとへ。むぎゅっと抱きつきつつ、眉尻を下げて「ごめんねぇ」と謝った。


「てっきりだまされたと思ったのよ。僕ったらひどい子ねぇ。ごめんねぇ。わざとじゃないなら、いいのよ。僕、おこじゃないのよ」

「あぁヒナタ様、なんとお優しい……至らない私を許してくださるのですね……!」

「むん、シューちゃん好きよ。だいすきよ。だからもう、しくしくしないのよ」


背中にシューちゃんの腕がむぎゅっと回される。強く抱き締められて、僕はシューちゃんと一緒にぐすぐすめそめそと涙ぐんだ。
死角でシューちゃんがにぃっと笑っていることも、背後でマキちゃんが呆れ顔でため息を吐いていることにも気づかずに。
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