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50.ヴィトお兄さま
しおりを挟むおじいさまとのお話が終わり、客間で一人しょんぼりとソファに腰かける。マキちゃんが迎えに来てくれるまで、ここで待たなければならないのだ。
ふかふかのクッションを抱えて足をぷらぷら揺らしながら、僕はおじいさまと話した予言の内容についてを思い返した。
「ぼくの、しめい」
ぽつりと呟く。使命だなんて、そんなことを急に言われても簡単に納得することはできない。
二度目の天魔戦争、獣人さんたちの滅亡を防ぐために、僕はここに呼ばれた。ずっと昔に起こったひどい戦争を、天族……神様たちは繰り返そうとしているのだ。
ヒト族がなくなって天族さんたちはとても悲しんだって、おじいさまは言っていたけれど。
もう一度戦争を起こそうとしているのに、本当に一度目の戦争を悲しんでなんているのだろうか。
一度してしまった間違いをもう一度繰り返そうだなんて、神様たちの考えることはよくわからない。悲しんでいるのに、繰り返す?やっぱり、まったく理解できない。
「戦争なんて、しなきゃいいのに」
むすっとほっぺを膨らませる。僕が子供っぽいのかな。僕が、大人の事情っていうものを理解できない子供なだけなのかな。
でも、たとえ子供っぽいだけなのだとしても、それでも納得したくない。どんな理由があったって、戦争はしちゃいけないことだ。戦争の経験がない僕でさえ、それくらいはわかる。
でも、たぶん何かしらの理由はあるのだろう。だから、その理由も知らなきゃ。
そうじゃなきゃ、僕は自分がしなきゃいけないことを理解できない。二度目の天魔戦争が起きる前に、天族さんと話ができればいいのだけれど。
「どうしたら、神さまに会えるかな」
背もたれに後頭部をのっけながら呟く。
神様に会うだなんて、そんなこと今まで考えたこともなかったけれど。でも、考えないと。使命とやらだけじゃなく、僕が予言の子に選ばれた理由も気になるもの。
でもとりあえず、今日は色々難しいことを聞いて疲れちゃったから、ぐるぐる考えるのは明日にしよう。
そう思い、僕は難しい思考を全て中断して力を抜いた。今日のところは考えることをやめて、大人しくマキちゃんの迎えを待つことにしよう。
決意したのはいいものの、それからすぐに扉をノックされてハッと身体を起こした。
「む、マキちゃんかな。お迎え、もうきたのね」
わくわくしながら立ち上がり、とことこと扉まで駆け寄る。
ガチャリと開けてすぐ、僕はピタァッと硬直した。あれま、マキちゃんじゃない獣人さんだねぇ。
「むぅ。だぁれ?」
現れたのは、とってもおっきな獣人さん。お兄さんやマキちゃんよりも、ずっと大きい獣人さんだ。
ぱっと見てすぐ、彼の顔に刻まれた大きな傷跡が目に入った。鎧や服から覗いた肌にびっしりと傷痕が見られる辺り、どうやら日常的に戦いという場面に慣れている獣人さんみたいだ。
首が痛くなるくらい見上げて、ようやく彼のモフ耳が視界に映った。丸っこくて茶色いあの耳……このおっきな身体も一緒に見る限り、たぶんクマさんだろう。クマの獣人さんに違いない。
「突然訪ねてしまって申し訳ない。予言の子が王宮に居ると聞いて、ぜひ挨拶をと思ってね」
ところどころ赤黒く汚れた銀色の鎧を纏ったクマさんが、その姿に似合わない穏やかな笑顔を浮かべてそう語る。
ぽけーっと固まる僕を見て、クマさんはハッとした様子で鎧を見下ろした。
「おっと、すまない。国境付近での討伐任務から戻ったばかりで、着替えも済まさずに来てしまった。見苦しいものを見せてしまったね、着替えてから出直して──」
「ううん、だいじょぶ。あの、お部屋にどうぞ」
慌てた様子で踵を返したクマさんの背に、僕も慌てて声をかける。
神殿の嫌なおじさんを見た時のような、嫌な直感は抱かない。たぶん、このクマさんは悪いひとじゃないはずだ。そう思い、僕は警戒心を解いてクマさんを招き入れた。
「む、そうか。では遠慮なく。あぁ、君の保護者が迎えに来る前に去るから心配しないでくれ」
にこにこしながら語り、クマさんが大きな身体をのそりとソファに下ろす。
僕もあたふたしながらとことこ戻り、クマさんの向かいに腰かけた。緊張する僕の様子を察したのか、クマさんは初めに柔らかい声で自己紹介をしてくれた。
「名乗り遅れてしまい申し訳ない。私は獣人国の王太子、ヴィトだ」
「王太子、さま?僕、ヒナタです。よろしくおねがいします」
王太子のヴィトさん。というと、おじいさまの話の中にも出てきたひとだ。そういえば、耳がおじいさまのものとよく似ている。王太子さまっていうのは本当みたいね。
ということは、この人も予言について最後まで知っているということか。おじいさまや僕の他に、唯一予言の本当の内容を知る獣人さん。
そう思うと、なんだか妙な親近感のようなものを抱いて、僕は彼に対する警戒心を完全に解いた。もともと、初めにこのひとを見た瞬間から、悪い印象はまったく抱いていなかったけれど。
「私のことはヴィトと呼んでもらって構わないよ。いや……できれば、ヴィトお兄様、お兄ちゃん、という呼び方も捨てがたいね。私も、君のことをヒナタ君と呼んでもいいかな?」
「は、はい。ヒナタでだいじょぶです。あの、えと……ヴィト、おにいさま?」
呼び方に少し迷って、結局ヴィトお兄さまが最初に例に挙げた呼び方を選んだ。
お兄さま、だなんて。なんだか少しくすぐったくて、頬を火照らせながら呼び名を口にした。するとヴィトお兄さまは一瞬ピシッと固まって、照れくさそうに笑った。
「ははっ、なんだか思っていたより照れるね。君のような愛らしい少年にお兄様と呼ばれるのは」
大柄な体躯と強面なお顔と比べてギャップを感じる、ヴィトお兄さまの穏やかな雰囲気。
その柔らかいオーラにほっと力が抜けるのも束の間、ふとヴィトお兄さまが鎧を脱いだことで身体がハッと強張った。
鎧の下に現れたのは、とっても痛そうな大きな傷だった。鋭利な何かに突き刺されたのか、脇腹の辺りに穴が空くみたいに抉れた傷ができている。
「ヴィトおにいさまっ、そのケガは……?」
「ん?あぁ、気にすることはない。ただの掠り傷だよ」
掠り傷だなんて。なんてことなさそうに笑うお兄さまの姿にぐっと胸が痛んで、僕は衝動のまま立ち上がってお兄さまの方に回り込んだ。
サーッと青褪めたまましゃがみこみ、脇腹の傷に顔を近付ける。やっぱり、どう見ても大ケガだ。ただの掠り傷には見えない。
早く治療しなきゃ、ヴィトお兄さまが死んじゃう。そう思って涙目になりながら、僕はあたふたと顔を上げて呼びかけた。
「おにいさま!はやくお医者さまを呼ばなきゃっ……う、うぅっ……」
「む……?い、いや、本当に平気だから心配しないでくれ。この程度の怪我、熊獣人である私にはほんの掠り傷程度のもので──」
「ひぐっ、うえぇっ!しんじゃうよぅ……!」
死なない、死なないよ!と慌てた様子で弁明するヴィトお兄さまのことは信用できない。
だってどう見ても死んじゃう一歩手前の大ケガだもの。とにかく早くお医者さまを呼ばないと、とあたふた立ち上がろうとしたところで、ヴィトお兄さまに手を引かれて体勢を崩してしまう。
「あわっ」と倒れ込む僕を、ヴィトお兄さまが焦ったように抱きとめた。
「おっと!すまない、急に引き留めて驚かせてしまったね……でも本当に大丈夫だから、どうか落ち着いてくれ」
「で、でも……はっ!た、たいへん!」
もごもごと反論しようとして息を呑む。ちょうど傷があるところに倒れ込んでしまっていることに気付き、慌てて立ち上がろうとした時だった。
あわわっと焦りながら立ち上がってしまったせいで、傷口に手のひらが触れてしまう。あっと思って離れようとした瞬間、突然手のひらと傷口の間に眩い光が輝き始めた。
「はぇっ!」
ヴィトお兄さまが「何だ……!?」と驚いたような声を上げると同時に、僕も突然の出来事にぽかんと固まってしまう。
僕なんにもしてないのよ、と無実をアピールするために両手を挙げた直後、今度は目の前が真っ白になってくらりと眩暈がした。
「むっ、むむっ?」
ぐにゃぐにゃ。そんなおかしな感覚が全身に回った後、ぽんっ!と視界が晴れる。
一瞬の目まぐるしい展開に驚きながらぽすんっと尻もちをつき、ぱちくりと瞬いた。い、いま、一体なにが起こったのかしら。
びっくり、びっくりなのよ。なんて、そこまで思って『はて?』と首を傾げた。
あれま、なんだか急に目線が低くなったような……それに、床に伸びる足がどうしてかちっちゃく、ぷにぷにしていて、服もぶかぶかで……って。
「ちっ、ちっちゃいのよっ、ちっちゃくなっちゃったのよ!」
急な展開に頭がついていかない。あわわっ!と手足をぱたぱたして目を回していると、ふいにおっきくてゴツゴツ骨ばった両手が僕の脇を掴んでひょいっと持ちあげた。
「おお、これは一体どういう原理なのか……」
持ち上げられた先で目の前に現れたのは、ヴィトお兄さまのびっくりしたようなお顔。
ぶかぶかのズボンがすぽっと抜けて床に落ちる。けれどブラウスが膝まで伸びたことで、危ないところはかろうじて隠れた。
「君、こんなに幼かったのか」
「むぅ……むねん、むねんなのよ……」
逆なのよ、さっきのがほんとの僕なのよ。
幼いだなんて不服なことを言うヴィトお兄さまを前に、僕はぷくぅっとほっぺを膨らませて不貞腐れた。
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