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46.ちっちゃい子、おっきい子
しおりを挟む「……んぐっ、むにゃ……」
むにゃむにゃと涎を垂らしながら目が覚めた。
ふかふかのベッドに横たわっていることを察しながら、数回の瞬きの後によっこらせと起き上がる。辺りをきょろきょろ見渡して、ここがマキちゃん家の寝室であることに気が付いた。
確か眠りに落ちる前は、シューちゃんとこの神殿にいたはずだけれど……。困惑が残る中、とにかくマキちゃんを探さなきゃと思いベッドから足を下ろした。
その瞬間、違和感を悟りきょとんと首を傾げる。
気のせいかしら。なんだかいつもより足が長いような。いつもならぷらんぷらんと揺れる足が、今はしっかり床にぺたりとくっついている。
「僕、おっきくなった?…………む?」
思わず声を発し、直後に再びぱちくり瞬いた。
足が長くなっていることだけじゃない。発した声がいつものトーンとちょっぴり違う。それに、舌足らずな口調が心なしか流暢だ。
数秒の硬直の後、眠る前のことを詳しく思い出してハッと息を呑んだ。
そうだ、そういえば僕、儀式をしたんだ。
ちっちゃな身体を元に戻すために、ピンク色の聖水を飲んで、そしたら身体が熱くなって、じんじんする身体を、シューちゃんとマキちゃんとお兄さんに治してもらって……それで。
「むっ!もしかして、ほんとにおっきくなった?」
ぱぁっと瞳が輝く。
かがみ、かがみ……と見渡すけれど、どうやら寝室には鏡がないみたいでしょんぼり肩を落とす。
すぐにパッと立ち上がって、鏡を探すべくとたとたと駆け出した。ここは寝室で、確か寝室の隣にある僕のお部屋に鏡があったはず。
マキちゃんのお家に来た初日に教わったことを思い出し、はやく確かめなきゃ!とわくわくしながら扉を開く。
隣のお部屋、隣のお部屋!と慌ただしく振り返った直後、ドンッと至近距離に現れた人物を見て「ふわぁっ!」とひっくり返った。
「あわっ、あわわっ!」
すってんころりん。尻もちをつきそうになった身体を、目の前に現れたその人がグッと支えてくれた。ぎゅうっと抱き合う姿勢になりながら、丸くした目でぱちくり見上げる。
「ツバキさん!ありがと。びっくりしてごめんなさい」
「いえ。此方こそ驚かせてしまい申し訳ございません」
振り返った先の眼前に現れたのはツバキさんだった。
黒豹獣人で、マキちゃんとなかよしの部下さんで、僕のお世話係さん。
マキちゃん家で過ごすようになってから毎日会っているけれど、今日に関してはなんだかとっても久しぶりな気がして、思わず全身でぎゅうっと強く抱きついた。
おっきくなったから、ちょっぴり重くて鬱陶しいかしら。なんてそわそわ思ったけれど、ツバキさんは特に嫌な顔一つせずぎゅうっと抱きしめ返してくれた。
「ヒナタ様、無事にお目覚めになられたようで何よりです。急ぎのご様子でしたが一体どちらへ?」
肩にうりうりと顔を埋めると、ツバキさんの冷たい手が後頭部を単調な力と動きで撫でてくれる。
ふにゃあっと笑顔を浮かべながらなでなでを満喫していたけれど、ふと投げかけられた問いにハッとして顔を上げた。
「あのね、あのね。僕、鏡を見たいの。僕ね、たぶんおっきくなってるの」
必死に説明しながら、ほっぺを淡くぽっと火照らせる。
ずっとちっちゃかったかしら。まだ喋り方がちっちゃい子の時から完全に元に戻ってくれない。
ちょっぴり恥ずかしく思うけれど、ツバキさんはなにも気にしていない様子で無表情のまま頷いた。
ツバキさんっていっつもこんな感じで淡白だから、慌ただしい僕もハッと冷静になれてとっても助かる。今も、冷静なツバキさんにつられて火照った頬が徐々に元通りになった。
「そうでしたか。でしたら私もご一緒いたします。私はヒナタ様の世話係ですので」
「む?お世話係だったら、鏡を見るのもご一緒するの?」
「勿論です。私はヒナタ様の世話係ですので、ヒナタ様の日常での望みを叶える際は常にご一緒いたします」
ふぅむふむ、なるほどねぇ。お世話係さんってとっても親切さんなのね、と感心して頷く。
それじゃ一緒に行くのよ、とツバキさんの手を引いてすたこらさっさと隣室に向かった。僕のために用意されたお部屋とはいえ、基本的にはマキちゃんのお部屋で過ごすから入るのはまだ数回目だ。
ちょっぴり緊張しながら自室を開ける。壁に掛かった姿見を見つけてとたたっと駆け寄った。
そわそわしつつ、横からにゅっと鏡に入り込むように全身を姿見に映す。
目の前に現れた自分の姿を見て、僕はぱぁっと表情を輝かせながら紅潮した。
「やっぱり!僕、おっきくなってる!」
ぷにぷにでむにむにじゃない。スラッとしていて、身長もぐんと伸びている。
いつも着ている子供用のシャツも、今はたぶん大人用のシャツだ。マキちゃんたちが着るぶかぶかのお洋服にはまったく及ばないけれど、それでも前のものよりは格段にサイズアップしている。
わーいとぴょんぴょん飛び跳ねながら、喜びの勢いのまま傍にいたツバキさんに抱きついた。
「僕おっきい?とってもおっきい?」とわくわくしながら問うと、ツバキさんは無表情のままこくりと頷き「普段より大きくなりました」と答えた。
それを聞いてふふんと胸を張る。その通り。僕ったら本当はとってもおっきなお兄さんなのだ。
「マキちゃんにも教えてあげなきゃ!僕おっきくなったのって!」
ぎゅうの最中にふと思い出し、ツバキさんから身体を離しながら慌てて声を上げる。
マキちゃんとこいかなきゃよと手を引くと、ツバキさんは静かに首を振って「ヒナタ様が出向く必要はありません」と淡白に答えた。
どうして?と首を傾げる僕から視線を外し、扉の方を見つめるツバキさん。つられて視線の先を追った直後、部屋の扉がふと慌ただしく開かれた。
「──ヒナタ!ここに居たのか」
若干肩を上下させながら入ってきたその人を見て、ぱぁっと瞳を輝かせる。
すぐにとたとたっと駆け寄り、サッと両腕を広げた彼にむぎゅっと抱きついた。
「マキちゃん!マキちゃん、今ね、マキちゃんに会いにいこうとしてたの」
「あぁ、俺もだ。寝室にお前の姿がなかったから焦ったぞ」
艶やかな黒髪から生えるモフ耳が、ピンと張った形から安堵したみたいにへにゃりと脱力する。
僕の肩に顔を埋めるマキちゃんをよしよしと撫でて、不安にさせてしまった罪悪感から眉尻を下げた。なんてこと、ちょっぴりの間だからなんて油断して、僕ったらひどい子ね。
「ごめんねぇ。僕ね、おっきくなったから、鏡を見たくなっちゃったの」
そうだったのか、と頷いて無表情を緩めるマキちゃん。
ごめんねぇと肩を落とす僕をぎゅっと抱きしめて、ほっぺや頭をおっきな手でなでなでしてくれた。
「きちんと大きくなっているぞ。大きくなれて嬉しいか?」
「うん!おっきくなったから、前よりもっと強くなったの!これで僕も、マキちゃんのこともっと守れるようになったのっ!」
えへへと頬を緩める僕を、マキちゃんは柔らかく目を細めながら見下ろした。
「俺を守ってくれるのか」と問われて、すぐにこくこくっと何度も頷く。そうしたら、柔らかい無表情に今度はほんの微かな笑みが浮かんだ。
なんだか子供を見守るみたいな、微笑ましい視線がくすぐったくてちょっぴり俯く。僕がマキちゃんを守るのに、どうしてかマキちゃんが僕を守ろうとしているみたいな雰囲気だ。
少しの間もじもじしていたけれど、やがてハッと思い出し顔を上げた。
そうだ、大事なことを忘れていた。そういえば僕、マキちゃんに教えていなかった。僕はちっちゃな子じゃなくて、本当はおっきな子なのよって。
あれ?でも、教えていないのにどうしてマキちゃんはこんなに冷静なんだろう。おっきくなった僕を見て、もっとびっくりしてもいいくらいなのに。
「マキちゃん。僕がほんとはおっきな子だって、マキちゃん知ってたの?」
気になってきょとんと尋ねると、マキちゃんは今更かとばかりにちょっぴり苦笑して答えた。
「あぁ、例の変態……例の聖騎士から聞いた。聖水のことも。聖水を飲んだから、一時的に身体が元に戻ったのだろう。きちんと知っていたぞ」
「そか、そかぁ。シューちゃんから聞いたの。そう、僕ね、身体が元に戻って……うむ?一時的に?」
またまた気になる言葉が聞こえてぱちくり瞬く。マキちゃんたら、今なんて言ったのかしら。
一時的……一時的?変ね、僕はしっかりおっきな子に戻ったはずなのに。一時的ってどういうことかしら。そんな話、僕はシューちゃんから聞いていないけれど……。
ぴしゃーっとフリーズする僕を見て何かを察したのか、マキちゃんはかわいそうな子を見るみたいに眉尻を下げて問いかけた。
「……まさか、知らなかったのか?『奇跡の力』はまだ完全には解放していない。昨日の儀式は、あくまで予言の子の力を覚醒させる為の下準備のようなものだ」
「あぇ……はぇ、そ、そなの?ぼく、僕ったら、勘違いしてたみたい……」
なんだか悲しくなってむんっと俯いた。残念ね、おっきくなれたと思ったのに。
でもおかしい。僕はしっかり聞いたのに。シューちゃんは確かに言っていた、あのピンクの水を飲んだら、おっきくなれるんだよって。そう言っていたはずだ。
僕が勘違いしていただけかしら。しょんぼり肩を落とすと、マキちゃんは僕の頭を優しく撫でながら宥めるみたいに語りかけてきた。
「あの腹黒蛇のことだ、きっと説明にデタラメを混ぜて聞かせたのだろう。ヒナタは少し……かなり、騙されやすい節があるからな。その性質を利用したに違いない」
ちょっぴりフォローになっていないフォローをしてもらい、ほんの少し落ち着きを取り戻した。
そうね、とマキちゃんのフォローにこくこく頷いていると、ふいにお腹がぐるるる……と恥ずかしい音を立てた。大変、僕のお腹ったら空気を読まないんだから。
「あぅ……マキちゃん、ごめんねぇ。僕、お腹空いちゃったみたい。ぐるるって、お腹鳴っちゃってごめんねぇ」
慌てて「ぐるるしてごめんねぇ」と謝罪する。
ぽっと頬を火照らせる僕を見下ろしたマキちゃんは、なぜだか口元を手で覆いながら何やらもごもごと呟いた。声が小さいから、何を呟いているのかはわからない。
「……ぐるるだと?一々可愛らしいことを」
何かしら、何をそんなにもごもご言っているのかしら。
大丈夫かねぇ、と心配になりながら見守っていると、今度はツバキさんがふらりと動き出して気配を漂わせ始めた。
そういえばツバキさんもいたんだった。ツバキさんは気配を消すのが上手いから、いつも気が逸れてちょっぴり経ったら存在を忘れてしまう。
忘れちゃっててごめんねぇ、と慌ててごめんなさいしようと振り返った瞬間。ツバキさんは音を立てず僕たちに近寄って、自分の世界に入り込むマキちゃんに問答無用で話しかけた。
「マキシミリアン様。ヒナタ様が空腹を訴えています。前日からまともに召し上がっていないはずですので早急に朝食にすべきかと」
「──……!」
ツバキさんがそう発言した直後、マキちゃんが我に返ったみたいにハッと硬直した。
かと思えばすぐにその硬直を解いて、僕の手を引き歩き出す。僕はマキちゃんの突然の動きにあわあわとついていくことしかできない。
マキちゃんはあわわと慌てる僕を振り返ると、真剣な表情で強く頷いた。
「すまないヒナタ、腹が減ったな。すぐに飯を用意させるから安心しろ」
「む?う、うん。ありがとねぇ、マキちゃん」
ぐるるる。お腹はまだぐるるって、恥ずかしい音を鳴らしたままだ。
マキちゃんたら、動きがきびきびって感じで隙がない。のろまな僕はあたふた頷くので精一杯で、とにかくマキちゃんに手を引かれるまま歩き出した。
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