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43.ひんやり、ぽかぽか

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ぽかぽかって熱い体温の僕を、マキちゃんがぎゅうっと膝抱きしてソファに腰かけた。隣にはお兄さん、そして向かいにシューちゃんが座る。

二人はシューちゃんを敵さんに向けるみたいな目で睨んでいて、なんだかこわい。シューちゃんはわるい人じゃないのに、二人ともひどいのよ。
ピリピリした空気だけれど、一度空気を読まずに二人にメッとお説教した方がいいかしら。なんてことを考えていると、ふと僕のおでこを忙しなく撫でていたマキちゃんが声を上げた。


「おい、何故ヒナタの身体がここまで熱いのか説明しろ。まさか貴様、発熱したヒナタを襲ったのか?聖職者の風上にも置けない、幼児趣味の変態野郎が」

「幼児趣味の変態に関しては貴方にだけは言われたくない言葉ですね。というか襲ってませんよ、勘違いしないでくださいと言ったでしょう」


どうしてかマキちゃんとシューちゃんが言い争いを始めてしまったけれど、それを仲裁する気力もなくマキちゃんにぎゅうっと抱きついた。
マキちゃんの手のひらが冷たいことに気が付いて、両手でむんっと掴み上げてほっぺに押し付ける。
ひんやりが消えないうちにおでこや首にも押しつけて、保冷剤代わりに冷たい手のひらを堪能した。
むん……マキちゃんのおててだいすきなのよ。冷たくて気持ちいいのよ。


「……どうやら呑気に長話してる場合じゃなさそうだな。さっさと状況を説明しろよ変態聖騎士」

「その呼び方やめてください。まぁ、確かに余裕はないので早々に話を終わらせましょうか」


僕がマキちゃんの手でひんやりを堪能している中、その様子をじっと眺めていたらしいお兄さんがふと呟いた。
その言葉にシューちゃんも頷いて、三人のお話が淡々と始まる。ここからはついていけなさそうだから、大人しくひんやり遊びを続けていた方がよさそうねぇ。

マキちゃんの手で熱い肌をぺたぺた冷やしたり、頭を撫でるお兄さんの手を眠たげに堪能したり。
こっくり頭を揺らす僕の傍らで、三人はどんどん話を進めていった。


「つまり何だ。ヒナタは幼子ではなく本当は十五歳の青年で、本来の姿を取り戻す為に聖水を飲んだと」

「そんでもって今は副作用のせいで媚薬効果が出てるってか?とんだ欠陥儀式じゃねぇか」


シューちゃんのかくかくしかじかな説明を聞いた二人が冷静な口調で反応を返す。
それにしても本当に冷静ね。僕がほんとはちっちゃい子じゃないって、はじめて知ったらびっくり仰天してひっくり返っちゃうかもって心配していたけれど。ぜんぜん驚いていないみたい。
いや、びっくりはしているのかも。でも今はそれより話を進めるのが優先みたいで、二人ともあんまり大きな反応をしないようにしているみたいだった。


「このアホヒナタが十五歳って、全然想像つかねぇけど……まぁとりあえず、その副作用ってやつに耐えれば聖水の効果が現れるんだな?」


お兄さんが僕の頭を撫でながら問うと、シューちゃんは「その通りです」と言って頷いた。
なでなでは気持ちいいけれど、なんだかいつもと少し感触が違うからそわそわする。ぽかぽかって感じの気持ちいじゃなくて、そわそわって感じの気持ちいいなのよ。
マキちゃんとお兄さんの冷たい手を使って熱い顔を冷やす。そんな僕の様子をじっと見つめた三人は、ふと互いに顔を見合わせてコソコソ話し始めた。


「……そろそろ我慢が効かなくなってそうだな。呑気に話してる場合じゃないみてぇだぞ」

「可哀想に。とても苦しそうだ。早く熱を冷ましてやらなければ」

「だからさっきからそう説明しているでしょう。分かったならさっさとヒナタ様を寄越して出て行ってください」


なんだか急に視界がぼやけてきた。身体のぽかぽかな熱さも、いつの間にか熱さだけじゃなくてぞくぞくおかしな感覚も増えている。
霞んだ視界の中で、シューちゃんがこっちに手を伸ばしたのが見えた。なにかしらって不思議に思った時、伸ばされた手をふいにマキちゃんが容赦なく叩き払った。


「……何の真似です?」


シューちゃんの笑顔がピクッと引き攣る。マキちゃんは静かに僕をぎゅうっと抱き込むだけで、低く紡がれた問いに何か答える様子はない。
代わりに答えを返したのはお兄さんだった。お兄さんは懐から何やら一枚の紙を取り出すと、それをシューちゃんの眼前にグイッと突き付けた。


「ついさっき陛下が神殿へ向けた警告状だ。テメェらがヒナタを騙して拉致った日に、騎士団は王家へ神殿への不服と仲介を申し出ていた。神殿が騎士団の保護任務を妨害したってな」

「不服が認められるまで三日も掛かってしまったが、やはりヒナタの帰りを待たず行動して正解だったようだ。危うく“我々の”保護対象であるヒナタを穢されるところだった」


お話が難しくて内容は理解できなかったけれど、かろうじて二人がどうしてか怒っているということだけは察することができた。
どうして怒っているのかしら、って二人に尋ねる余裕はもうない。さっきから身体が熱くてそわそわして、声を出すだけでもおかしくなってしまいそうな気がしたから。

なるべく動かないようじっと大人しくしていると、数秒の沈黙の後にシューちゃんの掠れた笑い声が聞こえてきた。


「はっ……大袈裟ですね。拉致だの穢すだの人聞きの悪いことを。先程も説明しましたが、これは決して不当な行為などではありません。寧ろ神殿は今、称賛されるべきことをしようとしているのですよ」


予言の子、奇跡の力を覚醒、力の真価を解放。
シューちゃんが淡々と語り始めたものは、理解が難しいものばかり。難しい言葉が急にずらっと並んだものだから、パンクした頭がくらくらしてきちゃった。
ふらりと力が抜けた僕の背をマキちゃんがよしよしと撫でる。ほっぺに添えられた冷たい手でかろうじてギリギリの体調を保っていると、お兄さんの声が遠くに聞こえた。


「それはテメェらの都合だろうがよ。結果がどうであれ神殿が騙し討ちみてぇな策を選んだのは事実だ。称賛されるような事なわけがねぇだろ」


「この警告状が見えねぇのかよ」と呆れ顔しながら、お兄さんはさっきの紙をテーブルに叩き付けた。それと同時にマキちゃんが僕を抱いたまま立ち上がり、俯くシューちゃんに低く語りかける。


「そういうことだ。ここから先、ヒナタに関する全ては騎士団の管轄となる。これは陛下から直々に認められた正当な権利だ。故に副作用の対処も我々が行う。貴様は出ていけ」


身体がぷるぷると震える。もう限界みたいだ。僕ったらおかしくなっちゃったみたいで、さっきシューちゃんがしてくれた恥ずかしいあれを今すぐもう一度してもらいたくて堪らない。
マキちゃんに身体を擦り付けるようにぎゅうっと抱きついていると、ふいに背後でシューちゃんが立ち上がる気配を察した。

力が抜けた状態でなんとか振り返る。シューちゃんは僕を見据えて薄く微笑んでいた。


「陛下のご判断であれば致し方ありませんね。今回はこちらが引くとしましょう」

「……なんだ、やけに素直だな」


シューちゃんがスタスタと扉へ向かう。
訝し気に呟くお兄さんの声が聞こえたのか、シューちゃんは一度だけ僅かに振り返った。


「この判断が一番、ヒナタ様の為になると判断したからですよ。私の最優先は神殿の体裁でも大神官殿の命令でもなく、あくまで主君であるヒナタ様ですから」


そう言うと、シューちゃんは僕に視線を向けることなく部屋を出ていってしまった。
気のせいかしら、なんだか最後に見えた後ろ姿が、ほんのちょっぴり寂しそうな気がして。けれどすぐに考え事をする余裕はなくなって、僕はまたマキちゃんの肩に顔を埋めた。

ぽふぽふと頭を撫でる手のひらの温もりを感じる。
三人になった部屋に少しの間沈黙が流れて、やがてマキちゃんがスタスタと歩き出すのを察した。

ベッドの上にぽふっと下ろされて、そのまま優しく押し倒される。
重い瞼をなんとか上げると、僕の上に覆い被さるマキちゃんとお兄さんの姿が見えてきょとんと首を傾げた。どうしたのかしら、一緒にねんねしたいのかねぇ。


「ん、ん……まきちゃ、おにぃさ……どしたの、ねんね、するの」


汗の滲んだおでこから、お兄さんがはりついた前髪をぴょいっと払ってくれる。
霞んだ視界がちょっぴり鮮明になって、小さく微笑む二人の表情がよく見えるようになった。


「ちげぇよアホヒナタ。今からお前の熱いの、俺らが治してやるからな」

「あっついの、なおせるの……?」


お兄さんが僕のガウンに手をかける。それと同時に、マキちゃんが僕のほっぺや頭を優しく撫でながら答えた。


「あぁ、すぐに治してやる。治ったら、家に帰ろう」


おうちにかえる。どうしてか、その言葉が心にじーんと響いた。
そうね、治ったらお家に帰るのよ。マキちゃんと、お兄さんと、三人でいっしょに。僕のお家に帰るの、ただいまって帰るのよ。

ふにゃふにゃ笑いながら頷くと、マキちゃんとお兄さんはいい子いい子するみたいに僕を撫でてくれた。
そうしてすぐに、二人の手が身体のいたるところに触れる。熱い身体が更に熱くなるのを感じた。
敏感なところに触れられても、その手の主は二人だからって思うとこわくない。

ぴくぴく反応する身体と、どうしても漏れちゃう恥ずかしい声。
触るのも聞くのも二人だから、がまんすることないのね。そう思いながら、僕は安心して力を抜いた。
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