獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

上総啓

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41.最強ぱわー

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神殿でのお泊まりは、思っていたより淡々と過ぎた。
初日の夜はシューちゃんが傍で見守ってくれたから、安心してぐっすり眠ることができたし、二日目も神官さんたちとお話して、たくさん遊ぶことができた。
これなら、もうすぐ迎えるお泊まり最後の日まで、なにごともなく過ごせそうね。なんて思いながら迎えた三日目の朝、その報せは突如訪れた。


「ヒナタ様、おはようございます。今日はようやく準備が終わりましたので、初日に申し上げていた儀式を行うことが出来ますよ」


シューちゃんにお手伝いされながら着替えをしていた時だった。
真っ白なお洋服に着替えている途中、シューちゃんがふと発したセリフが気になってきょとんと首を傾げる。えぇっと、儀式ってなんだったかしら。
ぎしき、ぎしき……と数秒考えて、あっと思い出す。最強パワーを使えるようになるための、あの儀式のことね。きちんと思い出したのよ。


「まっ、そうなの。それじゃ、はやくぎしきするのよ。ぱわー、手に入れるのよ」


むんむんっと腕を振りながら興奮をあらわにすると、シューちゃんはにっこり笑いながら答えた。


「えぇ、すぐにでも儀式を行いましょう。儀式は少々時間が掛かるのですが……ヒナタ様は準備よろしいですか?」

「うん、だいじょぶよ。ごはんは、さっきいっぱいもぐもぐしたし、おといれもだいじょぶよ」

「それはよかった!では早速、大聖堂へ向かいましょうか」


うむっと頷き、差し出されたシューちゃんの手をぎゅっと握る。
ペンちゃんも連れて行こうとしたけれど、どうやら儀式には僕しか行けないみたいだから、残念だけれどペンちゃんはお留守番させることになった。
いい子でまってるのよとペンちゃんを撫でてから、シューちゃんと手を繋ぎ直して部屋を出た。


***


「お待ちしておりました神子様!ささっ、どうぞこちらへ」


大聖堂で待っていたのは、嫌なおじさんだけだった。
他の神官さんたちは誰もいない。どうやら僕の儀式を見届けるのは、聖騎士隊の隊長さんであるシューちゃんと、神殿で一番偉いこのおじさんだけみたい。
こちらへ、と指し示されたのは大聖堂の奥にある台の上。シューちゃんによると、これは祭壇っていう台らしい。


「むぅ。シューちゃん、だっこよ」

「えぇ、えぇ。ヒナタ様は身長が低くていらっしゃいますもんね、抱っこしないと届きませんね」


祭壇にちょこんと両手をついてみたけれど、よっこらせと頑張ってもよじ登れそうにない。
というわけでシューちゃんに両手を伸ばすと、その意味をしっかり理解してくれたみたいで、すぐにひょいっと抱えて祭壇に座らせてくれた。

それで、ここからどうするのかしら。僕、ちょこんと座っているだけだけれど。
きょとんと首を傾げる僕のもとに、例のおじさんが何かを持ってスタスタ近付いてきた。


「さて神子様。この聖水を飲んで眠れば強大な力を解放出来るわけですが……その前に少し、私とお話をしましょうか」


手渡されたのはコップ一杯分の飲み物が入った、きれいな器。
中に入っているのは水っぽいけれど、なんとなく薄ピンク色にも見える不思議な飲み物だった。色を見る限り、モモとかイチゴのジュースかしら。
これを飲んでちょっぴり眠るだけで、最強パワーが手に入るなんて。はやく飲みたいのよ、と急かす気持ちをなんとか落ち着かせて顔を上げた。

僕はかしこい子だから、やなおじさんのお話もしっかり聞けるのよ。


「一つお聞きしますが……もしや神子様は、何らかの理由で身体と年齢を偽っているのでは?」


ぱちくり。予想外のおかしな問いを受けたものだから、思わず「むぅ?」と眉を寄せてしまった。
どういうことかしら。僕が不思議そうにするのを察したみたいで、今度はおじさんじゃなくシューちゃんが声を上げた。


「ヒナタ様。ヒナタ様は今、何歳ですか?」

「……む。ぼく、なんさい?」

「えぇ。ヒナタ様のご年齢が知りたいのです。教えていただけますか?」


コップを持つ手がそわそわと震える。それを見たシューちゃんは、僕の手にそっと両手を重ねて、落っこちそうなコップをさり気なく支えてくれた。
あったかい手に包まれると安心して、くるくる混乱していた頭がちょっぴり落ち着く。一度小さく息を吐いて、僕はゆっくり考え始めた。

僕の年齢。僕は何歳なのか。
そういえば、ここに来る前はもっと身体がおっきかったなって、今更になって思い出す。この世界に来た時のことを思い返すと、当時抱いていた違和感を鮮明に思い出すことが出来た。
不思議だ。どうして僕はこんなに大事なことを、ぽっかり穴が空くみたいに忘れてしまっていたのだろう。

そうだ、おじさんやシューちゃんの言う通り、僕はこんなにちっちゃくない。
本当は身体ももっとおっきくて、ぷにぷにじゃなくてスラッとしていて、こんなにノロマでもなかったはず。
確かに人よりノロマで、頭も弱かったけれど。それでもここまでではなかったはずだ。


「僕、ぼく……」


ふと脳内に浮かんだのは、黒い制服を身に纏った自分の姿。
ノロマな上に話すのが苦手だったから、教室でも施設でもいつもひとりぼっちだった。友達なんていなくて、しいて言うなら、お部屋の棚の上にいるクマのぬいぐるみくらい。
それすらも、男のくせにって言われて先生に取り上げられた。そんな記憶の節々を、まるで固い蓋が空くようにぽつぽつと思い出していった。

どうして忘れていたのだろう。施設にいたころの記憶は確かにあるのに、自分に関する情報だけがぽっかりと抜け落ちていた。
今こうして二人に問われるまで、僕は僕のことをずっと忘れていた。


「僕、こんなにちっちゃな子じゃない……」


自分の身体を見下ろす。やっぱりそうだ、これは今の僕の姿じゃない。
コップをぎゅっと持ち直して、僕はシューちゃんのきれいな瞳をじっと見据えた。


「僕、十五さいなのよ。えと、うんと……十五歳、だよ?なのよ?」


あぁだめ、どうしてかちっちゃな子みたいな喋り方しかできない。
今までまったく気にならなかったのに、どうしてか急に自分の言動が恥ずかしくなって顔を真っ赤に染める。
ぷるぷると震える僕の頭を撫でると、シューちゃんは穏やかに微笑んで頷いた。


「教えてくれてありがとうございます。それとヒナタ様、ヒナタ様が恥ずべきことは何もありませんよ。幼子のような言動をしてしまうのは、ヒナタ様のせいではありません」


ピタッとそわそわを止める。なんてこと、恥ずかしい喋り方も動きも、僕のせいじゃないのね。
それってどういうことかしら。きょとんと瞬く僕に、シューちゃんは変わらず頭をよしよしと撫でながら教えてくれた。


「記憶が維持されているとはいえ、ヒナタ様が現在、心身共に幼子であることに変わりはないのです。まず身体を元に戻さないことには、本来の精神を取り戻すことも出来ません」


ふむふむ、としっかり納得する。つまり身体が元に戻らないと、この恥ずかしい喋り方や動きも治せないってことね。
それならどうしたものかしら。シューちゃんはニッコリ笑顔を浮かべながら、うーむと唸る僕の手を撫でた。


「そこでこの聖水ですよ、ヒナタ様」

「むぅ?せーすい?」

「えぇ。この聖水は神殿に代々伝わるとてもありがたーい魔法の水でして。これを飲めば、小さくなった身体もたちまち元通り!その代わり……──」

「それじゃ、はやく飲むのよ!はやく、ごっくんするのよ!」


シューちゃんの言葉を半ば遮るように声を上げる。
瞳を輝かせてふすふすっと息巻くと、シューちゃんは一度ぱちくりしてからまたニッコリと笑った。


「……。……まぁ、副作用は飲めば嫌でも分かりますもんね」


シューちゃんが「よしっ!」と言って立ち上がる。
コップを指さして微笑むシューちゃんにうむっと頷き、一杯分の聖水を一気にぐびっと飲み込んだ。


「んくっ、こくっ」


こくこく。聖水を全部飲み干し、ぷはぁっと息を吐く。
シューちゃんが僕の手から空になった杯を取り上げ、おじさんに押し付けるように手渡した。その間僕はというと、特に身体に異常が起こるわけでもなく、体調も至って普通だ。
身体を見下ろしてみるけれど、変化は一向に訪れない。いつおっきくなるのかしら、とぷんすかし始める僕に、シューちゃんがニコニコ笑顔で疑問の答えを教えてくれた。


「実は聖水には副作用があるのです。主に睡眠と催淫の副作用なのですが……」

「すいみん?さーいん?」


あらま、なんだか急に眠くなってきちゃったものだから、シューちゃんの説明を上手く聞き取れない。すいみーとさいみーがなんて言ったかしら。
頭をこっくりする僕を見て苦笑したシューちゃんが、ゆらゆら揺れて祭壇から落ちかけた僕をひょいっと抱き上げながら答えた。


「今のヒナタ様には理解が難しいかもしれませんね。まぁ、少し待てば分かりますよ。簡単に言えば……よく寝てたくさん気持ちよくなると、強大な力を手に入れることが出来るのです」


よくねて、たくさんきもちよく。
こっくりこっくり。うとうとしながら、僕は「うぅむ」と曖昧に頷いた。うーん、しっかり分かったのよ。眠くてあんまり聞こえなかっただなんて、そんなことはないのよ。

むぐむぐ、むぐぅ、と寝息を立て始める僕を抱っこしたまま、シューちゃんは踵を返してスタスタと出口に向かい歩き出した。


「では大神官殿、予定通り予言の子の導き手は私が務めますので。くれぐれも部屋に人を近付けないよう頼みますよ」

「うむ……それにしてもシュテファンよ、お前は幼子の相手をすることに躊躇はないのか?奇跡の力を完全に覚醒させる為に必要なこととはいえ……」

「今更何をビビっているのです、何も最後まで致すわけでもあるまいし。あぁそうだ、そろそろヒナタ様の保護者達が乗り込んでくる頃合いかと思いますので、そちらの対処もよろしく頼みますよ」


二人がまたまた何か言い争っているような声を聞き流しながら、僕はさらっと意識を手放して穏やかな眠気の底に沈んでいった。
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