34 / 54
34.蛇のシューちゃん
しおりを挟む今日の重大任務『みんなにご挨拶』を遂行したことでとってもスッキリ。
あのあと騎士さんたちとお話をしてみたけれど、みんな優しい人たちばっかりだった。悪口言われちゃったらどうしよそわそわ、という不安は完全に杞憂だったらしい。
みんなとなかよしになれたこともあって、朝礼を終えた頃には心が晴ればれしていた。
マキちゃんとお兄さん、二人と手を繋いで長い廊下をてくてくっと進む。
お兄さんが時折ぎゅっぎゅと手を握ったり離したりして遊ぶから、僕もむぎゅむぎゅして遊んでみる。無言の遊びをしながら歩いていると、ふいにマキちゃんから声をかけられた。
「ヒナタ、眠くないか。まだ頑張れるか」
ぱちくり。予想外の問いに目をまん丸にしながら顔を上げる。
けれどすぐにむっとほっぺぷくーして、むんむんっと地団駄を踏んだ。
「なめないのよっ。僕、しっかりものさんなの。ちょっぴりがんばっただけで、おねむなんてしないのよっ」
「そうか、すまない。疲れていないか心配になった。それだけだったのだが、怒らせてしまったな」
「むっ!むぅ、そだったの。かんちがいして、ごめんなさい。心配してくれたのね、ありがとねぇ」
しおしおと反省する。マキちゃんはただ心配してくれただけなのに、勝手に子供扱いされていると感じて怒るなんて、僕ったらひどいのよ。
ごめんなさい、と素直に頭を下げると同時に、お兄さんがボソッと「チョロい奴」と呟いた気がしたけれどきっと気のせいだ。
「僕、まだ寝ないのよ。でも、おやすみしたら眠れるの。ころりんしたら、すぐ眠れるのよ」
「要するにいつも眠いってことか。ほんとガキくせ……ん“んッ、眠気を堪えられる賢いヤツだぜ」
お兄さんの褒め言葉を聞いてふふんと胸を張る。
そう、僕はとってもかしこい子なの。たとえ眠くっても、寝ちゃいけない時なら絶対に寝ないのよ。
すごいでしょ、いい子でしょ、とドヤ顔しながらてくてく歩く。キリッとしながら歩く僕を、すれ違う騎士さんたちは何やらグハッと悶絶しながら横目で見つめていた。
やがて、もうちょっとでマキちゃんの執務室ってとこにつくのよって時。
ふと廊下の奥から、なんだかとっても焦った様子で見慣れた騎士さんが走ってきた。
「団長!フレーベル団長!緊急のご報告が!」
走ってきたのは悪者から僕を助けてくれた騎士さん、ルンちゃんだった。
おひさしぶりのルンちゃん、おひさしぶりねぇ。なんてのほほんとご挨拶している暇はなさそう。忙しなくマキちゃんの前まで走ってきたルンちゃんを見て、僕は空気を読んでお口チャックした。
「何事だ」
さっきまで穏やかだったマキちゃんの無表情が、この一瞬で険しく顰められる。
お仕事の邪魔はいけないのよ、とこっそり手を離そうとしたけれど、どれだけ引き抜こうとしても離せなかったから諦めた。
むぅ、マキちゃんたら僕と手を繋いでいるの忘れたのかしら。すっかり忘れて力を入れっぱなしにしているみたい。困った子ねぇ。
仕方なく息を潜めるだけにして、そっと二人のお話に聞き耳を立てる。
クールなルンちゃんがこんなに慌てるなんて、一体何があったのかしら。そう思いながらお話を聞いた瞬間、僕以外の二人がハッと息を呑んだ。
「神殿から来客が……それも、聖騎士隊のシュミット隊長がやってきました」
お兄さんが「何だと!?」とおっきな声を上げる。マキちゃんも厄介そうに眉を顰めて、僕の手をぎゅっと握り直した。
大慌ての空気とは裏腹に、ポンコツヒナタな僕だけは危機を察知できずぱちくりと瞬くことしか出来ない。な、なんなの、何があったのかしら。
あわわと混乱する僕をほっぽって、頭上では二人が難しい顔をしながら神妙にお喋りし始めた。
「おい、どうするよ。まさか初っ端から本命をぶち込んで来るなんてな」
「どうもこうもない。神殿から誰が来ても対応することは決まっていた。会うしかないだろう」
あたふたしていると、ふとマキちゃんにひょいっと抱き上げられた。
抱っこしなくても、僕はひとりで歩けるのよ?とぱちくり瞬く。けれど今の緊迫した様子の三人を見て、どうやら不服を申し立てるような空気ではないと察した。
大人しくマキちゃんにむぎゅっと抱きつくと、いい子いい子というように頭を撫でられる。
忙しなく歩き出す気配を感じて、僕はどくどく音を立てる鼓動を宥めながら息を潜めた。
***
やってきたのは応接室ってところ。どうやら騎士団にお客さんが来たらしい。
僕を抱っこしたマキちゃんが扉の前に立つと、ふいにお兄さんが僕の頭を撫でながら囁いた。
「ヒナタ。俺は部屋には入れねぇが、終わるまで絶対ここで待ってるから安心しろ」
それを聞いて途端に不安が胸に広がる。お兄さんはこないの、と眉尻を下げると、お兄さんは困り顔をしながら頷いた。
お客さんが呼んでいるのはあくまでマキちゃんと僕だけだから、部外者のお兄さんは入れないんだって。悲しいけれど、そう言われてしまえばワガママも言えない。
僕は寂しい気持ちをぐっと堪えながら「わかったのよ」といい子で頷いた。
僕とお兄さんのお話をじっと見守ってくれていたマキちゃんが、僕が落ち着いたのを確認して扉に向き直る。
お客さんってどんな人なのかしら。不思議に思う僕を抱っこしたまま、マキちゃんが扉を開いた。
「遅れて申し訳ない。何分急な訪問だったものでな」
淡々としたマキちゃんの言葉に毒が含まれているような気がする。
きっと気のせいねと納得しながら顔を上げると、そこには見慣れない美人さんがいた。
「いえいえ、混乱もするでしょう。こちらこそ報せもなく申し訳ございません」
まるでピトッと張り付いているみたいな、ちょっぴり違和感のある満面の笑顔。
長い銀髪を束ねた綺麗な男の人は、騎士さんたちが着ているお洋服に似た、けれど真逆の真っ白な服を身に纏っていた。ソファから立ち上がると、足元まである白いマントが靡いてとってもすてき。
野性味のあるワイルドな美人さんのお兄さんや、冷たい印象でカッコいい美人さんのマキちゃんとはまた違う、なんだか不思議な雰囲気のひとだ。
ぽーっと見つめて、ふいにあることに気が付いた僕は思わず声を上げてしまった。
「むぅ?もふもふ、もふもふのお耳がないねぇ」
声に出してしまってからハッとした。大変、マキちゃんのお仕事の邪魔しないのよって決めたばっかりなのに。
僕ったらおばかなんだから。ばかばかっと内心とっても反省していると、僕の呟きを耳聡く聞き取ったらしい美人さんがにこやかに語った。
「おや、気が付きましたか?実は私、耳無しの獣人なんです。狐獣人と蛇獣人のハーフでしてね」
みみなし?聞き慣れない言葉にぱちくり瞬くと、マキちゃんが疑問を察した様子で教えてくれた。
「獣人でありながら、獣人の代表的な身体的特徴……耳と尻尾を持たない者のことだ。そういった者の場合、大抵は耳や尻尾以外の特徴がある」
マキちゃんの説明が終わると同時に、美人さんが悪戯っぽくニヤッと笑う。
薄い唇からチラッと舌が覗いて、それを見た瞬間はわわっと目を見開いた。なんてこと、気のせいかしら。美人さんがぺろっと覗かせた舌、見間違いじゃなければあれは。
「舌がふたつ!ぺろって、ふたつある!」
びっくり仰天しながら言うと、美人さんはおかしそうにクスクス笑った。
その様子を見てふいにハッとする。いけない、今気づいたけれど、僕ったらお客さんにご挨拶をしていなかった。
慌てて手足をぱたぱた揺らし、マキちゃんの抱っこからぬるっと抜け出す。慌ててお辞儀して、美人さんにしっかりご挨拶をした。
「ごあいさつ、遅れてごめんなさい。ヒナタっていいますです。きつねさ、えぇっと、ヘビさん?へびさん、よろしくねぇ」
「これはご丁寧にどうも。私、聖騎士隊長のシュテファン・シュミットと申します。シュテファンでも何でもお好きにお呼びくださいませ、ヒナタ様」
ふぅむふむ、舌がふたつあるヘビさんは、シューちゃんっていうのね。
しゅーちゃん、しゅーちゃん。うん、とってもいいお名前。すてきなお名前ねぇ。しっかりご挨拶できたことにふふんと胸を張りながら、改めてよろしくねぇと頭を下げた。
「さまはいいの。ヒナタでいいのよ。えと、あのねぇ、シューちゃんは、舌がふたつあるの?なんだか、切れてるみたいでいたそうよ。いたくない?」
ご挨拶しながらも、ずっと気になっていたこと。そわそわしながら尋ねると、シューちゃんは一瞬ぱちくり瞬いて、すぐに貼り付けたような笑顔を戻した。
「ヒナタ様はお優しいですね、流石は我が主。ご心配には及びませんよ。蛇獣人の舌は裂けているのが普通なのです」
「むっ、そうなの。よかった、安心ねぇ。えと、その、むぅ?あるじ?あるじて、なぁに」
様はそのままなのね、とちょっぴりしょんぼりしながら頷く。
安心ねぇとふにゃふにゃ笑うけれど、シューちゃんのお返事の中に気になる言葉を見つけてピタッと固まった。
聞き間違いかしら。今シューちゃん、僕のことを“あるじ”って呼んだような。
きょとんとする僕の前に、シューちゃんが音もなくふいに跪く。
僕の手をそっと持ち上げると、ぷにっとした手の甲にチュッと薄い唇を押し付けた。
「えぇ、我が主。愛おしい予言の子、ヒナタ様。貴方様は“予言の番人”である私シュテファンが崇める、唯一の主君でございます」
いっそ妖艶な印象すら受ける、恍惚とした笑み。
頬を紅潮させてそう語ったシューちゃんを前に、僕はぽかーんと目をまん丸にしてしまった。
1,236
お気に入りに追加
2,994
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~
沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。
巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。
予想だにしない事態が起きてしまう
巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。
”召喚された美青年リーマン”
”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”
じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
ーーーーーー・ーーーーーー
小説家になろう!でも更新中!
早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️
第12回BL小説大賞に参加中!
よろしくお願いします🙇♀️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる