獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

上総啓

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34.蛇のシューちゃん

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今日の重大任務『みんなにご挨拶』を遂行したことでとってもスッキリ。
あのあと騎士さんたちとお話をしてみたけれど、みんな優しい人たちばっかりだった。悪口言われちゃったらどうしよそわそわ、という不安は完全に杞憂だったらしい。
みんなとなかよしになれたこともあって、朝礼を終えた頃には心が晴ればれしていた。

マキちゃんとお兄さん、二人と手を繋いで長い廊下をてくてくっと進む。
お兄さんが時折ぎゅっぎゅと手を握ったり離したりして遊ぶから、僕もむぎゅむぎゅして遊んでみる。無言の遊びをしながら歩いていると、ふいにマキちゃんから声をかけられた。


「ヒナタ、眠くないか。まだ頑張れるか」


ぱちくり。予想外の問いに目をまん丸にしながら顔を上げる。
けれどすぐにむっとほっぺぷくーして、むんむんっと地団駄を踏んだ。


「なめないのよっ。僕、しっかりものさんなの。ちょっぴりがんばっただけで、おねむなんてしないのよっ」

「そうか、すまない。疲れていないか心配になった。それだけだったのだが、怒らせてしまったな」

「むっ!むぅ、そだったの。かんちがいして、ごめんなさい。心配してくれたのね、ありがとねぇ」


しおしおと反省する。マキちゃんはただ心配してくれただけなのに、勝手に子供扱いされていると感じて怒るなんて、僕ったらひどいのよ。
ごめんなさい、と素直に頭を下げると同時に、お兄さんがボソッと「チョロい奴」と呟いた気がしたけれどきっと気のせいだ。


「僕、まだ寝ないのよ。でも、おやすみしたら眠れるの。ころりんしたら、すぐ眠れるのよ」

「要するにいつも眠いってことか。ほんとガキくせ……ん“んッ、眠気を堪えられる賢いヤツだぜ」


お兄さんの褒め言葉を聞いてふふんと胸を張る。
そう、僕はとってもかしこい子なの。たとえ眠くっても、寝ちゃいけない時なら絶対に寝ないのよ。
すごいでしょ、いい子でしょ、とドヤ顔しながらてくてく歩く。キリッとしながら歩く僕を、すれ違う騎士さんたちは何やらグハッと悶絶しながら横目で見つめていた。

やがて、もうちょっとでマキちゃんの執務室ってとこにつくのよって時。
ふと廊下の奥から、なんだかとっても焦った様子で見慣れた騎士さんが走ってきた。


「団長!フレーベル団長!緊急のご報告が!」


走ってきたのは悪者から僕を助けてくれた騎士さん、ルンちゃんだった。
おひさしぶりのルンちゃん、おひさしぶりねぇ。なんてのほほんとご挨拶している暇はなさそう。忙しなくマキちゃんの前まで走ってきたルンちゃんを見て、僕は空気を読んでお口チャックした。


「何事だ」


さっきまで穏やかだったマキちゃんの無表情が、この一瞬で険しく顰められる。
お仕事の邪魔はいけないのよ、とこっそり手を離そうとしたけれど、どれだけ引き抜こうとしても離せなかったから諦めた。
むぅ、マキちゃんたら僕と手を繋いでいるの忘れたのかしら。すっかり忘れて力を入れっぱなしにしているみたい。困った子ねぇ。

仕方なく息を潜めるだけにして、そっと二人のお話に聞き耳を立てる。
クールなルンちゃんがこんなに慌てるなんて、一体何があったのかしら。そう思いながらお話を聞いた瞬間、僕以外の二人がハッと息を呑んだ。


「神殿から来客が……それも、聖騎士隊のシュミット隊長がやってきました」


お兄さんが「何だと!?」とおっきな声を上げる。マキちゃんも厄介そうに眉を顰めて、僕の手をぎゅっと握り直した。
大慌ての空気とは裏腹に、ポンコツヒナタな僕だけは危機を察知できずぱちくりと瞬くことしか出来ない。な、なんなの、何があったのかしら。
あわわと混乱する僕をほっぽって、頭上では二人が難しい顔をしながら神妙にお喋りし始めた。


「おい、どうするよ。まさか初っ端から本命をぶち込んで来るなんてな」

「どうもこうもない。神殿から誰が来ても対応することは決まっていた。会うしかないだろう」


あたふたしていると、ふとマキちゃんにひょいっと抱き上げられた。
抱っこしなくても、僕はひとりで歩けるのよ?とぱちくり瞬く。けれど今の緊迫した様子の三人を見て、どうやら不服を申し立てるような空気ではないと察した。

大人しくマキちゃんにむぎゅっと抱きつくと、いい子いい子というように頭を撫でられる。
忙しなく歩き出す気配を感じて、僕はどくどく音を立てる鼓動を宥めながら息を潜めた。


***


やってきたのは応接室ってところ。どうやら騎士団にお客さんが来たらしい。
僕を抱っこしたマキちゃんが扉の前に立つと、ふいにお兄さんが僕の頭を撫でながら囁いた。


「ヒナタ。俺は部屋には入れねぇが、終わるまで絶対ここで待ってるから安心しろ」


それを聞いて途端に不安が胸に広がる。お兄さんはこないの、と眉尻を下げると、お兄さんは困り顔をしながら頷いた。
お客さんが呼んでいるのはあくまでマキちゃんと僕だけだから、部外者のお兄さんは入れないんだって。悲しいけれど、そう言われてしまえばワガママも言えない。
僕は寂しい気持ちをぐっと堪えながら「わかったのよ」といい子で頷いた。

僕とお兄さんのお話をじっと見守ってくれていたマキちゃんが、僕が落ち着いたのを確認して扉に向き直る。
お客さんってどんな人なのかしら。不思議に思う僕を抱っこしたまま、マキちゃんが扉を開いた。


「遅れて申し訳ない。何分急な訪問だったものでな」


淡々としたマキちゃんの言葉に毒が含まれているような気がする。
きっと気のせいねと納得しながら顔を上げると、そこには見慣れない美人さんがいた。


「いえいえ、混乱もするでしょう。こちらこそ報せもなく申し訳ございません」


まるでピトッと張り付いているみたいな、ちょっぴり違和感のある満面の笑顔。
長い銀髪を束ねた綺麗な男の人は、騎士さんたちが着ているお洋服に似た、けれど真逆の真っ白な服を身に纏っていた。ソファから立ち上がると、足元まである白いマントが靡いてとってもすてき。
野性味のあるワイルドな美人さんのお兄さんや、冷たい印象でカッコいい美人さんのマキちゃんとはまた違う、なんだか不思議な雰囲気のひとだ。

ぽーっと見つめて、ふいにあることに気が付いた僕は思わず声を上げてしまった。


「むぅ?もふもふ、もふもふのお耳がないねぇ」


声に出してしまってからハッとした。大変、マキちゃんのお仕事の邪魔しないのよって決めたばっかりなのに。
僕ったらおばかなんだから。ばかばかっと内心とっても反省していると、僕の呟きを耳聡く聞き取ったらしい美人さんがにこやかに語った。


「おや、気が付きましたか?実は私、耳無しの獣人なんです。狐獣人と蛇獣人のハーフでしてね」


みみなし?聞き慣れない言葉にぱちくり瞬くと、マキちゃんが疑問を察した様子で教えてくれた。


「獣人でありながら、獣人の代表的な身体的特徴……耳と尻尾を持たない者のことだ。そういった者の場合、大抵は耳や尻尾以外の特徴がある」


マキちゃんの説明が終わると同時に、美人さんが悪戯っぽくニヤッと笑う。
薄い唇からチラッと舌が覗いて、それを見た瞬間はわわっと目を見開いた。なんてこと、気のせいかしら。美人さんがぺろっと覗かせた舌、見間違いじゃなければあれは。


「舌がふたつ!ぺろって、ふたつある!」


びっくり仰天しながら言うと、美人さんはおかしそうにクスクス笑った。
その様子を見てふいにハッとする。いけない、今気づいたけれど、僕ったらお客さんにご挨拶をしていなかった。
慌てて手足をぱたぱた揺らし、マキちゃんの抱っこからぬるっと抜け出す。慌ててお辞儀して、美人さんにしっかりご挨拶をした。


「ごあいさつ、遅れてごめんなさい。ヒナタっていいますです。きつねさ、えぇっと、ヘビさん?へびさん、よろしくねぇ」

「これはご丁寧にどうも。私、聖騎士隊長のシュテファン・シュミットと申します。シュテファンでも何でもお好きにお呼びくださいませ、ヒナタ様」


ふぅむふむ、舌がふたつあるヘビさんは、シューちゃんっていうのね。
しゅーちゃん、しゅーちゃん。うん、とってもいいお名前。すてきなお名前ねぇ。しっかりご挨拶できたことにふふんと胸を張りながら、改めてよろしくねぇと頭を下げた。


「さまはいいの。ヒナタでいいのよ。えと、あのねぇ、シューちゃんは、舌がふたつあるの?なんだか、切れてるみたいでいたそうよ。いたくない?」


ご挨拶しながらも、ずっと気になっていたこと。そわそわしながら尋ねると、シューちゃんは一瞬ぱちくり瞬いて、すぐに貼り付けたような笑顔を戻した。


「ヒナタ様はお優しいですね、流石は我が主。ご心配には及びませんよ。蛇獣人の舌は裂けているのが普通なのです」

「むっ、そうなの。よかった、安心ねぇ。えと、その、むぅ?あるじ?あるじて、なぁに」


様はそのままなのね、とちょっぴりしょんぼりしながら頷く。
安心ねぇとふにゃふにゃ笑うけれど、シューちゃんのお返事の中に気になる言葉を見つけてピタッと固まった。
聞き間違いかしら。今シューちゃん、僕のことを“あるじ”って呼んだような。

きょとんとする僕の前に、シューちゃんが音もなくふいに跪く。
僕の手をそっと持ち上げると、ぷにっとした手の甲にチュッと薄い唇を押し付けた。


「えぇ、我が主。愛おしい予言の子、ヒナタ様。貴方様は“予言の番人”である私シュテファンが崇める、唯一の主君でございます」


いっそ妖艶な印象すら受ける、恍惚とした笑み。
頬を紅潮させてそう語ったシューちゃんを前に、僕はぽかーんと目をまん丸にしてしまった。
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