獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

上総啓

文字の大きさ
上 下
33 / 54

33.しっかりごあいさつ

しおりを挟む

時間が経つとぷんすかな気持ちがだいぶ落ち着いて、僕がぷしゅーっと冷静になったタイミングで、二人は僕を連れて部屋を出た。

どうやらおはなしは終わったらしい。次のおしごとはなぁに?と問うと、マキちゃんは僕の手を引きながら「お前の好きな“ご挨拶”だ」と教えてくれた。
それを聞いた僕はぱぁっと瞳を輝かせて、とってもわくわくしちゃう。待ちに待ったごあいさつ、みんなにごあいさつするのよ、ってどきどきそわそわ。


「ごあいさつ、ごあいさつ。みんなに、よろしくするのよ」


そういえば、騎士さんたちを前にしっかりご挨拶したのは初日だけだ。
あれから数日が経ったけれど、初日以来すれちがう騎士さんにこんにちはをするだけで、しっかりおはなしはしていない。
つまり、今日はたくさんのもふもふ騎士さんたちとおはなしできるとってもすてきな日ってこと。
わくわくっとちょっぴりスキップする僕を見下ろしながら、二人は何やら微笑ましげに頬を緩めた。


***


やってきたのは訓練場。広い訓練場がぎっちり埋まるくらいの、たくさんの騎士さんたちが並んでいるのを見て、はわわっと胸を高鳴らせる。
マキちゃんがまず騎士さんたちの前に立ち、何やらおはなしを始めた。おはなしといっても、漂う空気はピシッとお堅いものだ。
僕は訓練場の脇で、お兄さんと一緒にちょっぴり待機することに。ちなみに今はなんの時間なのかしら?とぱちくりしていると、僕の疑問を察したらしいお兄さんがこっそり教えてくれた。


「朝礼だ。お堅い騎士団は毎日やってるらしいぜ。うちの傭兵団はこんなの一度もしたことねぇ」

「ちょーれーって、おはよございますの会のこと?」

「アホヒナタ、なんの学生ごっこだそりゃ。騎士団の朝礼っつったら、点呼やら訓練内容の確認やらの堅苦しいモンに決まってんだろ」


ふぅむなるへそ。道理でいつもはふわふわ優しい騎士さんたちがキリッとしているわけだ。
朝礼かっこいい、とドキドキしながら眺めていたけれど、ふと気になってきょとんと首を傾げる。お兄さんを見上げて、ちょいちょいと問いかけた。


「お兄さんは、お仲間さんのとこ、もどらなくてだいじょぶなの。僕といっしょで、だいじょぶ?」


ふと気になったこと。それは、さっきお兄さんの発言の中にも出た“傭兵団”という言葉。
そういえば、お兄さんにもマキちゃんみたいにお仲間さんがいるんだ。それなのに、こうして毎日騎士団の基地にいて大丈夫なのだろうか。僕と一緒で、だいじょぶなのかしら。

ちょっぴりしょんぼりしながら尋ねると、お兄さんは僕の不安をしっかり察してくれたみたい。仕方なさそうに笑って、僕の頭をぽんと撫でた。


「なんだ、気ィ遣ってんのか?気にすんなよ、大丈夫だ。そもそも騎士団と傭兵団は似てるように見えるだろうが、実際はまるで別物だからな」


そなの?とぱちくり瞬く。お兄さんは、ちょっぴり理解力のとぼしい僕にもわかるように、しゃがみこんでゆっくり説明してくれた。


「騎士団は国の管轄で、見ての通り隅までお堅く統率がとれてるだろ。それに比べて、傭兵団はそもそも国の管轄じゃねぇ。つーか、傭兵団ってのも正確には存在しねぇんだ」


お兄さん曰く、騎士団は明確な組織。傭兵団は独立した傭兵さんたちの集まりではあるけれど、組織じゃない。
騎士団はきちんと役職が決まっているけれど、傭兵団には役職がない。完全に、お兄さんを傭兵の王さまとして崇めているひとたちが集まったものでしかないらしい。
それを聞いて、僕ったらとっても尊敬してしまった。
だってそれって、お兄さんがいろんなひとたちに尊敬されていて、たくさん慕われているってことでしょ。なんてすてきなのかしら。僕ったら、おめめきらきらが止まらないのよ。


「お兄さん、すてき。かっこいい。お兄さんたら、とってもつよい傭兵さんなのね」


ぱちぱちと拍手すると、お兄さんはびっくりしたみたいに目を丸くした。
かと思うと、ちょっぴり照れたみたいに頬を赤く染める。ほんの少しの変化だったけれど、お兄さんのことがだいすきな僕にはバレバレなのよ。
「お兄さん、てれてれねぇ」と笑うと「照れてねぇよ」っておでこを小突かれる。いつもみたいに、おでこぴょいはだめなのよと言いながら、それでも頬は緩み続けていた。


「お兄さんに、いっぱいお仲間さんがいるのは、お兄さんがいっぱいがんばった証ね」


そっぽを向きてれてれをごまかすお兄さん。そんなお兄さんの頭をよしよししながらそう言うと、お兄さんはちょっぴり眦を歪めて、僕をぎゅうっと抱きしめた。
あれま、急にどしたのかしら。騎士さんたちの視線をチラチラっと感じて、僕ったらちょっぴり恥ずかしい。てれてれなのよ。

そわそわ身体を揺らしていると、やがてお兄さんがぎゅうをやめて離れた。
なんだかいろんな感情がこみ上げているような、そんな笑みで紡がれる「ありがとよ」に胸がそわそわする。どきどきって、鼓動が変な音を立てた。
どういたしまして、ちっちゃく答えた直後。ふと背後から、呆れたようなマキちゃんの声が聞こえてきた。


「……ヒナタ、こっちに来い」


お呼ばれを受けてハッと振り返る。たくさんの騎士さんの正面に立つマキちゃんは、どうやら僕とお兄さんがぎゅうをしている様子の一部始終を見ていたらしい。


「はわわ」


マキちゃんが見ていたってことは、騎士さんたちもほとんどみんなに見られていたってこと。僕ったらとっても恥ずかしいのよ、てれてれ、そわそわ。
顔をほんのり赤く染めながら、何事もなかったかのようにてくてくっと駆け出す。騎士さんたちからジーッと注がれる視線に慌てながら、なんとかマキちゃんの長い足にぴとっと抱きついた。


「マキちゃん、きた!」

「あぁ、一人で来られて偉いな。偉いヒナタは、そのまましっかり挨拶も出来るな?」

「む、うむ、うん。できるっ。ごあいさつ、しっかりするのよ」


頭をよしよしと撫でられて、あわわな気持ちがぬーんと落ち着く。
すーはーと深呼吸してから、僕はマキちゃんの足からそろりと離れ、ずらーっと並ぶ騎士さんたちの前にしっかりと立った。
ぷるぷるする足はそのままに、むんっとお辞儀をしつつご挨拶を遂行する。


「ぼぼっ、ぼく、ヒナタっていいますです。マキちゃんと、お兄さんのかぞくです。わるい子じゃないから、なかよし、してくれたらうれしいです。よろしくです」


最後にもう一度ぺこりとお辞儀して、ご挨拶をクールに決めた。
今の僕、とってもかっこよかった。我ながらふんふんとドヤ顔しながら視線を上げると、そこには『はわわっ』って感じに悶絶する騎士さんたちがいた。むぅ、なにごとかしら。


「──ヒナタきゅん、相変わらずきゃわっ!」

「──ご挨拶しっかりできてえらいねぇ!」

「──緊張しちゃってるヒナタくんマジ天使!」


僕ったら不安でそわそわ。なんだかみんな、僕をチラチラッとチラ見しながらざわざわ内緒話をしている。どうしよう、僕の悪口いっぱい言ってたらとっても悲しいねぇ。
しょんぼり眉を下げながら、慌ててマキちゃんのもとへてくてく戻る。ぴとっと抱きつくと同時に、マキちゃんは僕をひょいっと抱っこしてくれた。

ぽふぽふ撫でられてまた元気いっぱい。むへへとご機嫌に戻った僕を見下ろし微笑んだマキちゃんは、視線を上げるなり冷たい瞳に戻って騎士さんたちを睨み付けた。


「馬鹿共、惚けていないでよく聞け」


マキちゃんの一声でざわめきがピタッと止む。
ザッと音を立てながら一瞬で姿勢を正した騎士さんたちに向かって、マキちゃんは僕のご挨拶を補足するみたいに淡々と語り始めた。


「ヒナタは予言の子だ。朝刊を読んだ者は知っているだろうが、予言の子の公表と共に、既に神殿が動き出した。今後、これまで以上に騎士団の悪評が広まるだろう」


みんなが真剣な顔をして話を聞いている。いつもはそわそわするところだけれど、僕も空気につられてキリッと姿勢を正した。きりっ、僕、きりっとしているのよ。


「だが臆するな。予言の子は神殿を忌み嫌い、騎士団を選んだ。その事実が全てだ」


気のせいかしら。騎士さんたちが一斉に僕を見たかと思えば、なんだかその瞳はキラキラと輝いているような気がする。みんなして、僕をキラキラッと見つめているのだ。
僕ったら、みんなに顔を真っ赤にして、キラキラおめめを向けられるようなことしちゃったかしら。ふしぎねぇ。


「予言の子が真に“奇跡の力”を覚醒すれば、神殿は此方に手を出せなくなるだろう。それまで、騎士団は傭兵団と一時的に協力し、予言の子の保護を最優先の任務とする」


ちらっ。聞き覚えのある単語が聞こえて、思わずお兄さんの方をチラッと向いた。
視線の先には、僕の視線に気が付いてひらひらと手を振るお兄さんの姿。余裕そうなその姿にほっとして、僕もふにゃふにゃ笑いながら手を振り返した。


「騎士の誓いを捧げる覚悟で、ヒナタを守れ」


ふと、一際真剣な色味を帯びたマキちゃんの声が聞こえて、ハッと顔を上げた。
それと同時に響き渡る、騎士さんたちの地を這うような「はッ!!」という強いお返事。僕ったらびっくりして、マキちゃんにむぎゅっと抱きついてしまった。

目を回しながら、そろりそろりと視線を上げる。ぱちくりしながら、マキちゃんの耳に手を伸ばした。


「まきちゃ……?」


ふんわりした耳は、僕がちょんっと触れた瞬間ピクッと動く。
けれどすぐに落ち着いた様子でふわふわ揺れ始めて、僕はそんなもふ耳を優しくなでなでしてあげた。

マキちゃんが柔らかく緩んだ瞳を僕に向ける。浮かんでいるのは相変わらずの無表情だけれど、やっぱり僕には、その顔が何より優しい表情に見えた。


「しっかり挨拶出来て、偉かったな」


鼓膜に響く、とっても優しい低い声。僕はきょとんと瞬いて、すぐにふにゃあっと頬を緩めた。

しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~

沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。 巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。 予想だにしない事態が起きてしまう 巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。 ”召喚された美青年リーマン”  ”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”  じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”? 名前のない脇役にも居場所はあるのか。 捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。 「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」 ーーーーーー・ーーーーーー 小説家になろう!でも更新中! 早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・話の流れが遅い ・作者が話の進行悩み過ぎてる

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

はるはう
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

処理中です...